9話 冒険者ギルドにいこう
召喚獣となって二日目の朝。
アレスはモニカに連れられ、学院都市の大通りを歩いていた。
目的地はこの街にある冒険者ギルドだ。
「ふあぁ……」
隣を歩くモニカが、小さくあくびを漏らしている。
「大丈夫? 俺が一緒の部屋で寝てたから落ち着いて寝られなかったんじゃないの? やっぱり、今夜は別の寝床を探した方が――」
「い、いえ! 大丈夫です! 昨日はちゃんとぐっすり寝られましたから!」
アレスが眠そうなモニカを心配して声をかけると、モニカは慌てて目じりの涙をぬぐってあたふたと否定する。
明らかに嘘だ。
異性が同じ部屋で寝ていることを変に意識してしまい、緊張してしっかりと眠れなかったのだろう。
「……まあ、モニカがそう言うなら、そういうことにしておくよ」
「ほ、ホントにわたしは大丈夫ですから!」
モニカはあくまで大丈夫と言い張るつもりのようだ。
無理を押してでも頑張ってしまいそうな彼女は、少し危なっかしく感じてしまう。
だが、心配をかけまいと必死な様子のモニカを見ていると、彼女のがんばりたいという気持ちを尊重したくなる。
「じゃあ、無理はしないでつらくなったらちゃんと言ってね」
「はい! 心配してくれてありがとうございます!」
わざとらしく元気よく礼を言うモニカ。
その、まるで無理などしていないとアピールするような様子に、アレスはついつい苦笑を漏らす。
まあ、なにかあれば自分がフォローすればいいだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか目的地についたようだ。
学院のほど近くにある大きな石造りの建物。
それがこの街の冒険者ギルドだ。
ギルドの中に入ると、そこに広がっていたのは機能的な空間であった。
長い受付カウンターには多くの窓口が設けられていて、それぞれに十数人の学生が列を作っている。
壁面の巨大な掲示板には数多くの依頼書が貼り付けられていて、大勢の学生が依頼を選んでいる。
受けたい依頼が見つかれば、依頼書をはがし受付窓口に持っていって受注手続きをするというシステムのようだ。
早朝にもかかわらず多くの人でにぎわってはいるが、全体的にどことなく事務的な雰囲気が感じられ、まるで市役所のロビーのような印象を受けた。
「ふーん、なんかこう、思ってた冒険者ギルドのイメージとはちょっと違うなぁ」
「どういうところだと思ってたんですか?」
「もっと、なんていうか……酒場とかが併設されてて、荒くれ者が酒を飲んでは誰かに絡んでたりするイメージだったかな」
冒険者ギルドが思っていたよりも管理の行き届いた場所だったことに驚くアレスに、モニカは納得したような顔になる。
「それはここが学院の管理している冒険者ギルドだからですよ。地方にある街のギルドには、アレスさんの思ったような場所も多いらしいですね」
「まあ、名門学院の学生が授業の一環として使う施設が荒れてる訳ないか」
「はい、ここは貴族のみなさまだって使いますから。そもそも、このギルドは学院の生徒用のもので、学生じゃない一般冒険者の方々は学生冒険者の護衛依頼を受けに集まっています。だから、学院は学生の安全のために、護衛をする一般冒険者が信頼できる人かどうかしっかりと調べているんです」
「なるほど、質の悪い冒険者は排除されてる訳ね」
そんな話をしつつ、アレスとモニカはギルドの奥へと向かい、掲示板の前にできた人だかりに加わる。
「いい条件の依頼があればいいんですが……」
モニカが目当ての依頼を人垣の後ろから探し始めた。
だが、背の低いモニカでは難しいようだ。
必死に背伸びをしてなんとか掲示板を見ようと頑張っているが、上手くいってはいない。
それならばと、人垣の前に出ようと遠慮がちに割って入るが、小柄な彼女では人ごみに翻弄されるだけで前に進めていない。
見かねたアレスが手伝おうかと考えたそのとき、誰かがモニカの腕をつかみ強引に引っ張た。
「……へ? え? わっ、わわわ」
「あんた、そんなんじゃいつまでたっても前に進まないわよ!」
体勢を崩して慌てるモニカに、腕を引く金髪の少女が呆れたように忠告する。
|両サイドの髪を少し束ねて結んだ髪型にした長い金髪をなびかせ、意志の強そうな瞳で前を見据えるその少女は、アレスにも見覚えがあった。
昨日、モニカが講師にいびられていたとき、モニカには心配そうな視線を送り、講師には怒りのこもった視線をぶつけていたモニカと同年代の学生だ。
その金髪の少女は戸惑うモニカのことなどお構いなしといったように腕を引き、人垣の中へと強引に突き進んでいった。
そして、しばらくすると二人は人ごみをかき分け戻ってくる。
二人の手には、それぞれ一枚の依頼書が握られていた。
「ほら、ちょっと強引に進めば簡単に進めたでしょ? あんたって子はいつも他人に気を使いすぎなの! もっと堂々と行動しなさいよ! まったくもう、見ててイライラするのよね……」
「す、すいません……」
金髪の少女が少々きつい口調でしかりつけると、モニカは申し訳なさそうにうつむく。
「なんで謝んのよ! そこは普通お礼でしょ?」
「そ、そうですよね、ごめんなさい……」
「だから謝らない!」
「あっ!? は、はい! ……その、ありがとう……ございました……」
「な、なんでそんなに怯えてるのよ!? これじゃ私がいじめてるみたいじゃない……もう!」
萎縮してしまったモニカを見て動揺した金髪の少女は、不安そうに視線をさまよわせた後、結局は不機嫌そうに振舞いながら受付カウンターの方へと去っていった。
そんなやり取りを少し離れた場所から見ていたアレスが、苦笑しながらモニカに近づく。
「あの子、いつもあんな感じなの?」
「あっ……はい、そうですね……リリベルさんはわたしが困っていると、よく助けてくれるんです。でも、わたし、いつも怒らせちゃって……」
「あはは……あれはただ不器用なだけだと思うけどなあ」
リリベルという少女は、不遇な扱いを受けるモニカのことを心配していつも手助けしてくれるのだろう。
ただ、素直に善意を表現することが苦手のようで、怒ったように振舞ってしまう不器用な子のようだ。
今は微妙な関係のようだが、モニカからあと一歩踏み込めば友達になれそうだ。
モニカには同級生の友人を作って欲しかったアレスにとって、リリベルはちょうどいい存在に思えた。
「もっとモニカから積極的に仲良くなりに行った方がいいと思うよ?」
「そうなんでしょうか……? でも、この学院でわたしと仲良くすると……きっと迷惑をかけてしまうんです」
なにか事情があるのか、モニカは悲しそうにうつむく。
「向こうは仲良くしたがってるようなんだから、モニカはそんなこと気にしなくていいんだよ。さっきもあの子に言われたじゃないか、モニカは気を使いすぎだって」
「そうですよね……ちょっと、考えてみます」
悩み込んでしまうモニカを見て、今はこのくらいでいいかと納得するアレス。
モニカとリリベルの微妙な関係は、なにかきっかけさえあればすぐに仲良くなれそうなものに思えたからだ。
そんなとき、ギルド内の空気が一変する。
「なんで私じゃ受けられないのよ!」
ついさっきまで聞いていた気の強そうな声が、ギルド内に響いたのだ。
アレスが声の聞こえてきた場所に視線を移すと、そこには受付窓口でギルド職員と口論するリリベルの姿があった。




