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3話 召喚獣はじめました

 召喚陣の中に飛び込んだアレスを迎えたものは、視界を完全にさえぎるほどの強烈な光だった。

 前後左右、どこを向いても先は見えない。

 召喚術の成立で発生した魔力の輝きが周囲を覆っているのだろう。


 その魔力光は召喚された存在の強大さを示すかのごとく、暴力的なまでに強力だ。

 だが、成体となったの龍王の体は光程度で目を焼かれるほど軟弱ではない。


 そのためアレスは目を閉じることなく、周囲の光が収まるまで冷静に待つ。


「……もしかして、来て……くれたの?」


 すると、光の先から少女特有の透き通るような声が聞こえてくる。


 その小さくか細いつぶやきから感じ取れたものは、どこか複雑な感情だった。

 失敗したのかもしれない、という大きな不安に押し潰されそうになりながらも、ほんのわずかな期待を抱いて胸を高鳴らせる。

 おそらく、声の主の心境はそんなところなのだろう。


 その直後、視界をふさいでいた光が完全に消え去る。

 アレスの目の前には、ポカンとした表情でこちらを見つめる可愛らしい少女が立っていた。


 肩にかかる程度のつやつやした淡い栗色の髪と、翡翠(ヒスイ)のように綺麗な緑の瞳が印象的な女の子だ。

 顔立ちはどことなく純朴そうで、少し気弱そうにも見える。

 小柄で華奢な体つきも相まってか、まるで小動物のような雰囲気だ。

 幼げな特徴がまだ色濃く残っているため、多めに見積もっても中学一年生か、二年生程度といった年頃だろう。

 着ている服は白と紺を基調としたもので、ファンタジーな学園の制服といった雰囲気の服と、その上に羽織っている小ぶりなマントローブだ。


 状況的に、この少女こそがアレスを呼んだ召喚者で間違いない。

 だが、アレスの目の前で呆けたように立ち尽くす少女は、自身が召喚した存在であるアレスを見つめ続けたまま、なぜか固まってしまっていた。

 人の姿を取れるほど高位の存在が召喚されるとは思っておらず、驚きのあまり思考が停止してしまったのかもしれない。


 アレスは一つ咳払いをすると、ひとまず名前を名乗ることにした。

 どんな対応をしてくる相手なのか分からないので、言葉遣いは取り敢えず丁寧なものにしておく。


「はじめまして。私はアレス・ラーディクス・オブ・ドラゴンロードと申します。どうぞアレスと呼んでください」

「……へ? あ!? こ、これはどうもご丁寧にありがとうございます! わ、わたしはモニカっていいます……」


 少女が雰囲気に流された様子で名乗り返す。


「……って、え? えっ?? じゃなくて、な、なんで召喚陣から男の人が……?」


 だが、ふと我に返って状況が全く理解できていないことに気づいたのか、あたふたとしながら戸惑いの声を上げた。


「あなたの召喚に応じて精霊界から来たんじゃないですか。召喚術を使いましたよね?」

「あ……は、はい……え、で、でも……精霊界、ってことは……えっと? ――ええっ!? ま、まさか、せ、精霊さまなんですかっ!?」

「……まあ、分類上はそれであってますね」


 分類上は、などと言葉を濁した理由は、アレスに自分が精霊だという自覚がほとんどないからである。

 基本的に精霊という存在が嫌いなアレスは、今でも自分の心は人間だ、ということに拘りを持っているのだ。


「これでも一応、龍王の一族に名を連ねていますので」

