バカ、ファン
「今日は〜♪デート〜♪レストさんとデート〜♪」
朝日の差し込む王宮の廊下を、少女はスキップで通り抜けて行く。
「おはようございます、お嬢様」
「あっ、ネメス、おはようございます〜♪」
上機嫌な彼女は、執事と朝の挨拶を交わし、大食堂へ。
カウンター席に座る。目の前で料理をしている太めの女性に、満面の笑みで、
「今日のオススメは何ですかっ?」
「おやぁカフィお嬢様。えらく上機嫌だねぇ」
声をかけられた女性_____いわゆる『食堂のおばちゃん』は、カフィに頬笑みを返す。
「はいっ!今日はデートですからね!デート!」
「ふふっ、若いっていいわねぇ。…………って、デートぉ⁉︎」
ニコニコと笑っていた女性の表情は、途端に驚きに変わり、素っ頓狂な声を上げた。
それも無理はない。王宮の者達は、カフィがデートに行くこと、ましてや想い人がいることすら知らなかったのだから。
それを聞きつけた周囲に、どよめきが起こる。
「カフィお嬢様が……デート…だと…?」
「誰とだ!一体誰とだ!」
「そんな、僕のお嬢様がぁ〜」
「ああ、この世は無情だ……」
男達から、怒りや悲しみの声が上がる。
本人は知る由も無いが、カフィは王宮の男達の間でかなり人気がある。誰にでも愛想が良く、いつも笑顔で周囲を和ませてくれるカフィは、男達の癒しであった。
つまり、先ほどの「デート」宣言は、かなりの爆弾発言な訳であって。
その破壊力は……
「えへへ〜レストさんとデート〜♪」
頬を赤らめ、笑みを浮かべながら身をよじらせるカフィの言葉を、男達は聞き逃さなかった。
「レスト……レストか…」
「…レストねぇ……ふーん」
「………」
「………」
『レスト!ぶっ殺してやる!』
凄まじい怒号が、朝の食堂に響いた。
「ご馳走様でした。では、私はレストさんの部屋に行くので、失礼します」
朝食を済ませ、カフィは満足気に客室へ向かった。その背中を、100人以上の男達がぞろぞろと追っていった。
ーーーーー
「…………ん…」
カフィが食堂を出る少し前、剣神レストは客室で目を覚ました。
……まだ眠いな。
自身が寝ていたソファから立ち上がり、服を着替える。
「レースートーさんっ♪」
着替えが終わったタイミングで、ドアの向こうから、弾んだ声。カフィだ。
ドアを開ける。
「おはようございますっ!」
こいつは今日も元気だなぁ。
「おお、おはよう…ふわぁ」
「レストさん、眠いのですか?」
俺の欠伸に対してそう問うてくる。
「ああ、まあな。夜に色々あって」
「夜に……?」
途端に、カフィの表情が怪訝なものになる。
「レストさん、夜に一体何をなさっていたのです?」
「あ、え?いや…別に……」
慌てて誤魔化す。
こっそり森に行ってました何て言ったら怒られそうだしな。昨日のように泣かれても困る。
しかし、カフィは全く信じていないようだ。
「ふーん、そうですか。何もなかったんですね」
怪訝な表情のまま、俺を見やり、その視線は部屋の中へ。そして……
「え?……何ですかあれは?」
視線は、一点に定まった。まるで誰かが寝ているように不自然に盛り上がった客室の奥、ベッドに。
カフィは駆け出した。そして、毛布を力いっぱいにめくった。そこには………
一人の女が、眠っていた。
黄緑色の天衣を纏い、その豊満な胸を隠そうともせず、無防備な姿を晒しているのは、昨日の森の精霊女だ。
「あ、あの……カフィ、さん…?」
返事はない。
カフィは_____毛布を持ったまま、固まっていた。
たっぷり10秒は固まっていただろうか。カフィはギギギ……と錆びれた機械のようにギクシャクとした動きでゆっくりと此方に振り向いた。目が!目が怖い!
