その組織、強敵に付き注意!
「異世界で手に入れたスキルは、基本――この世界ではHITAGIによりロックされて、使用できないことはみなも知っていると思う。どうしてそんなことが必要なのか・・・分かる人いるかな」
「はい!悪いことに使わないためです!」
異世界やそれに属する知識は一般的に知ることができない。選択教科として、特異科目という授業が小学校から学べるシステムができつつある現在。
「その通りです。では、スキルの特性を覚える前に属性と名前を覚えていきましょう。属性とは何ですか?」
「属性は、身体強化・攻撃補助魔法・召喚・空間―――障壁防御です!」
しかし、その授業を受けられる人もHITAGIの特別な審査を通過した人だけで、そのため日本への留学生の数は上昇の傾向にある。
「正解ですが。厳密には、それぞれ系等として区別されるので身体強化系――というような言い方をしますが、さらに大きくサポートスキルと攻撃スキルの二種類に分けられます。次に名前、呼び方もしくは俗称を誰か―――」
「はい!身体強化系がスピード・パワーで攻撃補助魔法がアタック・プラスαで召喚がコール・サモン、空間がエリア・フィールドで障壁防御はバリア・カーテンです」
その留学生もHITAGIの資本半分を賄うドイツからの人を優先されることが多く、それでも審査ありきで比較的平等に決められる。
「そうですね。ですがこれは常にそうであるとは限りません。人によって呼び方が変わることもありますから、中二病的名称もあると最近では話題になっています。ここはテストには含みませんが、覚えておいて損はないでしょう」
にゃーは、ミャル族のリダーといいますにゃ。この物語は、にゃーとヒョル族の戦士――ショウゴ様が悪党に捕まった人たちを助け出す話を描いてますにゃ。
鉄筋の外部からは窺えなかった内部は、かなり現世界の物が目に付きそれらが明らかに違法物で異世界への持ち出し禁止指定にされている物ばかりだった。騒ぎにならないよう気絶させた兵を隠して、気付かれるのは時間の問題であり素早く行動に移す。
建物の入り口は音声・画像認証とDNA認証が必要な扉があったが、丁度その扉に入ろうとする《ブルモス》の構成員の後から忍び込むことに成功し、多くの監視カメラをかいくぐるためダクトに潜入して、着いたのは電気が点いていないためよくは見えないがかなり大きな倉庫だった。
薬物や薬品を精製するための器具や機械、なかでも一番厄介な物の前で彼――神海翔冴は足を止めていた。それは、粒子ハイドロカノンという現世界には必要性のない惑星破壊兵器――らしい。
実際に惑星を破壊したことはないので、そのくらいのことができるという意味合いでそう呼ばれているだけなのだが。
大きさは新幹線の一車両ほどあるそれの横を、こそこそと潜伏している彼の後ろにはこの異世界のミャル族の今年で十八になるメス、名前はリダーが忍び足で付いてきている。
その時の彼は、彼女がこれらを見て何を思っているのか少し興味もあっただろう。しかし、最優先はここに捕らわれている人たちの救出で、そのなかには、現世界からこの異世界へと一緒に来た幸平栞と倉町アゲハもいる。
だが何故、《ブルモス》はこの異世界の猫科獣人、それもメスだけを狙って捕らえるのだろうか?――そんなことを彼が思考していると、後ろから強く服を捉まれ振り向くとリダーが何かを指差していた。
視線を向けた先に鉄の格子があり、中に人影が薄っすら見える。スキルを使用してない彼の目ではそれが限界だったが、どうやらミャル族は夜目が利くらしい。
「これは驚いた。リダーよく気付きましたね。こう暗いとあまり見えなくて・・・」
すると、キョトンとした表情でリダーは彼に言った。
「ヒョル族はミャル族よりも目はいいじゃないですかにゃ?これくらいの暗さなら全然見えるのが普通ですにゃ」
しまった――と、表情には出さないながらも彼は少し慌てて瞬時に言い訳を考える。もちろん、彼が慌てる理由はリダーという異世界人に異世界人だと気付かれてはいけない為で、さらに言うとそれに対するペナルティーはライセンス停止である。