「……へ? ……え? りゅう、おう……? ――って、ええっ!? ええぇええええええええええっ!?」


 わたわたと落ち着きのない仕草で慌てる姿がちょっと面白い。

 アレスがそんなことを考えながら、驚きふためくモニカと名乗った少女の様子を眺めていると、彼女は恐る恐るといった様子で口を開く。


「りゅ、龍王さまっていったら……あの龍王さまのことですよね!?」

「あの、と言われても、さすがに読心術は使えないのでよく分からないのですが……多分、その龍王のことだと思いますよ?」

「あ! ご、ごめんなさい! あの、っていうのは、精霊さまたちの中で一番偉いって言われてる方たちってことです!」

「まあ、その認識であってますよ」

「あの、おとぎ話に出てくるような大精霊さまってことですよね……?」

「……だから、その通りです」


 よほど信じられないのか、モニカは繰り返し確認をしてくる。

 ただ、それはアレスが嘘をついていると疑う様子ではなく、むしろ、アレスの言葉を素直に信じ込んだ上で、突然の予想外な事態に混乱し切ってしまった、といった様子である。


「ほ、ホントに龍王さまなんですか!?」

「本当ですよ。人の姿になれて言葉も話せるんですから、それなりに高位な存在だということは分かっていますよね? それに、召喚獣は召喚者に対して素性を偽ることができない規則は知っているでしょう?」

「そ、そうですけど……ホントにホントなんですか?」

「本当なんです」


 なかなかしつこいな、とアレスが苦笑いを浮かべる。

 すると、モニカはようやく事態を受け止められたのか、同じような問いかけの繰り返しをやめる。


「は、はわわ……そんなすごい方がわたしの……で、でも、そんな……龍王さまだなんて……」


 だが、今度はおろおろと不安げな様子になってしまった。


「……ご、ごめんなさい! ごめんなさいっ!! わたし、龍王さまを召喚できちゃうようなすごい魔導士じゃないんですっ!!」


 突然、モニカが必死な様子で謝り始めて、アレスは面食らってしまう。


「わ、わたしなんかのところに龍王さまが来てくれるなんておかしいです……やっぱり、なにかの間違いで召喚しちゃったんですよね……? きっと、わたしのせいです……上手に魔法が使えない落ちこぼれなので……なにかとんでもない失敗をしちゃったんだと思います……ホントにごめんなさい……ご迷惑をかけてしまいました……わ、わたし、なんでもしますから……どうか、怒らないでください……お願いします……」


 消え入りそうな声で許しを請い始めたモニカは、顔を青ざめさせながらわずかに震えていた。

 アレスは召喚者にそんな反応をされるとは思っておらず、困ったように頬をかく。


 どうやら、極端に自己評価が低いモニカは、アレスが召喚されたことを自分が原因の事故か何かだと思っているらしい。

 ただ、それも仕方のない話だろう。

 精霊を召喚するということ自体が歴史に名を遺すレベルの快挙であり、さらに、その精霊が龍王クラスともなると、既におとぎ話の世界の出来事なのだ。

 アレスのように、精霊界が嫌になったから大した理由もなく召喚獣になる、などということは通常ならあり得ないのである。


「その認識は間違ってますね。そもそも、非凡なほど高い魔力を持っていなければ、龍王なんて召喚できません。あなたにはかなりの才能がある。落ちこぼれなんかじゃないんです。もっと自信を持った方がいいですよ」

