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黄昏に君の笑顔を  作者: 神崎葵
3/29

宣告3

「本当に消えやがった」


もちろん、ドアや窓は閉まっている。


ここまで来たら、信じるしか無かった。


例え、これが嘘であっても真実であっても、涼平の体験した事実を無視は出来なかった。


ただ時間の流れの中で、条件を思い返す。


次に言葉を交わす相手、高確率で家族か病院関係者だろう。


ただ、意思や看護師は退院してしまうと接点がなくなってしまうので、涼平は妹あたりを希望していた。


身近で話しやすく、そして自分の事に親身になってくれるという点では最適だった。


しかし、真実を話しても両親であろうと信じてもらえるとは到底思えなかった。


そう思考を巡らせていると、扉からノックの音がする。


涼平は急いで布団を被り、寝たフリをする。


誰かも定かでない人間と挨拶をしてしまえば、その相手が対象になってしまうからだ。


無言でいると、扉が開く音がする。


「失礼します」


目が開けられる、声だけで察すると同年代の女性の声だった。


クラスメイトか、昔の友人だろうか…ただ、戸松の声ではなかった。


「お、寝てるのか」


ベッドの傍まで足跡が近づいてくる、荷物を地面に下ろす音がする。


相手の行動が分からないので、寝返りをうつフリをして見ようとするが、相手のシルエットが見えない。


「じゃあ、荷物だけ置いて帰るかな」


誰か分からないが、涼平は安堵した。


涼平の中で、クラスメイトで対象として適任な女性が思い当たらなかった。


「あ…」


声の主が大きな声をあげると、バランスを崩した様にベッドの涼平の上に倒れ込む。


その際に彼女の肘が、涼平の脇腹を抉る。


「ごふっ!」


凄い声が漏れる。


あまりの衝撃に、涼平は飛び起きる。


「痛いな、何すんだ!」


「ごめん、躓いてしまって」


起き上がり声の主の顔を見ると、クラスメイトの『菅野雪乃』が笑顔で立っていた。


彼女は右手を手刀状にして、謝罪を表現する。


サイドテールアレンジをしたセミロングの髪に、ラフに気崩した制服を見て、学校帰りだろうか。


「お前な…」


「ははは、ごめん」


「あ…」


怒りのボルテージが急降下する。


今、自分がした事に涼平は思考が停止する。


彼女と、『会話』した事に。


「どうしたんだ?」


「いや、少し現状を整理しているんだ」


菅野は、頭を抱える涼平を心配そうに覗き込む。


先ほど、試行錯誤した事が全て無駄に終わった。


よりによって、クラスメイト…しかも、そこまで接点の無い相手である、菅野が対象となってしまったのだ。


しかし、まだ決まったわけではない。


平静を装って、とりあえず現状を確認する。


クラスや学校の用事なら、さっき沢城が来て済ませたはずだった。


「大丈夫か?」


「菅野は、どうして見舞いに?」


「ああ、クラスの代表で様子を見に来たんだ」


そういや、菅野はクラス委員だった。


しかも、見舞なんて面倒な事も平気でやってのけるタイプだった。


涼平の様子を見て、菅野が更に心配そうな表情を浮かべる。


「あまり調子が良くなさそうだけど、やっぱり事故のせいか?」


「いや、ちょっと風邪っぽいだけだ」


「そうか、それなら悪化しないように、もう帰るとするよ」


菅野が鞄を持ち上げて、右手を軽く上げる。


「か、菅野」


勢い余って、また相手を何も考えずに止めてしまった。


確かに、此処で彼女を帰してしまったら、こうやって会話する機会が、次いつ来るか分からない。


やはり彼女も、もちろん反応して歩みを止める。


引き止めて、言葉を失った涼平をじっと大きい瞳に映している。


「あ、クラスの皆は元気か?」


「みんな、長谷部のことを心配していたよ…戸松なんか事故の話を聞いた時は、顔面真っ青だったよ」


「あいつが…意外だな」


咄嗟に会話を投げかけて、成功したようだ。


「そうだろう?」


「戸松も日高も来たがっていたのだけど、クラス委員の私だけが代表で行く話になったんだよ」


「そうか、わざわざありがとう」


「クラスの皆には、長谷部は元気だったと伝えておくよ」


八重歯を覗かせて、荷物を持ち直す素振りをする。


会話が終わってしまう。


「あ…」


「まだ何かあるのか?」


脳内で必死に、言葉を選んで行く。


「いや、菅野って…叶えたい夢とか、思い描いている幸せ像とかあるのか?」


しかし、選んでこれである。


もちろん、彼女は不信感丸出しの顔になる。


