クラスメイト2
長谷部涼平は、自称、死神のモトに年内にクラスメイトの菅野雪乃を幸せにしないと死ぬという条件を迫られる。
涼平は偶然、菅野の日高に送るはずのラブレターを入手してしまう。
そこからを接点に、涼平は協力を持ちかける。
片想いの相手の親友ということもあり、菅野も二つ返事でOKだった…。
「お兄ちゃん」
「うわ!」
急に後ろから名前を呼ばれて、心臓が飛び上がる。
別に悪い事をしていたわけではないが、何故か少し後ろめたい部分もあったのだろうか。
「…って、真帆か…」
幽霊でも見たような兄の反応に、少し傷ついた様子を見せた後、真帆は悪戯な笑顔をする。
この笑顔を見せたときは、大概ろくな事を言い出さない。
「お兄ちゃん、女の子からの電話だったよね…」
ほら。
「うっ…この事は、母さんには…」
「もちろん、報告済でございます」
「お前…」
これから己に待ち受ける事を想像して、額から嫌な汗が出てくる。
遠くから恐怖の足音が、パタパタとリズミカルに響く。
「リョウ君!女の子から電話だってね!どんなの子?」
「いや、ただのクラスメイトだから」
母親である、長谷部奈津が台所から駆けてくる。
夕飯の支度をしていたのか、年相応と言いがたい猫のキャラクターが入ったエプロンをしていて右手にはオタマを持っている。
息子の恋愛事情でここまで必死になる母親も珍しいだろう。
「ただのクラスメイトは、家に電話なんかかけてこないよね?」
誤摩化す俺の言葉を、妹と言う名の小悪魔が否定する。
「真帆、後で覚えていろよ」
「で、リョウ君!どんなの子なの?クラスメイトってことなら、同じ年だよね?可愛い子?」
括った長い髪を横に降りながら、母は週刊誌のレポーター並に質問を投げてくる。
こういう素振りは年齢を感じさせない。
外見からも二児の母親とも思いにくいほど、若く見える。
ただこの若すぎるテンションに、時々疲れさせられる。
「母さんも、もう台所戻って!」
「どうも、他の誰かが好きなのを協力してるみたいだよ…」
台所に押し戻せそうだった母親の心に火をつけるように、妹からの支援砲撃が始まる。
「本当なの、リョウ君?」
心配そうな表情になる母親に、意味不明な罪悪感が発生する。
「それは…」
「三角関係って奴ね、母さん大好きよ、そういうの!」
「真帆としては、お兄ちゃん人が良すぎるから心配」
その罪悪感が無駄だって事に即座に気付かされる。
「そうね、リョウ君は押しが弱そうだもんね」
「いや、母さん…だから…」
こうなってしまっては、もう手が付けられない。
二人が俺の事を揶揄っている時、高確率で本人の意見は置いてきぼりになる。
「どうして女の子だと、俺が好きな事が前提で話が進むんだ?」
「そりゃ、お兄ちゃんが話せる女の子と言えば、香澄さんのみでしょ?」
妹の言葉が、俺の小鳥のような心に突き刺さる。
まるで、他に女友達がいないみたいじゃないか。
…いないけど。
それに戸松は生物学上では女性であるが、俺にとって一度たりとも女性、恋愛対象などと考えた事がない。
中学時代はそれで揶揄われたりしたこともあるが、相手にする事すら馬鹿らしくなるほどだった。
「何だ、その失礼な推理は…まるで、お兄ちゃんがクラスの女子を相手にしていない冷たい人間みたいじゃないか?」
「お兄ちゃんが相手にしていないのではなくて、お兄ちゃんが誰にも相手にされていないのだと思うんだけど」
今まで妹の言葉は果物ナイフ程度だと思っていたが、これは日本刀だ。
「妹よ…」
「何、お兄ちゃん?」
「お前、意外と酷いな…」
可愛い笑顔を見せながら真帆は、兄の精神を削り取る。
真帆は普段は馬鹿みたいな事を言っているが、基本的に頭は良い。
もちろん勉強ではなく、ずる賢いや計算高いという意味である。
兄の贔屓目を除いても、観察力や洞察力にはたけていると感じている。
