その異世界、ネコ獣人に付き注意!
「どうします?彼の称号に関して何かしら対処しないといけないでしょう――」
「対処?・・・対処ねー。どうしよーかなーどうしようかーなー。むむむ?!――フッフッフゥ、いいこと思いついちゃった」
いつもの空間グラフィックではなく、実際に会議室の椅子でクルクルと回っているいるはピンクの白衣を着た神海風子。
「【魔王】のことは魔王に聞けばいいのだよーワトソン君。」
「魔王・・・なるほど!特Aのアレですか?確かに魔王のことならアレで調べるのが一番ですが・・・」
風子の助手はデータ資料を取り出して、空間グラフィックに映しその資料を見ながら頷く。
「特A異世界C99-0325。この異世界に存在する現地民はすべてが魔王の名を持っていて、情報屋から得た情報では【魔王】の称号を得るための学校があるとか。その為ゲートを封印していたですよね博士」
「そうそうって!ふー子ちゃんって呼んでよね!――とにかーく、まずはこの異世界で魔王について調べるのが一番だと思う訳よーワトソン君!」
助手はワトソン君と呼ばれふと疑問を浮かべる。そして、助手は風子を疑いの目で見ながら聞く。
「もしかして、僕の名前覚えてないんじゃ――」
新居に住み始めて一週間ほど経過し、神海翔冴もSG(翔冴ガールズ)との暮らしに慣れてもいい頃合いだ。
しかし、実際のところ彼の表情を見ると疲れが限界を迎えているようだ。
その原因は、生活全般に及ぶものだろうが、最も一番の問題は食事だ。
「っちょ!邪魔しないでよ。アゲハ、ニンジンある?」
「ニンジン?ありますよ。使うなら私が切りますね」
幸平栞と倉町アゲハが台所で和え物を作っているようだ。
昼食の支度をしているのは二人だけではないく、いそいそとしている別の二人の姿もある。
「邪魔なのはあなたのほうよ!レイ!卵取って」
「はい、沙っちゃん」
スクランブルエッグを作っているのは神海沙千と秋月レイなのだが、すでにテーブルには朝食らしき物が並べられている。
和食、洋食、異世界特有の朝食があるがそれぞれ作ったグループがある。言わずとも分かるだろうが、洋食が沙千とレイのペア。
和食が栞とアゲハのペアで、異世界特有の朝食が――。
「楓子―――《グレウダの触手》が欲しいの」
「分かったわ桜子。収納ハットにストックがあったと思うの」
ギザギザ歯が特徴的な口がついた魔法帽に右手を突っ込み、ゲロゲロと取り出したものは異世界生物の触手らしき物だった。
ウルガヌスの双子と呼ばれる早乙女桜子と早乙女楓子。
どうやら、彼の現状を悩ませているのは食事の量と一部グロテスクな物の所為であることは間違いないだろう。
「あの、皆さん。私の朝食は結構ですので、自身の朝食を作ってはどうですか?」
彼のその言葉に『大丈夫、もう食べたから』と口を揃える。
毎日がこの調子な為、彼はため息を吐くと肩を落とす。
この日は幸いにも、リーゼ・ハルカ・クリスティン・ローエンシュタインがアルバイトで異世界へと出かけ、長谷部冬子は仕事で学校に、神海美麗と天王寺美咲は大学へ行っているので少ない朝食ですんでいる。
「《グレノコヌスの脳汁》を使うとコクが増すと思うの桜子」
「それはいいアイディアなの楓子」
もうこれ以上、内容物について知りたくはない彼は意識を他に向けようと、テーブルを数回タップしてクラウドネットワークを空間グラフィックで展開させてニュースを見始める。
「『シャトルエレベーターの改装作業開始』、『異世界移住者の生活支援』、『日米共同月面基地完成!――中露韓共同月面基地に手抜き発覚。建設に遅れ生じる』―――世界各国は宇宙進出に四苦八苦していますね」
異世界門【COG:コーグ】が発見されてから止まっていた宇宙進出も、OパーツとOスキルの獲得で難しくないものとなった。他国の何倍も異世界の恩恵を受けている日本が他国より進んでいてもおかしくないが、ドイツ(一部EU)とともに異世界の開拓を進めている為にある意味遅れている。
日本は異世界開拓に関しては進んでいるが、HITAGIの情報秘匿で実際には政府が恩恵を得ている部分は少なく、異世界の技術の恩恵で独自宇宙進出を掲げた日本だったが今だに米国と二人三脚という状況である。
