午前零時、精霊
カフィが部屋に入ってから____________3時間後
まだ出て来ない。
嘘だろおい。もう日付け変わったぞ。一体、中で王女と何をしてんだよ。
許可を得てくるとか言ってたじゃねーか。忘れてんのか?
誰も通らなかったんで透明化も解除して待ってんだよー。そろそろ出てこいよー。
「おーい、カフィー」
扉の向こうに呼び掛けても、反応が無い。おい、大丈夫か?だんだん心配になってきたぞ。
神眼で覗くか?いや、カフィにダメだと言われている。しかし、呼び掛けても反応が無いので中で何か大変な事が起こってる可能性もある、いやでも……………
「おや、レスト殿。お嬢様のお部屋の前で何をしてらっしゃるです?」
俺が悩み苦しんでいると、横から声をかけられた。家令のネメスさんだ。
「3時間くらい前に部屋に入っていったきり、出てこないんだ。待ってろって言われんだけどよ」
俺は扉を指差しながら告げる。すると、ネメスさんは柱時計を見やり、
「ふむ、現在の時刻は午前零時を回ったところ。………この時間はもうお休みになられてますな」
「はあ⁉︎」
「お嬢様の就寝時間は平均して午後11時前後ですので、まず間違いない思われます」
「…なん……だと………」
寝てるのか⁉︎待たせておいて⁉︎
俺の3時間は何処へ…………
「レスト殿、まあそう気を落とさずに。どうです?この後お時間お有りでしたら、是非私にお付き合い頂きたいのですが」
ほお、酒か。好物だ。カフィも寝てるらしいし、このじーさんに付き合ってやるのも悪くないかもな。でも、
「どこで飲むんだ?街に出るだろ。いい店知ってんのか?」
王宮の大食堂で、は流石にダメだろうし。
しかし、じーさんはキョトンとして、
「飲む?飲ませるの間違いでは?さあ、行きますよ風俗ギルド!」
「頑張れよ!」
そう言い残し、その場から瞬間移動。どうやら俺は勘違いをしていたらしい。奴が風俗通いの変態である事を忘れていた。
あのまま付き合ってたら大変なことになる所だった。……待てよ。じゃあ、飲ませるってのは………………考えたくもない。
今のやり取りは記憶から消そう。…よし消えた。で、ここは何処だ?
咄嗟のことだったので、移動先を決めていなかった。
高い木々に囲まれている。森か?森だな。
折角来たのだ、探索してみよう。
「取り敢えず、開けた場所に出るか」
だが、背の高い草が多く、邪魔で歩きにくい。これだけ緑豊かな場所ならば、『精霊』がいるはずだ。ここなら多分森の精霊。そいつにどかしてもらおう。
「精霊、いたら出てこい」
それだけ言うと、俺の近くの植物の葉が光を放ち始めた。ゆっくりと流れるように、その光は俺の前に集まる。そして、光の集合体は形を変えていく。
「………ふうっ」
光の中から現れたのは、1人の少女。こいつがこの森の精霊か。
ふむ、身長はカフィと同じくらい。だが、決定的に違う所がある。胸だ。この精霊女、なかなかの巨乳さんである。カフィが見たら羨みそうだな……………どうでもいいか。
「……もうちょっとカッコいい呼び出し方は無かったの?」」
「は?」
いきなり機嫌の悪い巨乳精霊女。胸への視線には気づいていないようだ。
「色々とあるでしょう。「我が眷属たる…」とか、「今こそその姿を…」とか」
「だから何が?」
何を言ってんだこいつは。
「何で!「出てこい」だけなのよ!私は不満よ、それ!」
はーん、なるほどなるほど理解した。
つまりこいつは、精霊を呼び出す時の言葉をカッコよくして欲しかったと。
別に、カッコよく呼び出そうが、単純に「出てこい」だろうが、効果は変わらないのに、何をこだわってるのか。
魔法も同じだ。例えば、『瞬間移動』を「しゅんかんいどう」と言おうが「テレポーテーション」と言おうが、発動される魔法は同じ。地球の言葉でも、そうじゃなくても、何でもいい。この魔法を使いますよって事が分かればいいのだ。
「大体ね、あんたみたいな人間が、格上の存在、「大精霊」である私に向かって何よその口の聞き方は。敬語を使いなさいよ、敬語を!私は凄いのよ!偉いのよ!敬い、崇拝しなさい!さあ!」
「あ?」
誰が?誰を敬えと?
