ジャングル、土下座
オレの名はファレス。トレン王国の王宮警備隊副隊長を務める者だ。と同時に、ネクロス公爵家の御令嬢、カフェミスリアお嬢様の近衛だったりもする。
ある日の昼下がりのこと。オレが見回りの当番を終え、王宮から中庭を挟んで反対側に位置する兵舎の自室に戻ると、何故かお嬢様がいた。
「え?あれ?お嬢様?」
驚きを隠せないでいるオレ。一方のお嬢様は、両目に溢れんばかりの涙を溜め、
「ファレズゥ〜」
泣きついてきた。
ふおぉぉぉぉ⁉︎鎧が、鎧が邪魔だ!騎士団の鎧に身を包んでいるせいで、お嬢様の体温を感じることができない。今すぐに脱ぎ捨ててやりたいが、お嬢様が肘当てを掴んで離さないため、それもままならない。ああああああ!
苦悶するオレを掴んで余所に、お嬢様は泣きじゃくっている。
「お、おおおお嬢様落ち着いてください!一体、何があったのです?」
落ち着けていないオレが宥めると、お嬢様は、ポケットからハンカチを取り出す。そして、涙を拭い、
「レストさんがぁ〜………」
この部屋にやってきた経緯を話し始めた。
ーーーーー
「カフィの奴、どこ行ったんだ?」
廊下を歩きながら一人呟く。
カフィがいきなり部屋を飛び出していった理由は分からない。
考えてみても……………やっぱり分からん。
やはり、本人に直接聞くしかないか。
王宮の外に出てるってことはないと思う。世間に公表されていないとはいえ、公爵令嬢を一人で街に出すなんてバカな事はしないだろう。
つまり、この王宮のどこかにいるってことだ。すぐに見つかるだろう。
数十分後___
いねえ。
どこにもいねえ。嘘だろおい。西棟も東棟も、上から下まで隈無く探した。だが、カフィの姿は見当たらなかった。すれ違いになる可能性もあるので、同じ場所を何回か通ったりもした。
外に出たのか?可能性は低いが、ファレスでも付けとけば不可能じゃないか。
「いえ、カフェミスリアお嬢様は今朝から一度も通られておりません」
門番の言葉に、首をうな垂れる。………もうあいつどこにもいないんじゃないの?魔法かなんかで、どこか別の場所に飛んだんじゃないの?
カフィの居場所が検討もつかない俺は、行くあてもなく廊下を彷徨っていた。
いやまあ、手段があるといえばあるのだが、とても目立って面倒なので、できれば普通に見つけたい。
そうこうしているうちに、客室の前まで戻ってきていた。
あ、そういやあいつはそろそろ起きたころか?
部屋で寝かせている精霊女のことを思い出す。あいつを見てからカフィの様子がおかしい。謎だ。
部屋の扉を開け、中に入ると__
「なんだこれ」
部屋がジャングルと化していた。どこから生えてきたのか、木のように太い植物の根が蔓延り、部屋を占領している。俺が先程倒した兵士達が、巨大な根の下敷きになっている。
かろうじて見えるベッドの上には、精霊女が、自らの身体を抱き締め、ワナワナと震えている。何があったんだよこれは。
「おい」
俺が声をかけると、精霊女はビクリとして、ゆっくりと振り返った。目の端には涙が溜まっている。
「……ケ、ケダモノ…」
「おい待て何でそうなる!」
俺は声を張り上げた。
ーーーーー
「………と、言うわけです」
「なるほど………お嬢様、説明下手ですね」
「んなっ⁉︎」
俺の言葉に、ショックを受けたように固まるお嬢様。
でも、事実だ。お嬢様は恐らく要約という言葉を知らない。
なにせ、今朝からの一連の流れを話すのに1時間もかけたのだ。
「だっておかしいじゃないですか!何で他の女性を部屋を部屋に招いているんですか⁉︎しかも美人で!巨乳の!」
「それもう100回くらい聞きましたよ…」
それにしても、あいつがそこまでバカだったとは。鈍感なのは知っていたが。
「ねえファレス、本当に何もなかったと思いますか⁉︎」
涙目になって肩を揺さぶってくるお嬢様。さっきからずっとこんな感じだ。
「ま、まあ、なかったと言っているのならなかったんじゃないですか?それよりお嬢様、今日はデートの約束があるのでしょう?彼を部屋に残してきちゃって良かったんですか?」
「あっ」
言われて気づいたように声を上げるお嬢様。まさか、今の今まで忘れていた訳じゃ………
「すっかり忘れていました。どどどどうしましょう⁉︎」
頭を抱えるお嬢様。どうやら忘れていたらしい。
…お嬢様も結構抜けてるところあるよなあ………。可愛いからいいけど。
「取り敢えず、一旦彼の部屋に…
「わああああああああ!」
オレが言い終える前に、お嬢様は大慌てで部屋を飛び出し……ちょっ⁉︎速っ!
オレは急いでお嬢様の後を追った。
客室にたどり着くと、中から喧騒が。
怒気をはらんだお嬢様の声。そして、聞き覚えのない、震える声。
「お嬢様、どうされ…」
扉を開け、「どうされましたか?」と言いかけて、オレは固まった。目の前で、トンデモナイ事が起こっていたから。
部屋中に巨大な植物の根らしきものが蔓延っていた。1メートル程の太さのそれに、何故か大量の兵士達が押し潰されている。もれなく全員気を失っているようだ。………あっ、ウチの隊長もいる。
何があったのか知りたくないので、スルーさせてもらう。見なかったことにしよう。うん。
部屋の中央だけは、根が全てぶった斬られていて、スペースができている。
そこで、オレより早く来たお嬢様が、大層ご立腹な様子で腕を組んでいた。目がメッチャ怖い。
ベッドの上には見知らぬ女性の姿が。お嬢様の話していた女性だろう。
話の通り、美人で……本当だ、デカい。何がとは言わない。言えない。オレは空気の読める男。
そして、一番驚かされたのは、お嬢様の視線の先。頭と膝を床につけ、両手でキレイな三角形をつくり、正座している一人の男。
レストが、それはそれは見事な土下座を敢行していた。
重要なことなので、もう一度言おう。
鍛錬を積んだ熟練の騎士が、10人がかりで何とか倒せるほどの強さを持つ〈ボス級〉モンスター、トロルオーク。
10メートルを優に超える巨体を誇り、トレン近海の覇者として、長年商船を困らせてきた〈上ボス級〉モンスター、海竜。
一人ではまず勝ち目の無いそれらのモンスターを、一刀のもとに屠り、果ては実力だけはある勇者ノルフを、木剣で軽くあしらった、魔王より強いかもしれないと一部で噂される、最強の男。
レストが、カフェミスリアお嬢様に、土下座していた。
オレはこの異様な光景を、生涯忘れないだろう。