海上、恋心
カフィが浴室に入って数秒後、俺は部屋を飛び出した。理由は簡単。部屋にいられなくなったらだ。
現在位置は海上。只今絶賛戦闘中である。
相手は海竜。この辺りの海をナワバリにしているらしい、大型モンスターだ。ランクは〈上ボス〉級。先日のトロルオークよりワンランク上。
「…ったく、ちょーとナワバリに入っただけだってのに」
俺が現れて直ぐに、怒り、襲って来やがった。
「ゴァァァァァァァァ!!」
水中の海竜が、巨体を捻り、4本の尾を槍のように突き上げて攻撃してくる。
「ほっ」
海面を蹴り、回避。そのまま海上を駆ける。俺の脚力なら水の上を走ることなど容易い。浮遊の魔法を使えば、空も飛べるがな。
海竜は何度も海中から尾を突き上げてくるが、全て回避。まだ影斬は抜かない。〈上ボス〉がどれくらいの強さなのか知っておきたいからな。
「キシャアァァァァァ!!」
突き上げ攻撃が当たらないと判断したのか、海竜は海面から顔を出し、鋭い牙で襲いかかってきた。が、これも躱し、海竜の顔面を踏みつけ、跳躍。月光を背に浴び、海面に着地。
顔を踏みつけられ、いよいよ本気で怒った海竜は本気の攻撃に入る。これを待っていたのだ。
「キュアアァァァァァァァァ!!」
口から、水を纏ったビームの如きブレスを放ってくる。物凄い速度だ。衝撃で周りの海水が吹き飛んでいる。
「おお……すげえな」
素直な感想を述べながら、ブレスを横に回避する。直後、真横をブレスが通り過ぎる。
「おおおっ」
俺の横で、海が裂けた。あのブレス、威力も相当あるっぽいな。なるほど、上ボス級ね……
「確かに強いなあ……でも、うん、まあこんなもんか」
俺がそう呟くと同時に、海竜は体内に海水を取り込む為に海中に姿を消す。
どうやら、あのブレスを放つには、かなりの水を要するようだ。
俺は海面を左右に蹴りながら待機。海竜を観察する。
月光が海面に反射し、さらに海竜自身の鱗も透明度が高いので、海中の様子は窺えない。が、
『神眼』
普通の眼とは違い、あらゆる物を見透す事のできる神眼なら、海竜が海水を取り込んでいる様まではっきり見える。
海竜はそれぞれの尾の先端の小さな穴から海水を取り込んでいる。4つあるとはいえ、その巨体と比較すると余りにも穴が小さいので、時間がかかるのか。
数十秒後、再び海竜が海上に姿を現した。すぐさま此方にブレスを放ってくる。
「1回見たし、それはもう当たんねーよ。まあ、どんな技でも当たらんけどな」
そろそろカフィも風呂から上がる頃だろうか。いや、女子の風呂は長いと聞いた事があるぞ。もう少し待つか?
どちらにしろ、こいつの相手はもう飽きた。上ボスの強さもしれたし、用はない。
鞘に収めている影斬に手を伸ばす。
ブレスが直撃する瞬間、海竜の視界から標的が消えた。今まで、どんな相手でも一撃で仕留めてきた自慢のブレスが、同じ相手に2度も空を切っている。
「じゃあな」
突如、後ろから聞こえたその声に、海竜は戦慄を覚えた。しかし、何故か振り向く事ができない。体が全く動かないのだ。少しして、凄まじい喪失感に襲われる。首から下の感覚がない事に気づく。
だが、気づいた時にはもう遅い。首を横一文字に斬られた海竜は、断末魔を上げる事すら許されず崩れ落ち、深く暗い海に沈んで行った。
その後ろでは、先ほどの声の主が、ゆっくりと刀を鞘に収めていた。
「まあ、こんなもんか」
上ボス級_______熟練の冒険者が、100人がかりで挑む程の相手を一刀のもとに斬り捨てた『剣神』は、夜の静かな海の上で呟いた。
まさか、慌てて瞬間移動した先が海上で、モンスターがいるとはな。食後の腹ごなし程度にはなっただろうか。
「にしても、綺麗な鱗だったな」
透き通るような青い鱗に覆われた海竜は、月光を受けて輝いていた。血に染まったけど。
「……カフィが喜ぶかもな」
ふと、脳裏に浮かんだのは1人の少女。彼女は今、王宮の客室の一室で、入浴中のはずだ。
つい先ほど知った事だが、彼女には想い人がいるそうだ。それが誰かは分からないが、相当な鈍感野郎とのこと。自分の気持ちに気づいてもらえず、気を落としてしまっている彼女を元気づける為に、海竜の鱗を持って帰ろう。
そう決めた俺は海面に手をかざす。
「《反重力》」
唱えると、海面に『魔法陣』が展開される。そういや、この世界では初めて見たな。
魔法陣は、魔法を発動する際には必ず展開される。しかし、それが目に見える場所とは限らない。
例えば、俺の『瞬間移動』や『操作』なんかは、自分や物に発動する魔法なので、体内や対象物の内側に魔法陣が現れる。よって、外からは見えないのである。
今回の『反重力』は、離れている対象に発動するので、魔法陣が海面に現れたのだ。攻撃魔法も、ほとんどは魔法陣が空中や地面に展開される。
俺なら模様から魔法を特定できるので、相手が魔術師でも問題はない。
魔法陣を展開させずに魔法が発動できるのはただ一人、魔神だけだ。
程なくして、先ほど沈んだ海竜の死骸が浮かび上がってきた。血のついていない鱗を何枚か剥ぎ取り、魔法を解除。魔法陣が消え、海竜は再び沈んで行った。
「よし、帰るか」
俺は、瞬間移動で部屋に戻った。
ーーーーー
時は遡り、剣神レストが、海上で海竜と戦っていた頃。
入浴を終え、浴室から出たカフェミスリア・ネレスト・ヘルドは、驚愕した。そこで待っているはずの人物が見当たらないからだ。
レ、レストさん?