日本以外の他国もそれと同等の恩恵しか得ていない為に、各国で手を組み宇宙開発に取り組んでいる。
なぜ、今これほどに宇宙進出に熱を注いでいるのかというと、異世界の発見で資源には事欠かないと思われていた。しかし、HITAGIの研究調査でこの世界の最大資源量には上限が決められていて、それを超えるものは異世界からは持ち込めないということが発覚した。
ゆえに、この世界の資源の獲得の為に今宇宙を目指しているのである。
「そういえば、宇宙空間でも私は活動できるのでしょうか・・・」
不意にそんな疑問を持った彼の目の前に『できた!』のかけ声で料理が置かれると、目の前に展開していた空間グラフィックが消え去った。
その中の一つが異様なオーラを発している。無論、ウルガヌスの双子が作ったものであるが。
彼はゴクリと生唾を飲んだが、それが食欲をそそられたからでないことは、表情から読み取れる。
「どうしたの翔にぃ、食べないの?」
「お兄ちゃん?」
沙千とレイが彼の顔を覗く。
食べないわけではない。もちろん食べますとも――。
「なーにしてるの翔冴、早く食べてよ」
「しーちゃん!そんなに急かさなくても」
彼の口元に箸を持っていくのを止めようとするアゲハだが、それでも強引に栞はおかずを摘んだ箸を口元に持っていく。
ですが、この量を朝から・・・。正直無理です。
「どうしたマスター?まだ一口も食べてないの」
「桜子ボクたちで食べさせるのー」
強引に彼の口に異世界の食材で作った朝食を入れるウルガヌスの双子、桜子と楓子。
!!―――触手!!――脳汁?!!――――!――・・・――。
その後、彼の記憶は数分間消失してしまう。次に彼が気付いたときには朝食を終えていて、キッチンでは後片付けがまた賑やかに行われていた。
彼は頭を左右に振るとため息を吐く。そして、グニャグニャのデロデロのグログロが脳裏に浮かび『ハッ!』とする。
「大丈夫?翔冴お兄ちゃん」
その様子を見て心配したレイは、テーブルに紅茶を置くとソファーに腰掛けると右隣の彼にやさしく声をかける。
「あ!ええ、心配しないでください。レイこそ、アレから良に会ったとか――」
彼の言う良とは、この世界で最初の【勇者】の称号を得た大家良のことであるが、その問いに秋月レイは小さくうなずくと、その時の様子を淡々と話し出す。
「大家くんと、面会したよ。どこの異世界に送られるかは、分からないけど、見送るだけでもと思って」
紅茶の香りを味わってからそれ口にするとフゥーと一息吐き、彼は【魔王】の及ぼす力がレイにどのような影響を与えているのかを探るべく質問する。
「レイと良は付き合っていたんですよね?良と離れるの寂しくないですか?」
「私が、大家くんと?う~ん、それはなかった・・・かな。私と彼の関係は、勇者と巫女、ってだけだよ。その関係が、最初の異世界、リーベンスから戻った後も、続いてただけです」
彼女が言う【勇者】と【巫女】の関係とは、リーベンスでの【勇者】である大家良には対になる存在として、【巫女】の治癒士秋月レイがお供をしていた。
所謂、物語の主人公とヒロインといったようなものだと思ってもらえれば違いはないだろう。恋人に発展する可能性の高い組み合わせであることは間違いない。
しかし、彼女にとってはそれだけの存在だったと言い切る。彼にはそれが本当なのか、【魔王】の永続的に放つ《親しい異性を魅了する力》の所為なのか図りかねている様子だった。
「もし、勇者が翔冴お兄ちゃんだったら、そういうことにも、――なったかもだけど。リーベンスの最初の町トレドリアで、称号の存在を知って、占い師に見てもらった時、お兄ちゃんには称号が何もなかったって、聞いたときはビックリしたなー」
そのことに関して彼は、彼女を含めてSG全員に話していないことがある。それは、占い師に称号を聞いたとき『この世界の勇者に、なれるだけの資質を備えているが、きっとお主はそうはならんだろう』と言われたことを。
彼は“勇者にはなれなかった”のではなく、“勇者にはならなかった”のだ。当時の彼は、かなり周囲に気を使って生きていたからなのだが―――。
