もう1つの約束、熱
夜。大食堂にて夕食を済ませ、西棟二階の客室に戻る。
さすが王宮と言うべきか。この大きな客室に、風呂もトイレも完備してある。神界の神殿には劣るが、立派なものだ。
ガチャリとノブを回して、部屋の中に入ると、またもやカフィがいた。今回は隠れではおらず、椅子に腰掛けている。
俺の姿を認めた彼女は笑みを浮かべて、
「遅いですよ〜レストさん。待ちくたびれてしまいました」
足をぶらぶらと振りながら、ご機嫌な様子で言う。
「お前が早く来すぎただけだ」
「だってだって、レストさんの方から「後で部屋に来てくれ」って言ってきたのですよ?」
そう、カフィの言う通り、今回は俺が部屋に招いた。何故かは直ぐに分かる。
「確かに言ったが、それがどうした。お前が俺の部屋に早く来すぎる理由にはならんだろ」
すると、彼女は呆れた表情で
「はぁ……貴方はそういう人でしたね」
と、何かを諦めたようにため息を漏らす。
今の会話の中で何か変なことがあっただろうか。
「それで、何故私を呼んだのです?」
そうだった。本題に入ろう。と言っても、特に大した事ではないが。
俺はカフィに問う。
「お前、明日空いてるか?」
「はい?」
よく聞き取れなかったのか、「今、なんて?」という反応。俺はもう一度同じ問いをする。
「お前、明日空いてるか?」
「はい」
今度はちゃんとした返事が返ってきた。
「そうか。なら明日、王都を案内してくれよ。俺、昨日行った商人ギルドの場所しか知らねーんだ」
その商人ギルドに行くのにも、迷路みたいな王都の街を歩きまわったからな。地図がまるで機能しなかった。
「ええ。良いですけど………約束、覚えてくれていたのですね!」
何やら嬉しそうなカフィ。
約束?それなら昨日果たしただろう。
と、思ったが、口にはしなかった。俺も流石に学習したぞ。今その発言はタブーだと。
恐らく、俺が忘れているだけで、俺とカフィは何らかの約束をしている。それを俺だけが忘れていたと知ったら、こいつはこの場で泣き出すか、怒ってしまうだろう。
それは嫌だ。俺には少女を泣かせて喜ぶような特殊性癖はない。父親も無事に回復して、めでたい時なのだ。こいつには、なるべく笑っていて欲しい。
ならば、俺のすべきことは決まっている。『約束』を思い出すことだ。カフィに悟られぬよう、高速で。
俺はベッドに腰掛け、記憶を蘇らせる。_____魔法でな。
『《強化:脳》』
無言で自分の脳に強化魔法をかける。これにより、脳が著しく活性化される。
……………………あった。
頭の片隅に、記憶を発見。
「お父様の件が無事に終わったら、私が案内して差し上げます」
「おう、そんときゃよろしく」
俺とカフィの会話が脳内でリピートされる。
ハストゥの町から瞬間移動して王都までの馬車の中で、確かに約束を交わしていた。
「ああ、馬車の中で約束したよな」
「ええ、レストさんのことだから、忘れてしまっているのかと思っていましたが………嬉しいです」
と、彼女は笑う。俺もぎこちない笑みを返すが、心には罪悪感という名の巨大な刃が突き刺さっていた。ごめんカフィ。本当ごめん。
「じゃあ、明日はよろしく頼むぜ」
「ふふふ、私、街のことなら何でも知っていますので」
薄い胸を張って、お任せください、と彼女は言う。
彼女は俺の本当の目的を知らない。俺は明日、カフィを勇者にする。
前回のゴブリン作戦は、彼女のことを良く知らなかったため失敗に終わったが、今回は違う。彼女なら、必ず助ける。そうすれば、彼女は勝手に勇者になる。クレナリアさんの言葉がヒントになった。
そこで、大事なことを伝えるのを忘れていたことに気がつく。
「あ、あと、明日は護衛とかの付き添いなしで頼む。二人がいいからな」
途端、カフィの顔が真っ赤になる。
「ふ、ふふふ二人ですか?」
大慌てのカフィ。何を動揺しているのかは知らんが、二人だと何かまずいことがあるのだろうか。…………ありそうだな。王族だもんな。
「いや、二人が嫌なら無理しなくていいぞ。あくまで俺の希望ってだけだから」
「い、いや!いや!二人でいいです!二人がいいです!」
今度は首を思いっきり横に振られる。わけわからん。何かカフィがおかしい気がする。
「お前、どうしたんだ?頭でも打ったか?」
「打ってませんよ!」
頑なに否定するカフィ。顔は紅いままだ。明らかに様子がおかしい。頭を打ってないとすると……………
「もしかしてお前…………」
「な、なんです?」
「………熱でもあんの?」
「んなっ………ないですよ!」
少し怒ったように彼女は声を荒げた。だが、俺は動じることなく言う。
「嘘つけ。顔真っ赤だぞ、お前」
「こ、これは……熱ではなくて……」
「熱じゃなくて?」
「そ、その……あの………」
カフィの声はどんどん小さくなっていき、ゴニョゴニョと何を言っているのか分からない。
熱があるのは一目瞭然なのに、何を隠そうとしているのだろうか。
それよりも、その熱が心配だ。俺との約束で無理をさせるわけにはいかない。
「…ですから……こ…こ………」
俺はカフィに歩み寄り、小声で呟いている彼女の額に、俺の額を重ねた。
「ふふぇあっ⁉︎」
カフィは突然のことに驚き、変な声を上げる。
「あ、ああ、あ……」
間近にある彼女の顔がこれまで以上に紅くなっていく。目を見開いて、口をパクパクさせているのが分かる。
「動くなよ。熱測ってるから。…………
…………高熱だな。39度はあるぞ。とりあえず、明日は無しだ。今すぐ医務室に行こう。立てるか?」
そう言って俺がそっとカフィから離れると、彼女はフラフラとよろめき、
「はにゃ、ふにゃ、ほにゃぁ……」
ドサッ
とベッドにうつ伏せで倒れこんだ。
「お、おい、大丈夫か?」
俺は慌ててカフィに駆け寄る。
「レストさぁん……」
弱々しい声で俺を呼ぶ。
俺はカフィを仰向けにしてやり、返事をする。
「お、おう、ここにいるぞ、何だ?」
「私…もう動けません」
「やっぱ熱だろ。医務室なら連れてってやるから」
「いえ……断じて熱ではないのです」
「?じゃあ何なんだよ」
「これは……………」
カフィはそこで一度言葉を切る。そして、再びゆっくりと口を開いた。
「これは…恋です」
「……………………………………………………………………は?」
何を言い出すかと思えば……熱ではなくて、恋?
