狩り、強さ
日が暮れる前に、馬車は森に着いた。日本の時間だと、午後の4時頃だ。
馬車の中で話したのだが、護衛の男はファレスと言うらしい。王国では、王宮警備隊の副隊長だそうだ。無口なのは普段からなんだと。
だが、俺はここでお嬢様御一行とはおさらばだ。護衛なんて御免だね。
一人になるための俺の作戦はこうだ。
1、森に入る。もちろん一人でだ。
2、ゴブリン狩り。このとき、ゴブリンは数匹だけしか倒さないでおく。ゴブリン達は人間なんかよりよっぽど利口だから、何匹か倒せば、俺に勝てないことくらいわかるはずだ。ゴブリンを脅す。
3、ゴブリン達にお嬢様御一行を襲わせる。軽くな。カフィ達は戦うだろうが、俺がゴブリン達に身体強化魔法をかけるので、倒せはしないだろう。カフィ達は逃げる。バイバイ。
後はカフィ達より先に町に戻り、武器屋ザロップに行き報告。〈影斬〉をもらってハストゥを出発。
ふっふっふっふ。完璧だ。これで俺は晴れて自由の身だ。
「ふむ、このまま問題なくゴブリン狩りを終えれば、今夜中にはハストゥの町に戻れるでしょう。」
ああ、あんたらも町まで町まで逃げれば、今夜中どころか、日が沈む頃には町に戻れるかもな。
「ならばさっさとゴブリン狩りを終わらせてしまいましょう、レストさん。」
カフィがなんかやる気だ。自分が狩りをするわけでもないのに。…まさか……
「なあ、お嬢様。」
「なんです?」
「まーさかついてきたりしないよな?」
「何をおっしゃるんです?私も行くに決まってるではありませんか。」
決まってねーよ!カフィが着いてきちまったら、俺の完璧な作戦が台無しだ。
「ゴブリンたっていっぱしのモンスターだ。そんな危険なこと、お嬢様にさせていいわけないよなあ、ネメスさん。」
「ご心配には及びません、カフィお嬢様はトレン王国一の弓の名手でございます。ゴブリン程度、どうとでもなるでしょう。」
う…嘘…だろ…。
その瞬間、俺の脆い計画は完全に崩れた。
「では、早速行きましょう、レストさん!」
「ああ…」
「どうされたのですか?あまり元気がありませんね?」
「ああ…」
「ネメスとファレスさんは、馬車で待っていて下さい。」
「はい、行ってらっしゃいませ、お嬢様。」
「ああ…」
「レストさん?貴方は私と狩りでしょう?」
「ああ…」
もうどうとでもなれ……
森に入ると、さっきまで楽しそうに話していたカフィが真剣な顔になった。足音もたてていない。
ほほう。流石は王国一の弓の名手なだけあって、場慣れしている。
「レストさん、気づいていますよね?」
「ああ」
目の前の茂みに2匹隠れている。俺達が近づいたら襲うつもりか。いや……
突然、後ろで物音がした。カフィがさっと弓を構える。
と同時に、前の茂みに隠れていたゴブリン2匹が襲いかかってきた。
しかし、すぐさま二本の矢に撃ち抜かれた。
へえ、すごいな。カフィは後ろを向いたいたはずだが、しっかりと、前に向き直っていた。
反射神経がいいんだな。
「レストさん、どうですか?私、ちゃんと戦えてますか?」
「ああ、想像以上だ。弓の扱いに関しては俺より遥かに上だな。」
俺刀剣しか使えないもん。
「本当ですか?」
「ああ」
「やった!」
めっちゃ嬉しそう。
何をそんなに喜んでんのか。
「ゴァァァ!」
木の上からゴブリンが襲いかかってきた。さっき後ろにいたやつだな。
俺は〈影斬〉を、地面に伸びたゴブリンの影に突き刺した。
ゴブリンが落ちてきた。その胸からは緑色の血が流れ出ている。
まだちゃんと使えるな。
「凄いですねーその刀。影を斬れるなんて、ちょっと強すぎじゃあありませんか?」
「まあ使い方によっちゃあな。」
「…と言いますと?」
「例えば、光のない真っ暗なとこだと影ができないから意味がないだろ?他にも、光の差す方向が相手の向こう側だったりすると、影が斬れないしな。」
俺は光属性魔法も闇属性魔法も使えるから関係ないけどな。
「なるほどー。影の性質を理解してないと、苦労しそうですねー。」
「ああ。さてと、面倒だし、住処たたきに行くか。」
「え?分かるんですか?ゴブリンの住処。」
「ああ、〈千里眼〉使ったからな。」
「魔法も使えるのですね。その刀以上に、貴方に驚きましたよ。」
ヤバ。ちょっと今までやりすぎたか。魔法とか控えないと。
「さっさと行くぞ。」
「あっ、ちょっと待って下さい〜。」
ゴブリン達の住処の洞窟には、40匹程のゴブリンがいた。多い。ゴブリンにしては多すぎる。
「多いですね…。」
「ああ…何かあったのか?」
そのとき、俺の疑問に答えるように、そいつは洞窟の奥から現れた。その巨体からゴブリンでないことはすぐに分かったが、俺はそのモンスターに見覚えがなかった。
「なんだこいつ?」
「トロルオーク……」
カフィが呟いた。
「トロルオーク?なんだそりゃ?トロルなのかオークなのかどっちだよ。」