「……もう一度お伺いします。一体、昨夜何をしてらしたのですか?」
笑顔でそう問うてくるカフィ。だが、俺には見える。彼女から、ドス黒いオーラが立ち昇っているのが。
頬を伝う冷や汗と、速まる鼓動の音が、大音量で警告している。
_____この状況は……ヤバい。
「誰ですかこの方は?レストさんの何なんです?昨夜、何をされていたのです?……胸が大きい方が良いのですか?ねぇ?」
冷え切った声で迫り来るカフィ。後半は意味が分からんが、何を言わんとしているかは理解できる。
大人の男女。ベッド。深夜。「色々あってな」。
これだけで、容易に想像がつく。
つまり、そういうことだ。
カフィは今16歳。知っていても何もおかしくはない。
…………誤解を解かねば。
「お、落ち着けカフィ。ちゃんと説明するから」
「正座」
「はい」
黒いオーラを放つカフィの前に正座させられ、尋問が始まった。
………何やってんだろ、俺。一応、神なのに。
「ではまず、この方は?」
「そいつは、精霊。森の精霊だ。お前が寝た後、森に行ってな。そこで出会った」
「ふうん。彼女、精霊なのですか。にわかには信じ難いですが、今はそんなことどうでも良いです。それより、何故森に?」
「お、俺の意思じゃなくて、ネメスさんから逃げるために瞬間移動を使ったら、偶然そこに飛んだ訳で……」
「何故ネメスから逃げたのです?」
「あ、いや……それは…廊下に立っていたらネメスさんが来て……その……」
風俗に誘われた、なんて言えるかっ!
「その…何です?はっきり言って下さい」
まずい。非常にまずい。早速追い詰められてしまった。
冷や汗は滝のように流れ続け、側から見ても俺がピンチなのは一目瞭然。
頼む、誰かこの窮地を救ってくれ!
「レスト殿!おはようございます!いやあ、昨日は素晴らしかったですぞ!長旅の疲れが一気に癒えましたわ!やはり風俗は最高ですな!どうです、今夜こそはご一緒に!」
俺のピンチを救うかのように、完璧なタイミングで現れたネメスさん。でかした!救世主!そして、御愁傷様!
「つ、つまり、こういうことで___」
俺が言い終える前に、カフィは動いた。一瞬で部屋の前のネメスさんとの距離を詰める。そのまま右のストレートを顔面に叩き込んだ。
「………!!」
声を出すこともままならず、殴り飛ばされ、廊下の壁に打ち付けられるネメスさん。そして、床に崩れ落ち、動かなくなった。
ありがとう、ありがとう。
声には出さないが、感謝しながら、こっそりと回復魔法をかけてやる。
「……瞬間移動をした経緯は分かりました。正しい判断です。ですが、次回からは、ちゃんと行き先を決めてからにして下さい」
「あ、ああ、悪かったよ。気をつける」
戻って来たカフィの言葉は、幾分か優しくなっていた。
尋問→説教って感じだ。
「では、次です。彼女が森の精霊だと言うのなら、何故ここに?」
「調子乗ってたんで斬ろうとしたら、気ぃ失って。そのままにしとくのもどうかと思って、連れて来た。いや、本当に斬るつもりは無かったけど」
「で、無防備な彼女を襲ったと……そういうことでしたか」
「まてまてまてまて。違うから。襲ってないから」
「……本当ですか?」
「本当です」
必死に否定するが、疑いの目は向けられたまま。
「まあ、彼女が目を覚ましたら聞けばいいだけの話ですしね。私が真に怒っているのは、その点ではないですし」
え?じゃあ今までのは何だったんよ……
「お前は、一体何に対して怒ってんだ?」
「……分かりませんか?」
「………………………………………………………………………………ああ、全く分からん」
考えてみたが、思い当たる節がない。
「私が怒っているのは、デートの前日の夜に、他の女性を部屋に連れ込んだことです!」
「お、おお?」
弱まっていた黒いオーラが、再び強く放たれる。
いや、しかし、分からないことがある。
「デート?誰と?誰が?」
「はっ⁉︎」
俺は疑問を素直に口にしただけだが、カフィは「ありえない」と言うように口を開けて驚いた。
「えっ⁉︎いや、ちょっと………ハハハ、冗談よしてくださいよ、レストさん」
「え?いや……マジで」
「なぁっ⁉︎」
今度は「信じられない」と言わんばかりに、プルプルと震えだした。
やがて震えが収まると、クルッと此方に背を向け、何やらブツブツと呟き始めた。
「え?いや、流石に本気で言っているわけではないですよね?」
「いや、しかし、今までそうでしたし……」
「レストさんってそんな人ですよね。ならあり得なくもない?」
「私とのお出掛けをデートと見なしていないと?」
「つ、つまり、レストさんは私を女としては………」
独り言が止み、静寂が訪れる。
しかし、動けない。動いてはいけない。そういう空気だった。
静寂はしばらく続き……
やがて、カフィは此方を振り返った。両目に、涙を溜めながら。
「えっ?おい、ちょっ、どうし_____
「レストさんのバカァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
涙が床に溢れ落ちたのと同時、カフィは大声で叫びながら部屋を飛び出して行った。
ええっ?何でだ?