そこはかとなくそれらしい言い訳を思いついた彼は、屈んだまま彼女に耳打ちする。
「昔、少々目に病気を患って、治療したのですが完治にはいたらなかったのです。それから夜目が見づらいのですよ」
そこそこ納得のできる話ではあるが、彼はこれで何とかこの場は通したいと心から思った。そんな彼の考えは彼女の『そうですかにゃ』の一言であっさり信じてもらえた様子だったが、そのあまりの素直さになぜか悪いことをしたという気分になった。
鉄の格子はその部屋の入り口から一番近くにあり五メートルほどのところに隠れながら近づくと、ようやく彼の目にもそれがはっきりと見えたがその瞬間に胸の中がザワっとした後、自然に『酷いな・・・これは・・・・』と声がこぼれた。
そこには十数人が足を伸ばすこともできないほどすし詰めで、全員が身に纏うものが下着かそれすらもない状態で蓋付きバケツに毛布が数枚置いてあるだけ。人間じゃなくても到底許されない光景に、彼の後ろにいたリダーも絶句しているようだ。
さらに近づこうとしたとき、機械音とともに入り口がシューと上にスライドして人影が二人入ってきた。気配を殺して彼とリダーはその様子を窺う。
「食事の時間だ。後で今日捕らえた者が加わるからそのつもりで残しとけよ」
ドサッと格子の前に置かれたバケツから取り出されたのは、栄養が取れるゼリー飲料らしくそれを次々に放り入れている。その間にもう一人が格子の戸を開け、蓋付きバケツを取り出し蓋を開けて臭いを嗅いでいた。
「おい!嗅ぐなよ!気持ち悪い!」
「えーいいじゃないっすか、これネコタンのですよ。先輩もどうですか?」
「興味ねーよ。スカってんなよデブ眼鏡」
どうやらあのバケツはトイレで中には排泄物が入っているようだ。彼は込み上げる感情を抑えつけようとするのに必死で気配を完全に消せていないが、幸いにも二人は気が付かなかった。
「スカって呼ばないでください!先輩だってこの間ハイキャットを部屋で調教してたじゃないっすか」
「調教じゃねーよ。鳴かせてたんだよヒーヒーな。お前と一緒にすんなデブ眼鏡」
二人組みが出て行き入り口が機械音とともに閉まる――と、同時にズゴ!!という音が響いた。その音は彼が床に抑えきれない怒りを刻んだ音で、後ろにいたリダーは驚いて腰を落としていた。
「すみません・・・取り乱してしまいました」
コクリと頷いたリダーに小声で『これからどうしますにゃ?』と聴かれると、彼は徐に立ち上がると格子に向かって歩き出した。不意に近づいた彼を格子の中の獣人たちは凝視して、その中の一人が小さい声で『アナタは・・・誰ですかにゃ?』と問いかけた。
彼は答えることなく鉄の格子を両手で掴むと、キキキィィイ!!と音を立てて鉄が歪み、溶接された部分が引き千切れて横に縦に穴を広げ、人が通れるほどにすると一言だけはっきりと言った。
「あなた達を助けに来ました」
差し伸べられた手を次々と手が掴み一人また一人と格子の外へ。その時に『ありがとうにゃ』『感謝しますにゃ。ヒョル族の戦士様』と彼に声をかけて行く。
声を出せないほど泣いて感謝する獣人の頭を撫でながら彼は、決して《ブルモス》を許しはしないと誓った。
数は数えていないが人数的に、脱出には目立って仕方がないのは彼も分かっている。思考した結果、彼は仕方なくスキルを使用して全員で逃がすことにした。
スキルで逃がすには、できるだけ彼女たちに怪しまれない程度のウソを付かなくてはならない。
「これから皆さんをヒョル族の戦士に伝わる秘術で外へと送ります。手を繋ぎ合って目を閉じてください」
促されるままに手を繋ぎあう獣人たち、後ろに控えたリダーが見た光景は驚くというより、理解さえもできなかったのだろうあまりの出来事に固まってしまった。
手を繋いだ彼女らと彼が瞬きもせぬ間に消えてしまう。『にゃ?!にゃ?!』とリダーが慌てていると、すぐに彼が現れてさらに声を上げて驚く彼女に言葉をかける。
