放課後2
夏のある日、高校2年生の涼平は死神に生き返る条件として、クラスメイトの菅野を幸せにする事になる。
そして、彼女の片想いの相手が、親友の日高だと知り協力する事になる。
そのまま、恋愛相談に乗る事になったのだが…。
青春恋愛物語 第4話。
「何の事ですか…私はいつもこんな感じですよ?」
「おい…」
「本当に長谷部君は、お茶目さんなんだから…えい!」
目の前の俺の知らない誰かが、人差し指で額を押してくる。
これが、彼女の中の『女性らしい』という言葉の解釈らしい。
ぶりっ子キャラを演じているつもりらしいが、俺の中で様々な感情が交錯する。
嫌悪…不快…苛立…絶望…?
どれも当てはまるが、とりあえず目の前の惨状を止める事にした。
「…菅野」
「はい、なんでしょう?」
「止めろ、気持ち悪い」
「何の事でしょう、分からないですぅ〜?」
語尾を伸ばした上に、自分の頭を軽く小さく拳で叩いて『てへっ』なんて言い出す始末だ。
―――駄目だこいつ…。
「いや、本当に気持ち悪いから止めろ」
言葉を言い終えたと同時に、右足の爪先に激痛が走る。
「いててててててて!菅野!足!足踏んでる!」
「気持ち悪くて、わ・る・かっ・た・な!」
一文字一文字に怒りを混めてくる。
右足が潰れるかと、ヒヤヒヤさせられながら必死に謝る。
「ごめんごめん」
右足が痛みから解放される。
それでも、靴の下がどうなっているか不安になる。
そんな心配をしながら、彼女の顔がまた曇っているのに気付く。
「そんなに変かな?」
「ああ、いつも通りで良いと思うけど」
「そうか…」
「それに、無理に作った自分を好きになってもらっても、仕方ないだろう」
そうだ。そこに意味があるのだ。
好きな人には素直な自分を好きになってもらいたいのだ。
「菅野は菅野なんだから、その繕った自分を好きになってもらっても、菅野自身を好きになってもらったのではなくて、他の菅野では無い誰かを好きになっているのと同じだろう」
「でも…」
「お前は、日高に自分の顔をした他人を好きになって欲しいのか?」
彼女は更に顔を曇らせる。
でも、これは言わない訳にはいかなかった。
なぜなら、それは彼女が幸せと感じる事に必要なことであるからだ。
例え両想いになっても、無理して付き合っていても本当に幸せを感じる事が出来ないと予想したからだった。
「そうだな、うん、ごめん…」
「いや、強く言い過ぎた…」
自分の口調が強くなっているのに気付く。
何故か、この手の話題になるとムキになりやすい事を気にしている。
「あ、そういえば長谷部」
少し気まずい空気を壊すように、菅野が違う質問を投げてくる。
「日高君は好きな人とかいるのか?」
「あー…それは聞いてなかった」
「それが一番大事だろう」
確かに、一番大事な事なのだが、どうしても聞く雰囲気ではなかった。
「何か、その類いの話になると何故か話そうとしなかったから…」
日高から彼自身の恋愛の話を、小学校の頃から耳にした事はなかった。
特に避けている訳ではなかったが、その手の話題で質問を投げても『涼平はどうなの?』と、投げ返されるというのが、お決まりのパターンである。
そういう関係を長い事続けていると、カウンターを返される事への恐怖で聞きづらいものである。
自分の手の内を見せずに相手の本音を聞き出す事が、こんなに難しいとは思わなかった。
「それって…」
「いるかもしれないな…」
さっきまでの表情とは違う、悲しそうな気持ちが菅野の顔に映される。
しかし、これで挫けられても困る。
「じゃあ諦めるか?」
「諦めるわけがないだろう」
即答された。
彼女の日高への気持ちは本物だと思う。
誰かが好きとか、自分が理想のタイプじゃないとか、そんな事では薄らぐ事の無い気持ちを彼女は持っていると信じていた。
「そう言うと思ったよ」
「それで諦められるなら、とっくに諦めている」
「彼女がいるかもしれないということは、彼女がいないかもしれないという事だしな」
「ポジティブだな、おい」
コロコロ表情を変えて、彼女が今度は笑顔になる。
自分の命の件を抜きにしても、少なからず応援したいと思わされるのは、彼女のこういったポジティブな思考にもある。
「日高君は元々、女子には平等に優しいからな」
「そうだな…皆、あの営業スマイルに騙されるんだ」
「営業スマイル?」
日高のやたら爽やかな笑顔を、戸松と二人で『営業スマイル』と呼んでいる。
普段から日高と深く接しない相手なら、あの笑顔で大概の相手に善人というイメージを刷り込ませてしまう。
しかし、その本性はもっと違う…。
「ああ、戸松や俺なんかより、日高のが怒らせた時は数十倍怖い」
「いまいち想像出来ないけど、普段大人しい人間程…ってやつ?」
「ニュアンスは近いけど、日高はキレたりしない…ただ静かに怒りを突き刺してくる感じだ」
「あまり分からないな」
分からないのも仕方が無い。
中学時代に、一度だけ戸松と日高を怒らせた事がある。
その時に俺らに向けられた日高の恐ろしく冷めきった笑顔を忘れない。
あれは、きっと相手に平気で『生まれてこなければ良かった』と思わせる、悪魔の笑顔だ…。
沁沁思う。
「あいつと仲良くなれば、嫌でも分かるさ」
「な、仲良く…」
そのキーワードを自分で復唱しただけで、菅野の顔が真っ赤になって俯く。
「そんな事を想像して赤くなっていたら、二人きりになったら爆発するんじゃないか?」
「私は自爆するモンスターか…」
「冗談抜きで、もっと話す機会は増やした方が良い」
「そんなの、言われなくても分かっているよ」
俺の言葉で菅野が少しずつ弱々しくなっていく。
応援するつもりが、攻撃しすぎただろうか…、
罪悪感というより、ここは前向きにさせなければ自分の命に関わるので、話を逸らす事にする。
「共通の話題とか、話の種を探さないといけないんだろう?」
急な話題に、彼女は小さく唸って考えている。
「そうだな…好きな音楽とか…」
音楽という意外なテーマに、少し考える。