「両方です。魔王によって合成させられた、トロルとオークの合体モンスターです。…強さはボス級です…。」
ほお、〈下級〉〈中級〉〈上級〉〈中ボス〉〈ボス〉……武器と同じように、モンスターは強さで区別されている。
魔王に合体させられたモンスターだから、俺は知らなかったのか。
にしても、ボス級か…カフィには、ちょっときついかもな。
「おいお嬢様、下がってろ。危ねえぞ。」
「むっ。私だって、やれますよ!」
あーあ。こりゃ何言っても聞かねーな。
「じゃあゴブリン共を頼んだ。」
「いくら貴方が強いからといって、単体でボス級と戦うなんて無茶ですよ!本来ならば、手練れの騎士10人以上で相手にする敵ですよ!」
「そこは大丈夫だ。それよりお前、ゴブリン40匹やれるか?」
「余裕ですよ、そのくらい!」
「じゃあ任せた。」
「あっダメですよ!私も一緒にトロルオークと戦います!」
「こいつを相手にすんのはお前にゃあまだ早い。」
「そんなこと_____」
「グオオオオァァァァァ」
俺達の会話を遮るように、トロルオークが突っ込んできた。でかいくせに速い。
狙いは_____カフィの方か。
「えっ?」
あまりにも唐突だったので、カフィの回避行動が遅れる。避けきれないな。
「だーから言ったのに…」
「オオオオオ!」
トロルオークが棍棒を振り上げる。
そして、カフィめがけて振り下ろした。
しかし、棍棒はカフィには当たらなかった。
トロルオークの持っていたはずの棍棒は、腕とともに、地面に転がっている。
棍棒を振り上げたときに斬った。
トロルオークはバランスを崩し、カフィの脇を抜けていった。そして、木に衝突した。木は折れ、地響きを立てて地面に横たわる。
「あ、ああ…あ…」
カフィがその場に弱々しくへたりこむ。
俯いて、顔を上げようとしない。
「おい、大丈夫か?」
「……すみません…私…」
ありゃあ、さっきまでの勢いが全くない。
「まあ、あれだ。無理すんなってことだ。」
「…はい…私、弱いくせに、でしゃばって…」
「お前は弱くなんかねーよ。ただちょっと失敗しただけだ。」
「でも、そのせいで私…死にかけて……」
「じゃあ今のでまた一つ強くなれたな。あんま無茶すんなよ。」
「レストさぁん…!」
カフィがようやく顔を上げた。めっちゃ泣いてる。この子のキャラがわかんなくなってきた。
「ゴブリン共は、任せるぞ。」
「はい、もう大丈夫です。」
「オ…オオ…オオ」
カフィの後ろで、転んでいたトロルオークが、その巨体をゆっくりと、起こす。俺が斬った腕が、黒く光っている。
「なんだありゃ…。」
すると、トロルオークの腕が再生した。
「は?トロルにもオークにも再生能力なんてないはずだが……」
まあいいか。
こんなときって、再生能力が追いつかないくらい斬りまくるか、体のどっかにある核みたいなのが壊れるまで斬りまくるかのどっちかだろ。
要は斬りまくるってことだ。
「レストさん、避けてください!」
カフィが叫ぶ。
「いや、ちょうどこっちに影が伸びてるし…斬るわ。」
俺はトロルオークの影を地面ごと斬りつけた。
トロルオーク本体も斬れたが、すぐに再生した。
やっぱなー斬りまくるかー。
『〈剣神術〉‘六輪’ 破影』
この剣技は、この刀専用の技。一度斬るだけで百回斬れる便利な技だ。なぜ百回も斬れるかというと、とばした斬撃が派生するからだ。派生した斬撃も派生を繰り返し、百の斬撃になり、相手を斬る。
だったはず……多分。
トロルオークの影が斬れる。すると、斬れた影のそばで、また影が斬れる。さらに影が斬れる。斬撃が派生しているんだな。トロルオークも再生しているが、間に合っていない。斬撃は、トロルオークの影がバラバラになるまで、全身を斬り刻んでいった。それに伴い、本体もバラバラになっている。すると、心臓のあたりに、黒く光る珠が見えた。あれが核か。
最後の斬撃が核を斬ると、トロルオークは再生しなくなり、パズルのピースのようになった。所々からドス黒い血が流れ出ている。
カフィの方を見ると、足元にゴブリンの死体が山のように積まれている。その全ての眉間に、矢が刺さっていた。
「おう、そっちも終わったか。」
「え?レストさん、トロルオークはどうしたのですか?」
「ほれ。」
俺はバラバラになったトロルオークを指差した。
「…本当に1人で倒してしまったのですね……。相手はボス級ですよ?貴方の強さ、異常ですね。王国の勇者よりも強いのでは……」
「え?勇者?魔王にやられたんだろ?」
「はい、そこで、トレン王国から第2の勇者を選出したのです。今は王宮にいますが、来月には魔王討伐の旅に出発するかと。」
「へ、へえ〜そうなのか。」
ヤバいな。神器も持たん奴が魔王に勝てるわけない。新たな勇者が死ぬ前に魔王倒さないと、後で最高神のじーさんに何言われるか分かったもんじゃない。
「取り敢えず戻るか。」
「はい。まだ日も暮れていませんし、予定より早く町に戻れそうです。」
俺達は馬車の所へと戻った。