「それに俺は、クラスの女子とも話すよ」
「でも家にわざわざ電話してくるほどじゃない」
「くっ…」
やはり、鋭い答えが返ってくる。
別に菅野に恋愛感情など微塵もないし、偶然知った事を話してしまうという手も考えなくはない。
しかし、それはそれで日高が家に来たときなどを考えると、話すわけにはいかなかった。
下手な事を言うと、墓穴を掘りかねない。
「文化祭の事だったんだよ」
「家に電話しないといけないほどの?」
真帆の包囲網に、逃げ場を塞がれてくる。
「それに、そんな関係なら携帯番号を交換するだろう…」
「それもそっか」
やっと納得した様な表情をする。
あまり必死になって否定しすぎたせいもあって、逆に焚き付けてしまったのだろう。
この妹の恐ろしいところは、弄っても良い時と駄目な時を見極められるという事だ。
この年齢で他人の顔色を伺えるというのも、中学生としては如何なものかと思うが。
「でもお兄ちゃんの事だし、協力すると言って近づいたのは良いけど、ノープランで電話番号も交換し忘れたんじゃない?」
しかし油断していると、名探偵も顔負けの推理を披露してくる。
小説で追いつめられる犯人の心境を共感する。
「だから家に電話して来たのも、辻褄が合うし」
「お前、どうしてそこまで…」
――――しまった。
後悔既に遅し、零した失言を名探偵は逃すはずは無かった。
「あれれ、お兄ちゃんは文化祭の事を話していた、それだけだよね?」
わざとらしく聞いてくる。
「ただ、電話番号を知らなかっただけだ…」
「リョウ君は、そういう所はお父さんに似ていて鈍臭いのよね」
否定し続けると、餌を与え続けているような感覚になる。
まるで、好きな子の恋愛相談を受けているような流れになっている。
ここだけでも、はっきり否定しておく必要がある。
「母さんまで…それに菅野とはそういう関係では…」
「菅野さんって言うのね!」
「人の話を聞け!」
母親の相変わらずのマイペースさには、息子ながら感服する。
止まらなくなった母は胸を張って、「挨拶に来る時は言ってね、部屋は綺麗にしておくから」などと、在りもしない未来予想までし始めてしまった。
「でも本当に、高校入ってからお兄ちゃんの口から香澄さん以外の女の子の名前なんて、今まで出て来なかったじゃない?」
「そんな事ない…と思う」
確かに過去のある出来事から、俺は女子と少しも親密になることはなかった、
別に敬遠しているとか、意識的に避けているとかではなかった。
ただ無意識で、誰かと近づきすぎる事を恐れた。
誰かと近づきすぎて、傷つけて失う事が怖かった。
「ボヤボヤしていると誰かに取られちゃうよ」
妹のナイスアドバイスも勘違いも良いところで、心の底から誰かに貰って頂きたい。
そして、幸せそうな笑顔をする事で俺の死は回避できるのだ。
などと、こちらの心の声など届くはずも無く、目の前の温かい家族は当事者不在で物語を進行中だ。
「負けちゃ駄目よ、恋は戦争なのよ!」
「そうだよ、お兄ちゃん、ちょっとした事で女の子は気持ちが変わるんだよ」
「その情報は、世の中の恋する男子の夢を壊すから止めなさい」
母親は「さて」っと腕まくりをして、台所に戻ろうとする。
その様子は、鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌になっていた。
「今夜は御馳走ね…『勝つ』と言う事で、トンカツかしら…」
「いいかげんにしろ!」
受験生の親じゃないんだからとか、ツッコミを入れる余裕すらなかった。
それから1時間くらいすると、父も参加して夕飯が終わるまで俺は弄られ続けた。
父に至っては応援ではなく、「涼平もそんな年齢か…」とか「真帆もいつか彼氏を連れてくるんだろうな」とか、遠い目をして呟いていた。
しかし、家族そろって俺の言葉に聞く耳は持っていなかった。