俺は困惑しながらも、カフィを追おうと立ち上がり_____
殺気。
《瞬間移動》
部屋の隅、「影斬」を立て掛けていた座標まで移動。
直後、先ほどまで俺がいた位置に、剣閃が走る。
「………なんだテメェら?」
部屋にぞろぞろと入ってくる男達。殺気の数からして、3桁はいるだろう。部屋には収まり切らず、廊下にもいるようだ。
「貴様……よくも泣かせたな…」
その内の、はじめに俺に斬りかかった男が、怒気を孕んだ声で言う。
2メートルはあるであろう、長身。そして、見覚えのある鎧に身を包んでいる。
ファレスの鎧と同じ。つまり、この国の人間。しかも兵士。
「……なんの用だ?」
「用?決まっているだろ。お前がお嬢様を泣かせたからだ」
別の男の声。今度は手に斧を持った色黒全身ムキムキマンが現れた。こいつも鎧を纏っているが、長身のとは少しデザインが違う。しかし、二人とも胸のところに獅子のマークが刻まれている。トレン王国の紋章。
「貴様とは初めて会ったな。名乗っておこう」
長身の方が口を開く。
「トレン王国王宮警備隊隊長、カルミナアス・ファジャ・ルー・クラウス・トリュナ・ズ・ドナ・リガ
「俺は兵士長ザダンだ」
「んなぁ⁉︎ザダン貴様、まだ私が名乗り終えていないと言うのに!」
「お前の名前長すぎだ。もっと短くしろ」
「わ、我が名を侮辱するつもり_____
途端、二人は会話を止め、身構えた。
目の前の男は、それ程までに強烈な殺気を放っていた。
「…………テメェら、コントでもしに来たのか?」
殺気には殺気で返す。俺はさっさとカフィを追わなきゃならんのに。怒りのボルテージが上がっていく。
「っ……話を戻そう。我らは皆カフェミスリアお嬢様ファンクラブの会員。よってお嬢様を泣かせた貴様を許す訳にはいかんのだ」
カフィのファンクラブ?そんなもんがあんのか。まあ、確かにあの容姿で性格ならファンくらいいても可笑しくはないか。
だが、今はそんなこと_____
「_____どうでもいい」
刀を抜く。戦闘開始。
「レスト…許さん!」
「俺たちのお嬢様だ!」
「知るか」
『神眼』_____敵の位置、数を確認。
そして、
『〈剣神術〉“貫”雷』
「ぬぅああああ!!」
「おっらぁぁ!!」
長身が剣を、筋肉が斧を振り下ろしてくる。
「バカ共が」
影斬が、長身の剣と交わった瞬間_____
「っ………!!」
「うごぉっ……」
黒い雷が二人を同時に貫いた。否、二人だけではない。100人以上はいた敵は、全員同様に貫ぬかれ、ドサドサと倒れていった。威力は抑えたため、死んではいない。
これが、この技の能力。敵と認識した者全てを伝う雷。雷の色は、その時の術者の心を表す。今回の雷は黒。
剣神は怒っていた。
己に対して。
「……バカは俺か」
カフィは怒っていた。何故怒っていたのか、俺には理解してやれなかった。それが情けなくて、申し訳なくて。
「くっそ、カフィ、何処に行ったんだ?」
少女を探すため、剣神は部屋を飛び出した。