「これで安心です。彼女たちは信用にたる人に預けました。リダーにも彼女たちと安全なところにいて欲しかったんですが・・・もう少し私に手を貸していただけませんか?」
彼は深々と頭を下げてリダーに言うと彼女は両手と首を素早く左右に振る。
「頭なんて下げなくてもいいですにゃ!にゃーはエルルネを助けるまで戦士様にお供しますにゃ」
リダーの一言で彼は少し強張った顔を緩めたが、すぐにまた引き締めゆっくり入り口に近づき何かを探すように手探る。すると、シューッと入り口が開く一歩出ると側面にある等間隔の蛍光灯が少し目に明るすぎる光量を注ぎ込むが、すぐに視界ははっきりと見えるようになる。
後ろで眩しそうにする猫科獣人であるリダーを見ながら、次にとる行動を思考した――
先に捕らわれていた人は救出できました・・・次は、《ブルモス》の構成員の言っていた今日捕らわれた人。つまりリダーの妹と先輩たちは別の場所にいるはず――ここからは迅速に動かなければ・・・。
「リダーこれからアナタに一つ協力して欲しいことがあります。アナタに妹を強く思って欲しいのです。そうすれば私の秘術で居場所が分かります」
「エルルネのことを考えればいいんですかにゃ?」
「あと、胸の辺りに私の両手を触れさせないといけませんが・・・かまいませんか?」
「にゃ?!にゃ!にゃにゃ!別にかまわないですにゃ」
秘術とはつまりスキルであり、そのスキルの効果は他者の望む物を捜し求めるというもので名前は―――
「欲せ!さすれば与えられん!ロスアクリプト!」
【ロスアクリプト】は、彼が【勇者】の称号を手に入れる前に救済した異世界で覚えたスキルで、その異世界ではアクリプト(術式)が使われていた。
サンファティーという術士が弐重指揮秘術式を用いて術を発動させるため、本来は二人で行うものであるが彼の実力を持ってすれば一人でも問題なく扱える。
リダーの胸にある手から唱えた途端に淡く光を発してすぐに消える。
「居所を確認しました。これで直に―――?」
手を離そうとすると、彼女の手が彼の手を自らの胸に押し付けて目は虚ろ、頬はほんのり赤く染まる。突然の出来事に彼は困惑して『リダーさん?!』と声を上げた。
「ショウゴ様・・・リダーは・・・リダーは―――。アナタのことをお慕いしていますにゃ」
自らの股の間に彼の腕を挟むように抱き付きDカップの胸が張り付くと、さらに彼の耳たぶをハムハムし始めた。
それは間違いなくあの症状だった。称号【魔王】の永続的に放つ能力で強制発動している《親しい異性を魅了する力》【魅了】――それが彼女、猫科獣人のリダーに影響を及ぼしている。
大きな誤算でした。まさか、“親しい人”っていうのが間違いで、もっと何か別の条件があるのでしょう・・・。彼女が魅了されたということは、つまりはリダーも私と離れている時間が長いほど死んでしまうかもしれない――ということ。
異世界人に会うことはできてもスキルがリダーにも影響を与えてしまう。その時彼女がどうなってしまうのか検討もつかない。
「もしかすると・・・スキルが影響している。もしくは引きがねになって――」
すぐさま【魔王】の能力を思考し始めるが、その施設の警報が鳴り響くと彼の本来するべきことを思い出す。
今は、先に優先するべきことがある。それは、《ブルモス》に捕らわれた人を助け出すこと。
「すみませんリダー、アナタのこと今は後回しにさせていただきます」
「にゃ?」
フワリとリダーを抱えると彼は現れる《ブルモス》構成員を蹴り飛ばしながら先を急いだ。
警報が響く中、【ロスアクリプト】で得た情報から施設の三階を目指し走る。敵である《ブルモス》の兵装は軍隊レベルの銃火器で、私のサポートスキルで強化された身体機能なら問題なく倒せるレベルだが、一つ気がかりなことがあるとすれば“どこの組織か”ということで・・・。
日本政府か中華か米国かそもそも国ではなく、私たちとは異なる世界の勢力か・・・・。異なる世界と言っても、HITAGI以外の機関が発見した異世界を攻略しえた勢力ということで、別の異世界からの侵略者と言う意味ではない。