「私は私、良は良、レイはレイです。人は他人にはなれない、できるのは真似る位です」
大家良がリーベンスの魔王と戦うと決めたときも、彼は自分の意見を言えずにそれを止められなかった。彼が止めていれば誰も傷つかない道もあった。そう思い出している彼を見たレイは――。
「《世界が終わり、さらにもう一度終わったら、その後には、はじまりしか残っていないのだから。》・・・過去を振り返っても、何も取り戻せない。今を大切にすることが、一番だよ」
レイの言葉は何処か台詞めいていて、彼は何かに気付いたように彼女を見ると――。
「《世界の終わりの終わり》の主人公の台詞ですね。読んだんですか?」
「うん。翔冴お兄ちゃんと、もっとお話したくて、読み始めたんだけど、すぐに夢中になっちゃって。小説ってお兄ちゃんの言った通り、自分の世界を広げてくれたよ」
彼はレイの様子を、昔と比べて明るくなったことに気が付いていた。昔の彼女は内気でオドオドして、彼の妹――沙千の後ろに隠れて、遊ぶ時も『沙っちゃんと一緒のにする』と口癖のように言っていた。
彼女の頭を撫でながら『ですね』と答える。
「昔はレイも話すのが苦手だったのに、今じゃこんなに丁寧に言葉を選んで話せるようになってますしね」
彼女のハニカム顔を見て彼の表情も明るくなる。
そんな、二人の世界をキッチンから遠めで見ていたウルガヌスの双子が、『レイちゃんかなりマスターと親密なの』と桜子『ボクたちもマスターと親密になるの』と楓子。
「豪くレイと仲がいいじゃない翔にぃ。やっぱり胸が小さい子が好きなのかな?――で、何の話してたの?二人だけの空間なんて、許さないんだから」
ソファーの後ろから顔を出した沙千は、ムスッとした表情でそう言った。
彼の首に両手が巻きつくと、頭に大きい二つのやわらかいものが乗っかる。
顔を少し赤らめながらも平常心で流して会話を続ける彼は、『はははっ』と言って。
「昔話ですよ。リーベンスの占い師の話をしていました。それと良の話を――」
良の名前を聞いてばつの悪そうな顔をしながら、沙千は『なんだ、良くんの話か』と興味なさげに言った。
彼女もRD事件ではリーベンスへと飛ばされた一人だが、あまり良い思い出がないのだろうか、早々に話題を変えようとする。
「そんなことより今日何処か――」
「良って誰のこと?聞いたことないけど翔冴の友達なの?」
興味津々で会話を続けようと、沙千の言葉に割って入った栞が、レイと挟む形で彼の隣に座り腕につかまる。
嫌そうな顔をする沙千が『そんなことより!』ともう一度話題を変えようとする。が、今度は正面のソファーに座ったアゲハが『私も気になります』と続く。
二人はRD事件に関しては部外者だ。それに関することは特秘事項なので彼や沙千とレイ、ウルガヌスの双子が被害者とは知らない。
彼は苦笑交じりで了解すると、『話せるところだけ話します』と前置きして、会話を切り出した。
まず、彼らの話す良がこの世界で初めて【勇者】の称号を得た大家良だということを伝えると、二人は――幸平栞と倉町アゲハは驚きの声を上げた。さらに、彼に神海沙千と秋月レイ、ウルガヌスの双子もRD事件の被害者であることを話し、当時のことを話せる部分を言い、隠しておかなくてはならないことは言わなかった。
「まさか、翔冴さんたちがあの有名な大家良くんと知り合いだったなんて。しかも、RDの被害者だったなんてアゲハ驚きました」
「翔冴も昔はただの人だったのね。初めて会ったときから、もう聖人だったからーなんか想像できないわね。にしても、称号も何も得られなかったなんて驚きね」
またも苦笑交じりで『私も凡人の時がありました』と返してみせた。二人に隠し事をして申し訳なく思っている為、彼の内心は穏やかではない。
隠していることに関してはもう、数えるのが面倒になるほどあるために、彼がそれらを話せないのもまた別の隠し事の為でもある、という少々複雑なことになっている。
「けどまさか、神海“妹”と“ロリ”双子が大家良のお供で“ぞっこんラブ”だったなんて、信じられないわね」