大精霊。確かに精霊の中じゃトップクラスの力を持つのかもしれんが、所詮は精霊。生み出したのは俺たち神だ。
「……俺はとっても優しいから、偉大なる大精霊様にに1つ、教えて差し上げよう」
俺が優しい口調で言うと、精霊女は不機嫌そうに、
「はあ?たかだか2、30年程しか生きていない人間如きが、世界一の面積を誇るこの森の主とも言うべき私に……
「俺は人間じゃねえ」
キッパリと言い切る。調子に乗りやがって……こいつには正体がバレても構わん。精霊は神の存在を知っているし、近くに神がいればそれに気づく事もできる。
「………は?」
「俺は人間じゃねえ」
理解できていないようだったので、もう一度。これが最後のチャンスだ。
しかし、大精霊はそのチャンスを棒に振った。
「…ぷっ!アッハハハハ!ハハハ!あ、あんたが?人間じゃない?ハハハハ!」
笑い、転げ回る精霊女。めっちゃバカにされてる。………よし、こいつ斬ろう。
「ヒー、ヒー、お腹痛い!どっからどう見ても人間なのに、神にでもなったつもり?」
ほお。ようやく正解にたどり着いたか。だがもう遅い。こいつはダメ精霊なので、お仕置きが必要だと判断した。あと、そろそろ俺の怒りのボルテージも限界だ。容量が少ないからな。
俺は影斬を抜く。
「アハハハ………何よ、刀なんて抜いて。バカにされたのがそんなに悔しかったの?」
此方に気づき、笑うのを止める精霊女。
「いや、お前は精霊としてダメだから、お仕置きが必要かと」
「何よ、偉そうに。そんな事あんたに出来るわけないでしょ」
完全にナメきってやがんな。そろそろ教えてやろう、どちらが上なのか。
「じゃあお前、俺をよく見てみろよ」
「はあ?あんたなんか見るだけ時間の無……」
無駄。そう言いかけて、精霊は固まった。無理もない。人間如きがと散々バカにした俺の正体を知ったのだから。
精霊は皆、相手の魔力の量や質を見る事が出来る能力を持つ。更に、それが神だった場合、『神力』を感知するので、俺のように人化していても、神だと分かるのだ。
俺の目の前で滝のように汗を流しながら口を開いて固まっているこの女は、偏見で俺を人間だと決めつけていた。
詰まる所、精霊失格ですね、はい。
「…分かったか?偉大なる大精霊様」
皮肉を織り交ぜながら言う。今、俺の顔には悪い笑みが浮かんでいることだろう。
対する精霊女の顔は、みるみるうちに蒼白していく。その目には涙が。
「あ、ああ、あ……………」
言葉も出ないようだ。悪いが同情できんぞ。
「完全に自業自得だな。遠慮なく斬らせてもらう」
「け、けけけ剣神様……」
「言い遺すことはあるか?」
「も、もうじわけございばぜんでしたぁ!どうが、どうがお慈悲をぉぉぉ」
ぶわっと泣き出した精霊女。こいつ、カフィ並みに泣くな。
両膝を着き、何度も土下座してくる。
「調子にのりましだぁ!ごめんなざぁい!!もうじまぜんので斬らないでえぇぇ!!」
先ほどまでの偉そうな態度は何処へ消えたのか。必死に謝り倒してくる。
ここまでされると何か惨めだな。だが、心を鬼神のように無慈悲に、刀を精霊女に向ける。そして、できるだけ冷徹な声で、
「お前は死に、魂はお前の主の元へと還る。そして新たな精霊として生まれ変わり、再びこの地の精霊として、この地を見守り続けるのだ」
「いや……だ…しに…たくない……」
精霊女はそのまま後ずさるが、木にぶつかり、凭れた。
俺はゆっくりと歩み寄り、逃げ場を無くした精霊女の首筋に冷たい刀の峰を当てる。
「ひっ……!」
「『神への冒涜』は、精霊界でも規定違反だろ?処罰は何だっけか?」
上から睨みつけ、促すように問う。
「…冒涜を……受けた…神様が………決め…る……」
震える声で懸命に言葉を絞り出した精霊女。それに対し俺は、
「そう。つまり俺だ。俺が決めていいんだろ?だから、お前を斬るんだよ」
冷徹な笑みを浮かべ、刀を振り上げる。そして、
「じゃあな」
余地を与えず、振り下ろした。