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黄昏に君の笑顔を  作者: 神崎葵
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クラスメイト1

長谷部涼平は、自称、死神のモトに年内にクラスメイトの菅野雪乃を幸せにしないと死ぬという条件を迫られる。

涼平は偶然、菅野の日高に送るはずのラブレターを入手してしまう。

そこからを接点に、涼平は協力を持ちかける。

片想いの相手の親友ということもあり、菅野も二つ返事でOKだった…。

 しかし、ここまで来ると運命というより、何かに仕組まれているとしか思えない。

 元々、菅野とは夏休み以前なんて、個人的な会話なんてろくに交わした事は無い。

 互いが互いの存在を知っている、その程度だっただろう。

「ふぅ…」

 少し赤くなった夕日が差し込む自分の部屋で、ベッドに横になる。

 ベッドの布団は冷たく、見上げた天井は見慣れたベージュの色をしていた。

 しかし、こんな重たい気持ちになるとは思わなかった。

「偶然を装ったにしては、上出来だったな」

 急に声がする。

 あいつだ…。

「入ってくるなら、ノックぐらいしたらどうだ?」

「君は面白い事を言うな」

 起き上がると、部屋の隅で自称、死神の少女が壁に寄りかかっていた。

 クスっと意地悪な笑顔を見せて、モトが続ける。

「彼女の協力者になれば、近づきやすいと考えたのか…」

「人聞きの悪いことを言うな…手紙が入っていたのだって、偶然だろう」

「しかし、君は元々こうするつもりだったんじゃないか?」

 正直、モトの言っている事も当たっていた。

 さっきから気分が沈んでいるのは、終止に渡って菅野からもらった信頼への後ろめたさだった。

 確かに運命論さえ信じてしまうくらい、偶然が重なったものだ。

 生徒会、手紙…どちらも俺自身が招いたものではなく、偶然が重なって出来た菅野との接点だった。

 この偶然さえもモトに仕組まれたものだと疑いたくなる。

「憶測だろ、それ」と、誤摩化すが、そんな事も御構い無しに続ける。

「それに、日高と言ったか…君は友人宛だとも言うのも、予想出来ていただろう」

「だから、それも憶測でしかないだろう」

 少しムキになって反論する。

 それこそ肯定している様なものだ。

 確信はなかったが、自分ではない場合に一番の可能性があるのが日高というのは行く前から分かっていた。

 あの状況で、俺宛の手紙をノートに忍ばせるのは、不可能に近い事だと思っていたからだ。

「しかし、これからどうするのだ?」

 こちらの返答を無視しながら、話は進んで行く。

 まるで見透かされた様になり、不快にすら感じる。

「日高から恋愛の話とか、聞いた事がないからな…事前調査から始めるさ」

「けっこう冷静だな」

 そうだ、こういうのは焦っても良い事は無い。

 日高の性格を知っているからこそ、無理矢理くっつけようとするのは逆効果だ。

「こういうのは一歩間違えると、修復するのも大変な事が多いから慎重にもなるさ」

「経験談か?」

「いや、近くにそういうのを好きでしている奴がいるからだよ」

「戸松とか言ったか…」

 戸松は昔から人の面倒を見るのが、趣味みたいな部分があった。

 昔からたいした恋愛もしたことないくせに、一丁前に同学年や後輩の女子から恋愛相談をされていた。

 第三者からの支援など、気休めぐらいが丁度いいのである。

「ああ、あいつは他人の面倒を見るのが好きでな…そういう意味では菅野に近いかもしれない」

 二人の大きな違いは、戸松が世話焼きオバさんなら菅野は頼れるお兄さんと言った所だ。

「でもあと4ヶ月しか無いんだ…」

「分かっているよ」

 投げやりに言葉を投げると、それに反応した様に下の階の電話が鳴る。

 3コールくらいで真帆が対応したようで、小さく声が聞こえる。

「おにいちゃーん、電話だよー」

「分かったー」

 条件反射の様に返事をすると、重い腰を上げて一階に下りる。

「誰だ?」

「女の人だよー」

 真帆の声が、リビングから届く。

 女の人?戸松なら、真帆は『女の人』などとは言わないし、沢城なら『先生』という表現だろう…セールスか?