耳元に纏わりつくこの違和感は、リダーがアマガミしている所為なのですが――それもすべて【魔王】と言う称号の与えた影響で、また一人毒牙にかけてしかもそれが異世界人・・・。
建物の階段を駆け上がると“3”という数字が目に入り、そういったセキュリティーレベルの低い所は自動ドアになっていて、前に立っただけで機械音とともにドアが開く。
三階の廊下を進むと左右に強化ガラスがあり中が窺え、試験管や拘束器具、分娩室らしき部屋もあり――なかでも目を引いたのが人間と獣人を比べた解剖図。やはりというか、そうとしか思えなかった・・・つまり、人間の内臓を獣人の内臓で補う為のそれだ。
メスの若い獣人を集める理由は、適合しなかった場合に別の買取手がつきやすいためだろう。
臓器売買のバイヤーが《ブルモス》の正体であり、さらに人身売買もその過程で行われていると見て間違いないだろう。ここまで分かればようやくどの国か分かるようになる、がそれはさて置き――。
目的の場所に着くと他とは違う機密性の高い構造で入り口には“ラボA-1”と書いてある。この中に、今日――《ブルモス》に捕らわれた獣人とリダーの妹であるエルルネ、さらに栞先輩とアゲハ先輩がいる・・・はず。
拳を振りかざし殴るふりをしてから、サポートスキル【アレスの鉄拳】の効果で無機物を砕く衝撃波が入り口にぶつかり大きい穴を穿った。
いざ中に突入するとそこには検査用のCTやMRI、左手の机に献血済みの注射器にいくつかのカルテやレントゲン写真に点滴用の器具と・・・ドクターとナースマンが二人、気を失った獣人を抱えている。こちらを見て『何者だ!貴様ら!!』『なにやってるんだ警備の馬鹿どもは?!』と騒ぎ出すが、その声よりさらに大きい声でリダーが叫んだ。
「エルルネ?!悪者ーエルルネから手を放せにゃ!!」
抱えられている獣人こそリダーの妹らしいが、数人の獣人がいるだけで栞先輩とアゲハ先輩の姿はなかった。
ナースマン二人に手刀を浴びせて気絶させると、倒れかけたエルルネをリダーが支え『エルルネ無事でよかったにゃ』と泣きながら笑っていた。私はドクターに詰め寄ると必要な情報を得ようと質問を投げつけた。
「アナタがここの責任者ですか?」
「ち、違う!私は雇われの身だ。ここの責任者は“ブルーマウス”の“フェイ”という男だ。私も断れない状況だったんだ、どうか命だけは・・・」
意外とすぐに重要な情報を話してくれた。さらに探ろうとしたときに『ぎゃぁああ!!』という声とともに男の腹から尖った刃が飛び出した。
口から血を出しもがきながら宙に体が浮いていく男を、私が目の前にいながらむざむざ口封じをさせてしまった。
異能と思われる攻撃は多分スキルの類だろうが、それよりも気配が全く感じられなかった事から敵は――相当のやり手。
「いけないな・・・・・ドクター、誰に断って話しているんだ?」
高いだが深みのある男の声がするが姿は見えないし、気配さえもつかめないため私も下手に動けなかった。
リダーとその妹エルルネの前に、壁になるように立つとその姿無き男に皮肉を込めて言葉を転がした。
「かくれんぼが好きなだけか・・・臆病なのか知りませんが、いったい何者ですか?アナタは――」
返事やその他の返しは一切無く、やはりプロの殺し屋に間違いないだろうがよもや【殺し屋】の称号を持っているとしたら、私とここで戦闘になるかもしれない。
ですが、今は彼をどう認識するか―――
「《ブルモス》とは、“ブルーマウス”の間違いですね“フェイ”さん・・・。“ブルーマウス”とは確か中華連邦の機密機関も同じ組織名があったはず、しかも“フェイ”という通り名はそちらの方面では有名な名前ですね。次元の支配者“フェイ”――」
その名前を言ったとたん右手側に鋭い殺気が、左に体を引くが右手のリングがピシッと割れる。
そのリングはこの異世界で現世界人と分かりやすいために着けている、と同時にこの異世界の獣人に化けるための物でもあったのだが、それが割れたということは即ち。