「え……?」


 モニカは、何を言われているのか理解できない、とでも言いたげな困惑の表情を浮かべているが、アレスは気にせずさらに言葉を続ける。


「それに、あなたのところに来た理由は気まぐれみたいなものですけど、私は自分の意思で召喚者を選んでここに来ました。だから、あなたは間違いなく私の召喚者です」


 真摯な態度で断言したアレスに、モニカは驚いたように目を見開く。

 アレスとしては、自分を召喚可能な人物の中から最も条件が甘く都合のいい召喚者を選んだだけだが、それは間違いなく彼自身の判断だ。


「ほ、ホントですか……?」

「今ここで嘘をつく意味がないじゃないですか」

「じゃ、じゃあ、もしかして……わたしとお友達になってもらえるんですか……?」

「そういう契約でしたし、私でよければ喜んで友人になりますよ」

「な、なら、わたしが寂しいとき、お話を聞いてもらえたりしますか?」

「それぐらいならお安い御用ですね」


 上目づかいで恐る恐る問いかけてくるモニカに、アレスは率直に肯定の言葉を返してしていく。

 そのたびに、モニカの瞳に映る期待の感情が色濃くなっていく。


「そ、それじゃあ、これからは……いつもわたしの傍にいてくれますか……?」

「そのつもりです。私は、あなたの召喚獣なんですから」


 その言葉は紛れもなくアレスの本心からのものだった。

 元々、アレスの目的は人間界で生活することなのだ。

 たとえ帰れと言われたとしても、素直に精霊界へ帰るつもりなどさらさらなかった。


「うそ……夢みたい……」


 アレスの嘘偽りのない思いが伝わったのか、モニカは嬉しくてたまらないといったように目じりに涙を滲ませる。

 一緒にいて欲しい、などという召喚獣に求めるにしては控えめすぎる願いが叶っただけにしては、なんとも大げさな喜びようだ。


 友達ができた、というだけでそこまで喜ばれてしまうと、モニカのことがとても心配になってしまう。

 召喚術の契約文に書かれていた条件からも、寂しさを紛らわせてくれる存在が欲しい、といった思惑が読み取れたことを考えれば、人間関係が上手くいっておらず、周囲から孤立しているのだろう。


 ただ、モニカの性格が友達のできないようなものだとは、アレスには到底考えられなかった。

 何か訳があるのかもしれない。


 そんなどこか不憫な雰囲気のあるモニカを見ていると、どうにか彼女の力になってあげたい、という気持ちが強くなっていく。


 アレスとしては、彼女になら龍王としての力をある程度は貸してもいいと考えていた。

 なにしろ、アレスにとってモニカは理想的な召喚者なのだ。

 特に何か大きな義務を負わされることはなく、この世界で好きに過ごしていいという条件の召喚者などそうそういない。

 その上、彼女の召喚獣に対する接し方も悪くなかった。

 傲慢な高位魔導士にありがちな、召喚者と召喚獣の関係性を主従のものと勘違いし、妙に偉ぶった態度で命令してくる、などということはなく、しっかりと敬意を持って丁寧な対応をしてくれている。


 彼女への手助けは召喚獣の仕事としては契約外だが、ある程度はサービスをしてあげてもいいだろう。


 アレスがそんなことを考えていると、モニカは何かを思い出したかのように、はっとした顔になった。


「ああっ! で、でも、無理なんです! やっぱりわたし、アレスさまの召喚者にはなれません!! だ、だって……わたし、龍王さまみたいな偉い召喚獣さまが納得してくれるような、生贄とかそういうのなんて差し出せないんです……」


 唐突に大声を出したモニカだったが、すぐにしょげたように俯いてしまった。

 ころころと表情が変わる忙しい子だな、と真也は笑いそうになりながらも、モニカを落ち着かせようと穏やかな口調で語りかける。


「人間の皆さんはよく勘違いしているようですが、召喚契約の対価に生贄などを求める精霊なんて、自分の力を誇示したいごく一部の奴らだけなんです。わたしはそんなものは求めていません」