 階段横の電話の受話器を持ち上げると、少し緊張して保留ボタンを押す。

「もしもし」

「もしもし、長谷部か?」

「か、菅野か?」

 先ほどまでの話題の人物の声が、受話器の向こうから聞こえてきた。

「すまん、クラス名簿で電話番号を調べたんだ…迷惑だったか?」

 彼女にしては珍しく、弱々しい声を出す。

 しかし、そんな気遣いなど現在のリビングで、聞き耳を立てているパパラッチの前では無用の長物である。

「いや、もう時既に遅しって奴だ…」

「本当にごめん」

 気にしていない様な素振りで会話しているが、電話終了後の真帆からの突撃取材を想像すると、今すぐにでも逃げ出したくなっている。

「で、何の用だ?」

「菅野の連絡先って何も知らないからさ」

「そういや、そうだな」

 確かに協力者を買って出たのだが、彼女自身とやり取りをする方法が限られている。

 教室で日高への恋愛相談を受けるわけにもいかない。

「電話番号を教えてくれたら、こちらから鳴らすよ」

「そうか、じゃあ…」

 ポケットに入っていた携帯を取り出すと、そこから自分の電話番号を表示させ声に出して読み上げる。

 最後の番号を読み終えて、すぐに知らない番号から着信が届く。

「これでSIGNサインも出来るな」

 SIGNサインとは、チャット形式で会話出来る無料アプリである。

 携帯電話の番号でお互いのIDを交換出来る仕組みになっていて、アプリ使用の際には必ず電話番号の登録が必須となる。

「世の中は便利になったものだ」

「同じ年齢だろう」

 彼女がくすくすと抑えた様に笑う。

「ついでに、少し聞きたいことがあったんだけど…」

 そうだった、彼女が日高に想いを寄せていると気付いてから疑問を持っていたことがあった。

「いつから、あいつの事好きなんだ?」

 数秒だけ間を置いて、彼女は思い出す様に「うー」と低音で唸る。

 菅野とはずっとクラスが一緒だったが、日高を好きになったターニングポイントがあるだろうと思っていた。

 興味本位ではあったが、恋愛協力者としてはこれくらいの情報開示はしてもらいたい。

「…1年の夏、地区大会の時」

 去年の地区大会ということは、2回戦で敗退した時の話だろう。

 確かに大差を離されていた点数から、途中交代で入った日高のおかげで僅差での敗退まで持っていけた。

 それもあって、日高は試合後にレギュラーメンバーに混ざって練習する様になった。

「もう1年近く片想いってわけか…」

「う、うん…バスケの新人戦にクラスメイトの応援に皆で行った時に見かけて、日高君は凄く生き生きとしていて…」

 恥ずかしそうに彼女は、当時の心情や行動を言葉にしていく。

 それを相槌も打たずに、黙って聞く。

「最初は名前を調べたりして、気になる程度だったんだけど…気付いたら、目で追っていて…ずっと話してみたくて…クラスが一緒になった時は、いつもどうやったら話せる様になるか考えていたんだ」

 彼女なりに一生懸命考えたのだろう…それも何となく伝わってくる。

「…」

「変か?」

「いや、凄く気持ちがわかるなって思って…」

 理由は分かっている。

 誰かを強く想い、近づきたいと願う事は恋の初期症状としては誰もが抱く事だろう。

「長谷部も片思いしているとか?」

「…いや、そんな事はないよ」

 そうだ、理解は出来る。

 でも、今の俺には共感は出来なかった。

「戸松さんの事が好きとか?」

「それはよく言われるが違う」

 即答する。

 周りから見れば異常なほどに仲が良いとは思う。

 しかし、一度たりとも彼女を恋愛対象として見た事が無かった。

「じゃあ、沢城先生とか?」

「は?」

 何故、その名前が出たのか考える為に静止する。

 今、何の話をしていた…?

 恋愛の話ではなかったか?

 そんな事をぐるぐる考えながら、恐る恐る聞き返してみる事にする。

「どうして、沢城の名前が出るんだ?」

「いや、二人は凄く仲がいいから…」

 溜め息が出そうになるのを堪える。

 他人から見ると、男女を感じさせる様なやり取りなんてあっただろうか。

 基本的に、沢城が誰にでも本当は優しくて、俺の様な足を止めてしまった生徒の肩を掴んで歩けるまで傍にいるような、お節介な教師だと言う事を理解はしている。

 だが、それは色恋沙汰の感情とは無縁だった。

「先生には、よく雑用を頼まれるから話すだけだよ」

「そうなのか?」

「それに、俺は恋愛とか苦手なんだよ」

「そうか…」

 沢城についても、自分についても、細かく話す程の事でもないので、敢えて話を変える。

 本当に恋愛の話を他人とするのは苦手だった。

「とりあえず、何かセッティングしてやるよ」

「本当か?」

 急に菅野の声が明るくなる。

 本当に嬉しそうにするところなんか、分かりやすい性格をしている。

「その前に少しは話せる様になっておけよ…菅野と日高が話している所、ほとんど見た事無いぜ」

「う、うん」

 そう思うと、急にテンションが下がった様に低い声で、ハッキリしない返事をする。

「どうした?」

「いや…本人の前だと緊張して、何話したら良いか分からなくって」

 誰とでも隔たり無く話している印象を持っていた彼女が、何故俺らのグループの誰とも接点がなかったのか、その理由がはっきりした。

「そんなのとりあえず共通の話題とか…」

「共通の話題って…?」

 菅野の質問に低い声を出して考え込む。

 思いつくまま提案してみる。

「とりあえず自分が好きな事で良いんじゃないか?」

「自分の好きな事?」

「そうだ、自分が好きじゃない事を話していても、自分だって楽しくないじゃないか」

 特に具体性はなかったが、他人と初めて会話するときは共通の話をして、更に少しでも盛り上がる話題をするだろう。

「なるほど…」

「今度、自分の好きな事で日高の趣味を聞いてくれたら、知っている範囲で答えるよ」

「うん、また考えておくよ」

 電話越しの声がコロコロ表情を変えていく。

 そして、少し小さな声で、「ありがとう」と明るい声が届く。

「長谷部ってさ、本当に良い奴だな」

「他力本願だと協力してやんないからな」

「わ、分かっているよ」

 急に余裕を出した彼女を、揶揄ってみる。

 こちらの一言一句に面白いほどに、感情を表に出しながら話す。

 名前のない感情が、俺の心に込み上げてくるのが分かる。

「それじゃ、そろそろ…」

「ああ」

「また学校で」

「じゃあな」

 ブツっと電話が切れると、少し方針状態になって受話器を置く。


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