神海翔冴の獣人としての顔が歪み、本当の彼の顔が姿を現しそして姿無き男がほんの少しだが声を落として話し出す。
「同じ世界の人間には見えないが・・・それが噂に聞く聖人というやつか。まったく・・・」
空間に歪が生じると、左目だけがくり貫かれた仮面を着けた男が現れる。顔だけ出した男は、少し黙り込んだ後ため息一つ吐いて再び歪を閉じる。
「面倒なのは嫌いなんだが・・・あえて言うぞ我々は《ブルーマウス》そして我はフェイ・フォン、貴様とはまたいずれ会うこともあるだろう“神海翔冴”」
彼の名前を男は呼びそして消えた。察するに《ブルモス》とは異世界人の聞き間違いで《ブルーマウス》と言うのが正しく、間違いなく中華連邦の傘下の組織だろう。
「読まれてしまいましたか。ブルーマウスのフェイ・フォン――侮れません」
スキルでどれだけの情報が“見られた”かは分からないが、彼の名前を口にしたあの男にはある程度の情報が盗み見られたのだろう。
相当高いランクの情報収集能力をその目に宿していたことは、フェイ・フォンと名乗った男の強さがそれだけ強かったということになるが、今はこの状況をどうするかということにつきる。
驚きのあまり声も出せないでいるリダーにどう言い訳したものか、そう彼は悩んでいたが思い切ってハッタリを言ってみせた。
「リダー、どうやら私はあの仮面の男に呪いをかけられてしまいました。私の醜い顔をあまり見ないようにしてください、でないとアナタの目まで侵されてしまう」
これを現世界の人間は信じはしないだろう、だが、ここは異世界で不思議なことがあったとしても呪いや災いと言った類で言いくるめられる。
自ら顔を覆い隠すようにして、後はリダーの『そうですかにゃ』の一言で問題解決――。
「そんなこと無いですにゃ!例え顔が醜くなってもショウゴ様を、ショウゴ様を!お慕いしていますにゃ」
そう言うと彼の顔を覗きこむようにして左手で隠せていない所をペロペロと舐め始めた。あまりに突然の出来事で困惑している彼の左手を彼女は退けて、口元へキスをしたあとギュッと体を締め付けるほどに抱きつく。
「にゃーは気にしないのですにゃ、呪われてもいいですのにゃ、ショウゴ様にこの身を捧げることにしていますにゃ」
予想を超えた行動に、ただただはぐらかすことを考えていた彼は、もう後戻りできないだろうと思考の行き止まりに到った。
「リダー、実は呪いとはアナタを騙す嘘です。私は、私の名前は神海翔冴。この世界の人間ではありません・・・他の世界からこの世界に来たあなた達とは異なる存在です。いつかはあなた達と普通に交流することになったでしょう、しかしそれは今ではなくもう少しあなたたちの文明が進んでから――そのはずでした」
胸元でキョトンとしているリダーに真実を明かすと言うことは、HITAGIのルールを破ることになってしまうが、それよりも優先すべきことが今の彼にはあったのだ。
これで間違いなく厳罰(ライセンス停止)も免れない、そう確信しながらリダーのリアクションを待つ彼だったが、『そうですかにゃ』と言って溢れてしまった涙を拭うと彼女は微笑みの顔を浮かべて今度は安堵した。
「呪いが無くてよかったですにゃ。本当によかったですにゃ」
それから、スキル【無限の戦域】で気絶させた《ブルーマウス》の構成員を手配しておいたHITAGIの警備―通称【ガード】に任せると、ルメイナスの最初の町の近くで小さな村を作って現地人に変化して住んでいた現地スタッフ――HITAGI社員に先に預けた被害者と一緒にリダーの妹エルルネを預け、再びリダーと合流してから残りの被害者と一部構成員を助けたり捕らえたりしながら、未だ見つからない栞先輩とアゲハ先輩を探す。
建物のすべてを探したが二人は見つからなかった。しかし、気が付いたリダーの妹エルルネを最初の町へと送った時でした。
「あれ?翔冴!どこに行ってたのよ!探したんだから」
「幸平先輩?!どうしてここに?」
何のことはない彼女たちは捕らわれていなかったし、そもそも探す必要すらなかったなぜなら買い物に夢中になっていただけなのだから。