焦り、服を着るのも忘れて部屋中を探し回ったが、彼は何処にもいなかった。
単に部屋から出ただけでは?そう思い、寝巻き姿で部屋を飛び出した。
時刻は午後9時過ぎ。時計の針がそう語る。光魔法を利用したランプが照らす長い廊下を駆ける。
すれ違う人全てに彼の行方を訪ねるが、誰もが見ていないと言う。
自分の部屋の前を素通りし、東棟二階最奥、公爵の私室に到着。呼吸を整え、扉をノックする。
「誰だ?」
扉の向こうから、お父様の声。
「カフェミスリアでございます、お父様」
「おお、カフィか。入ってくれ」
扉を開け、中に入る。
椅子に腰掛けていたお父様は、私を見るなり、心配そうに尋ねてくる。
「ど、どうしたのだ、カフィ?そんなに不安げな顔をして」
「レストさんがいらっしゃらないのです!」
「何、勇者殿が⁉︎」
昼間に決闘までして断られたというのに、まだレストさんを勇者にするのを諦めていないらしい。だが、今はそんな事はどうでもいい。
「ええ、先ほどまでお部屋におられたのですが……私の入浴中に………」
「そうか……急ぎ兄上にもお知らせして、彼を探そう。王宮内の人間をフル動員させる」
「はい!」
レストさん……一体何処へ行ってしまわれたのです………?
不安は募るばかりだ。だが、今は王宮内にいると信じて探すしかない。
少し巻き戻り、剣神レストが海竜を倒し、鱗を持ち帰ろうとしている頃。
「何処にもいません」
100人以上で、王宮内を隅々まで探し回った。が、彼は見つからない。
「これ程探し回っても発見できないとは………彼はもう王宮にはいないのでは?」
誰かが言った。私はその場にへたり込んだ。
「そんな……」
深い絶望感。彼はもういない。いなくなってしまった。そして、彼が自ら姿を消したのなら……………恐らくもう会うことはできない。
私の知っているレストさんは、黙って姿を消すような人ではない。
彼は2度も私を命の危機から救ってくれたのだ。私だけではない、お父様も救ってくれた。
とても強くて、明るくて、優しくて…………
幼い頃に読んだ本のどんな勇者より、英雄より、格好良かった。
そんな彼に、生まれて初めての恋をした。
初めて会った時から、救ってくれた時から、好きになった。目で追うようになった。もっと知りたいと思った。知れば知るほど、惹かれていった。
彼は鈍感だから、ちゃんと伝えないと気づいてくれないだろう。でも、可愛いと言ってくれた。その一言が、何よりも嬉しかった。約束も、ちゃんと思い出してくれた。もっと好きになった。
いつの間にか目に溜まっていた大粒の涙がぽろぽろと溢れ落ちる。悲しい。涙は次々と溢れ出てくる。
私と彼は出会ってからまだ日が浅い。彼について知らない事の方がまだまだ多いだろうし、彼は私なんて眼中にないのかもしれない。
……それでも、一緒にいたい。これから、もっともっと色んなことをして、色んな所に行って、幸せを、喜びを、感動を、分かち合いたい。傍に居たい。願わくば、最期まで。
「…だから……ぐすっ…いなくならないでくださいよう………レストさん…」
「あ?誰がいなくなるって?」
突然後ろから聞こえた声。聞き間違えるはずがない。1番会いたかった人の、1番聞きたかった声。
「…レストさぁん」
振り向くと、そこには、私の大好きな人が立っていた。
「おう、なんだ?」
「……ふぐっ…良かったぁ…ひぐっ」
あれ、おかしいな。こんなにも嬉しいのに、涙が止まらない。
「お、おい、何で泣いてんだ?」
レストさんは、ハンカチで涙を拭ってくれた。やっぱり優しい。でも、余計に涙が出てくる。
「あ、そうだそうだ」
と、彼は、思い出したように言う。どうしたのだろう。まさか、さよならとかじゃ……
彼は、ポーチに手を入れ……取り出したのは、青く透き通った綺麗な鱗。
「これ、お前に取ってきたんだよ。海竜の鱗。ほら、綺麗だろ?多分。お前が綺麗じゃないってんなら他の取ってくるけどよ。まあ、あれだ。俺には恋愛は分からんが、元気出してがんばれよ。お前ならいけると思うぜ」
慌てて私を慰めようとしてくれた彼は、そう言って、3枚の鱗を私の手の平に置いた。
その瞬間、胸の奥から涙がこみ上げてきた。私は彼に泣きついた。嬉しかったのに、泣いた。泣き続けた。泣き疲れて、眠りにつくまで。目を閉じる直前、レストさんが私を抱き抱えてくれたような気がしだが……その後のことは、分からない。
2017年12月28日、第1話を修正しました。余りにも文章が下手だったので。今でも下手なのは変わりませんが、前のよりは良くなったかなと思います。