「何だ?アンケートか?」


「いや、ちょっと深い意味は無いのだけど」


そりゃそうだ、クラスメイト、しかも普段あまり会話をしない相手に、いきなり夢や幸せとは何か尋ねられたら、誰だって警戒する。


「宗教の勧誘とかだったら、悪いが断るぞ」


「そういうことじゃなくて…」


しかし、理由を話しても信じてもらえるわけが無かった。


いっそう、『死神にあんたを幸せにしたら、生き返らせてやると言われてる』と言えたら良いのに。


「お前、疲れているんじゃないか?」


「そうかもな」


「まだ、本調子じゃないんだろう…今日はもう休め」


肩を落とす涼平に、彼女は溜め息を零す。


「退院したら、続きを聞いてやるよ」


「すまない」


とりあえず誤摩化す様に、ベッドに横になる。


「良いって、これもクラス委員の仕事だからな」


そう言って、彼女は笑顔で、手を振って見せる。


「じゃあ」


「ああ、またな」


パタンと、病室のドアが閉まると、再び静寂に包まれる。


とりあえず、涼平は今起きた事について考える。


それはまさに、菅野と会話した=彼女が対象となった…ということである。


「帰して良かったのか?」


急に隣から声がする。


もう神出鬼没な死神に、驚く気力すらなかった。


「仕方ないだろう、あのままじゃ不審者扱いだ」


モトの発言に驚かなかったのは、自分の今考えている事に当てはまったからだ。


「って事は、やっぱり…」


「そうだ、お前が生き返る為には、菅野と言ったか…彼女が、『幸せを感じて心から笑顔になる』ことだ」


「そうか」


涼平は天井を仰いで、深い溜め息を漏らす。


「どうしたんだ?」


「いや、相手がよりによって菅野とは…」


「可愛い子じゃないか」


「それは関係ないだろ」


確かに、菅野は黙っていれば可愛い部類に入るだろう。


しかし、彼女は「王子」とか「我が校のプリンス」とか呼ばれている、女子からだが。


頼りになって、態度がガサツで男っぽい。


普段話をしない彼でさえ、彼女がよく告白されている噂を耳にする…全て女子からだが。


顔も小さくスタイルも良い、それに化粧していなくても綺麗な顔立ちをしている。


「何か不安でもあるのか?」


「そりゃ、あいつは毎日幸せそうに笑っているからさ」


そうだ、可愛いとかなんて問題じゃない。


そこが重要なのだ。


「そうなのか?」


「これ以上ないってくらい、毎日楽しそうだ。」


もちろん、接点が少ない事も大事だが、彼女は毎日楽しそうに学校生活を送っている。


特に心配事や悩み事もなさそうに、あってもポジティブに進んで行きそうな性格だった。


まるで、もう順風満杯で幸せな様だった。


「…だったら、もうクリアしているんじゃないか?」


「それはない」


「やっぱり」


少し期待したが、案の定予想通りの返事が返ってくる。


続ける様に、モトは小さく言葉を引きずる。


「彼女の様な人間は特に…な」


「どういう意味だ?」


「笑っている人間が、常に楽しいから笑っているわけじゃないってことさ」


曖昧に話すモトは、まるで彼女の秘密や内情を知っている様な口ぶりだった。


心を読む能力でもあるのかと、疑ってしまうくらいだ。


難しい表情を浮かべていたのだろうか、モトは少し笑って口を開く。


「悩みは人それぞれってことだ」


「具体的な話は教えてくれないんだな」


「彼女にもプライバシーがあるだろう」


それだけ菅野の事を分かっていながら、プライバシーとか言い出すのか…と、涼平は言うのを止めた。


最初から言葉を濁す時は、何らかの理由の様なもので暈して言っている。


「それに答えを教えたら、面白くないだろう」


いや、やっぱり単に面倒か嫌がらせなのかも知れない。


涼平は、馬鹿らしくなって布団を被る。


「どうした?」


「寝るんだよ」


本当に疲れていた。


死神に死んだという事実を投げつけられ、あまり仲の良くないクラスメイトを幸せにしないと死んでしまうという、無理難題を投げかけられているのである。


こんな無茶苦茶な話を冷静に理解しようとしているだけ、マシなんだろう。


「ふて寝か…」


「ここでこうやっていても、話はまとまらないし…とりあえず、退院するまでに考えるよ」


ポツリと呟くモトを背にして、少し苛ついた口調で返す。


現状に冷静になる時間が必要だった。


現実逃避を行う時、人は


登校すれば、菅野と顔を合わせられる。


それまでに、ゆっくり対策を練る事にした。

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