つまり私の心配をよそに買い物を満喫していた・・・ということらしい、それはそれでかまわないのですが。取りあえず無事でよかったの一言で、後は《ブルーマウス》のことを報告した時に私の今回の件に対する処罰を窺ったが、非常事態のため無罪放免となったことは私にとって幸いでした。
この事件にはもう一つ問題があり、無論リダーのことですが。彼女が私の【魔王】の能力に罹ってしまっていることを報告したら、『こちらで再度検討する』と返ってきて数分後その返答は、かなり個人的な意見をゴリ押しした人がいて彼女を私たちの世界に連れて帰ることになった。
間違いなく私の叔母である神海風子の一存であり、これでハッキリしたことが一つある・・・それは異世界の物は現世界に持ち帰ることができるということ、HITAGIのいう《最大資源量の上限》なんてものはなく、異世界に資源を持ち込めるしその逆もまた然りであると言える。
私にまで秘密にしていたと言うことは、この情報が漏れないようにかなり少数の人間しか知らないはずだ。それでも《ブルーマウス》のような存在がそれに気付ける可能性があるとすれば、それはHITAGIとは違う方法で異世界へと行きその時に資源を持ち込み、さらに持ち帰ることで確認することができるのである。
一般的に知られている異世界から持ち帰れる物が技術や経験と植物の種だけ、と言うのはそれ自体が方便で、危ない思想から異世界を守る為には必要な処置であったのだろう。
リダーのことをその場にいた栞先輩とアゲハ先輩、沙千とレイに説明してどうにか納得してもらえたが、彼女の妹のエルルネと両親に説明する時に『こんな娘ですが』『お姉ちゃんをよろしくお願いしますにゃ』と、少々勘違いをしたらしくまるで嫁婿に対する物言いで私にそう言った。
いくつかの疑問もあっただろう、『そうですか』とアッサリ受け入れられたのは、ここの異世界人のいいところでもあり同時に危ういところでもある。
そういう異世界人たちを護る為にもこの情報は秘密にすべきだ。ふと疑問が浮かぶ――私たちの世界はどうしてどの異世界よりここまで優位になりたっているのか?・・・。いずれ、私たちよりも進んだ科学やそれに順ずるものを得た異世界がこちらに干渉―――。
いいやそれはない、それはありえないことだと私は知っているし誰より理解している。なぜなら私は“神生り”、神をこの身に内包している【聖人】なのだから――。
息抜きのための旅行が逆に疲労感を上乗せするだけ、・・・それなりにいい出会いもあったのでイーブンってことになるかもしれませんが。
「全然・・・イーブンじゃありませんでした・・・」
「なんのこと、ですか?翔冴お兄ちゃん」
朝食の後の紅茶をテーブルに置くと彼の隣に座る秋月レイ。
「いいえ、こちらの話です」
この日の彼の朝食は、神海沙千と秋月レイ――作の洋食、幸平栞と倉町アゲハ――作の中華、神海美麗――作の和食、リーゼ・ハルカ・クリスティン・ローエンシュタイン――作のドイツ料理、さらにリダーのルメイナス料理を平らげた。
特に初めて彼に朝食を作ったリダーは、『作りすぎてしまいましたにゃ』とかなりの量を作ったため彼の胃袋は限界でウルガヌスの双子がこの場にいないことが不幸中の幸いである。
ルメイナスでの出来事は彼にとって敵が増えただけではない。HITAGIとは別の――【COG:コーグ】【CORS:コーズ】以外の異世界へと行く方法を中華連邦、あるいは《ブルーマウス》が開発している事実。
さらに粒子ハイドロカノン=惑星破壊兵器(仮)や今回逃した《ブルーマウス》の構成員のことをとっても、今後彼らと衝突することは明白であのフェイ・フォンと名乗った仮面の男とも何らかの形で決着をつける必要があるだろう。
後は彼の【魔王】についてだが、もっと何か別の―――――――
それに関しては今はまだ未知であるところが大半を占めている、ゆえに極論の域を脱することができないのが現状であると言えるだろう。
それでも、彼は、思考することをやめない。
つづく