「え……!? そ、それじゃあ、アレスさまはわたしになにをして欲しいんですか……?」

「あなたの契約文に書いてあったじゃないですか。この世界での生活の保障、それを提供してくれるだけで十分なんです」

「そ、そんなことだけでいいんですかっ!?」

「私には、それが一番ありがたいことなんですよ」

「そ、そうなんですか……? えっと、じゃあ……わたしは、ご飯を用意したりするだけでいいんでしょうか……? って、ああっ!!」


 おろおろと戸惑うように思案を始めたモニカだったが、突然、何かに気づいたように大声を上げた。


「ご、ごめんなさい!! 今、お昼ごはんの時間なんでした!! すぐに用意しますから!!」

「いや、そこまで慌てなくても……」


 小走りで駆けていくモニカにはアレスのつぶやきが聞こえなかったようで、焦った様子で部屋から出ていってしまった。

 かと思えば、そのすぐ直後、なぜか引き返してきたモニカがドアの端からひょっこりと顔を覗かせる。

 その顔は、何か心配事でもあるのかずいぶんと不安げなものだった。


「あ、あの! もしかして……ごはん、遅くなったら契約違反で帰っちゃったりしますか……?」

「ははは、そんな厳密にあの面白おかしな契約文を守れなんて言いませんよ。焦らないでいいですからね」


 何事かと思えばそんなことか、とついつい笑ってしまう。


「ありがとうございますっ! じゃあ、ちょっとだけ待っててくださいね、アレスさま!」


 ぱっと表情を明るくしたモニカが、再び小走りで去っていく。

 そんなせわしないモニカの姿を見送ったアレスは、ふう、と緊張を解くように息をついた。


 これから楽しくなりそうだ。

 わずかな間だったが、慌ただしく感情表現豊かな召喚主の人柄を見て、自然とそんなふうに感じていた。


「でも、あの子に様づけで呼ばれるのは……ははは……なんだかなぁ」


 アレスさま、とモニカに呼ばれたことを思い出し、自然と苦笑いが漏れた。

 中学生程度の少女にそこまで(うやま)われてしまうと、なんとも言えない微妙な気持ちになってしまう。

 まるで、熱狂的なファンを持つの男性アイドルか、はたまた怪しげな新興宗教の教主様にでもなった気分だ。

 正直、ちょっと勘弁してほしかった。


 モニカとはお互い気を使わないでいい関係を目指していこう。

 そんなことを考えつつ、アレスはおもむろに窓へと近づくと、外の景色を眺める。


 目の前に広がっているのは、剣と魔法のファンタジーなゲームにでも出てきそうな街並みであった。

 石畳の通りにところせましと並ぶ建物は、どこかヨーロッパ風に見える様式だ。

 風情ある古びた石組みの尖塔や、赤茶色の瓦屋根と白い漆喰のコントラストが美しい洗練された家屋など、さまざまな年代の建物が混在しているようで、この街の長い歴史を感じさせられる。


 窓を開けて少しだけ身を乗り出すと、薪を焚いた煙のような香りが混じる風が頬を優しくなでた。

 今は昼時なので、多くの家が|竈≪かまど≫を使っているのだろう。


 それぞれの屋根にある煙突からは白い煙がモクモクと立ち昇り、透けるような青い空へと溶け込んでいく。

 時折、焼きたてのパンのようなほんのりとした甘い香りが、わずかに漂ってきてはアレスの頬を緩ませる。


 快晴の青空はすがすがしく、やわらかな日差しがぽかぽかと暖かい。

 花壇には色とりどりの花々が咲き誇っていて、どこからか小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。


 美しい色合いで満ちていて、生命の営みを感じさせる魅力的な世界だった。

 白一色の無機質で単調な世界だった精霊界とは何から何までが違う。

 精霊界で感じていた欠落感を埋めるものが、この景色の中には全てあった。


 その上、口うるさく指図してくる精霊たちもここにはいない。

 この場所なら、好きなことだけをして暮らす理想のスローライフを実現させられる。


 アレスはそんなことを考えながら、この世界への大きな期待感と、精霊界という鬱屈とした場所から出られた解放感を同時に得ていた。

 転生してから二十年、今になってやっと自由な生活が始められると確信する。


「まあ、とりあえず今は……」


 一通りこの世界の景色を楽しんだアレスは、意識を切り替えるように独り言をつぶやいて窓を閉めた。

 そして、憐れむような表情で部屋の中を見渡す。


 そこそこの広さはあるが、痛み切った内装はなんともみすぼらしい。

 内壁の漆喰はところどころで剥がれ落ち、一部で石組みの壁面が見えてしまっている。

 黒ずんで歪んでしまっている板張りの床は、少し体の重心を移動する程度でギシギシと異音を鳴らす。

 置かれている古びた家具はやたらと数が多かったが、あまりにもボロボロすぎて、中には朽ちかけているものすら混じっているありさまだ。

 まるで、壊れた家具を捨て置く倉庫のようなひどい室内である。


 だが、そこには確かに生活感があった。

 机の上には魔法に関する本が積み重ねられていて、本の隣には文字が書き連ねられた紙束と使いかけの羽ペンが置かれている。

 ベッドの上には毛布が敷かれていて、つい先ほどまで使われていたような状態だ。

 おそらく、モニカはこの部屋で寝泊まりしているのだろう。


「……ここを、どうにかしてやるか」


 粗末な生活環境のモニカを不憫に思ったアレスは、人間界での生活を提供してくれる召喚主への最初の恩返しを始めるのだった。

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