つまり、想いが強すぎておかしくなったと?さっぱり分からん。この場に恋愛神がいれば、俺にも分かるように説明してくれるんだが。
「熱は熱ですが、原因は恋なのです」
「ほお」
まあ女の子だし、恋愛くらいするだろう。別にそれは自由だが、カフィ程の美少女が恋に落ちるとは………どんな奴だろうか。少なくとも、俺の知る人々の中にはいなさそうだ。少し気になる。
「ちょっ……何ですか、その薄い反応は?」
「いや、だって俺お前の片想いの相手?恋人?どっちか分からんが、知らねーもん。今度教えてくれよ」
「……………………」
俺の言葉に、カフィは天井を仰いだまま固まる。無言だが、その瞳は「マジかコイツ」と語っていた。顔の紅らみもみるみるうちに引いていく。
「……おーい、カフィ?」
顔の上で手を振る。しかし、彼女は虚空を見つめたまま、微動だにしない。
俺はどうすることも出来ず、目の前の少女を見つめていた。少女も涙ぐみながら此方を見つめている。
涙がでるのは、大抵は悲しいとき、辛いときだ_______________はっ!
俺は、1つの可能性にたどり着く。
もしかして………カフィは、失恋してしまったのではないだろうか。それならば、涙が出るのも分かるし、ショックで熱を出したとも考えられる。
それならば、何か気の利く言葉をかけてやろうか。しかし、恋愛などした事がないので、かける言葉が見つからない。頼む、恋愛神よ、降りて来てくれ。
俺が1人で考えこんでいると、ベッドの上のカフィが口を開いた。
「レストさん、私…その方に、何度かそれとない事を言ってみたのですよ」
「お、おお」
「ですが……」
気まずい。この流れあれだろ?もう他の女とできてましたってやつだろ?カフィの失恋話を聞いた俺は、一体どうすれば………
「ですが、気づいてもらえなかったのです」
全く予想外の一言。やはり恋愛は分からん。
「気づいて…もらえなかった?」
思わず聞き返してしまう。
「はい、彼はとってもとってもとぉーーっても、鈍感なのですよ」
「そ、そんなになのか…」
「ええ、ほんと、重症なのですよ」
なんか俺に対して怒っているように見えるが………気のせいだろう。
今はこの場を切り抜けなければ。
「だ、だったら、面と向かって告白すれば良いんじゃないか?流石にそいつにも伝わるだろ」
「そ、そんな勇気はありませんよ」
「大丈夫じゃないか?お前可愛いし」
「ふぁふにゃっ⁉︎」
「なっ⁉︎」
強い衝撃を食らったようにカフィが仰け反った。魔法攻撃か?だとしたら俺が気づかないはすがないんだが……
「おい、大丈夫か!何にやられた?」
「うう……うううぅ〜〜〜〜」
魔法のダメージか、顔を紅に染めてベッドの上を転がり回るカフィ。
「なんでっ!……なんでぇっ」
「可愛いとかっ」
「絶対……変!」
「気づいてくれないのっ」
時折、変な事を言いながらも転がり続ける。どうやら、魔法を受けたわけではないようで安心した。
数分後、転がり続けていたカフィは、疲れ果てたのか、仰向けになり動かなくなった。
「おーい、大丈夫かー」
ぐったりしているフィに呼びかける。さっきから何かおかしいぞ、こいつ。
「はぁ…はぁ……はい」
ずっと転がり続けていたので、少し息が荒い。頰をほんのりと染め、吐息を漏らす様は、純情な少女ではなく、「女」の色香を感じさせる。
俺は思わずごくりと唾を飲み込む。
暇な神達が、そういうことをする為に、頻繁に下界に降りている事は知っていたが、そいつらの気持ちが分かった気がする。
決してエロシュチュエーションではない、1人の少女が疲れ果て息を切らしているだけなのに、神でさえ目を話すことは出来なかった。
だが、己の中で勝ったのは理性。欲望を斬り伏せ、劣情を押し殺す。
「汗かいただろ。風呂入ってくか?」
「…はぁ…そうさせていただきます」
カフィはゆっくりと起き上がり、浴室に向かって行った。
更新遅れて申し訳ないです。