笑みを浮かべる幸平栞に、神海沙千とウルガヌスの双子早乙女桜子と早乙女楓子はソッポを向いて『昔のことです』と、その過去を後悔しているような言い回しをする。
昔の行いを後悔しているのか沙千は、『黒歴史が~』とソファーの後ろで悶えている。
「アゲハは翔冴さんが聖人を手に入れた異世界の話を聞きたいです」
「聖人ですか?それは・・・」
【聖人】はリーベンスで手に入れた【賢者】の知識を用いて行った、“神生り”という祭事で神をその身に内包したことで得た称号なのだが。彼はリーベンスで称号を何も得ていないことになっている為、【聖人】について話すと隠していることに感ずかれてしまうかもしれない。
「それに関しては、話せないので。勇者を手に入れた時の事なら話せるんですけど」
栞は呆れたように軽く彼の腕を小突く。
「勇者はあの、コンダクター鈴木健と戦った後に、この世界の勇者という称号を手に入れたんでしょ」
そう彼は、一年前のあの事件でこの世界の勇者となった。その場にはここにいる彼女たちもいて、その状況は終始理解しているというわけなのだ。
彼は『ですよね』と一言呟いた。
なんとか【聖人】から話を逸らしたい彼をフォローするために、レイは『そんなことより』とテーブルをタップする。
「この前発見された、異世界なんですけど、ショッピングに行きませんか?新しい異世界の、新しい文化に触れましょうよ。きっと、楽しいと思います」
「うん?なになに・・・ルメイナス?現地民が猫科獣人なんだって。確かに猫科獣人なんて見たことないから、見てみたいね翔にぃ」
沙千もそれとなく話題を変えようとして、大げさに広告の内容を読んでみせた。
猫科獣人というワードに栞とアゲハは、目を輝かせて『なにそれ?!気になるー』と意外なほどあっさりと跳びついた。
外出申請を彼の保護者でもある叔母の神海風子に送信すると、『オッケー♪』とあっさり承諾がでてしまう。
親しい者がいない異世界なら、彼の【魔王】の能力も影響を与えることはない、そう彼女は考えたとの事で、ほぼ一週間ぶりに外出できることに少しワクワクしていた彼だった。
ウルガヌスの双子はどうやらバイトが入っている様子で、『ヘルプの依頼が入ってるの桜子』『でも一緒に行きたいの、猫なの楓子』と何度もバイトを断るかどうか二人で話し合った結果、『残念なの』と渋々バイトに向かっていった。
異世界へは、攻略・開拓・旅行を目的として行く場合、HITAGIに許可証を発行してもらわないといけないルールである。
攻略とは―――魔王や魔人を討伐するさいのことで、【勇者】やそのパーティーが対処し得るランクの選択ができAもしくは特Aに限られる。特Aに関しては制限が設けられ能力が足りないものは、たとえ勇者複数でも許可証は発行されない。
開拓とは――多少危険な異世界の危険生物もしくは危険分子などを討伐したり、戦争や紛争に関して平和的に解決していくことで、主に【勇者】【魔術師】【冒険者】【冒険屋】【情報屋】【政略屋】【商売屋】などが許可証を求めたりする。
旅行とは―言わずもがな安全な異世界に称号やスキルを持っていない人が、許可証さえ発行されれば気楽に旅にいける。
ちなみに、アメリカ・ロシア・中国・一部EU国籍の人は旅行でしか異世界にいけないが、それは日本の政治関係者も同じである。
自宅や街にある普通の転送ポートからは異世界にはいけない。HITAGIの関連施設にある【COG:コーグ】を使っていつでも行くことができ、異世界で決められた座標に行くと【CORS:コーズ】を使って帰還することができる。数百ある異世界はすべてHITAGIによって管理されている。
彼とSGが暮らしているこの家は、HITAGI主任研究員である風子の研究室兼住処になっていて、特別――風子に連絡するだけで家の転送ポートから異世界へと行けるという、なんとも便利なシステムになっているのである。
家にある一室が専用の転送ポートで、それを使って直接猫科獣人がいるルメイナスへと向かった。
広大に自然が広がる風景に不自然な人工物があり、それがミニ日本国国会議事堂であると見てすぐ分かる。転送エフェクトと同時に神海翔冴とSG/神海沙千と秋月レイに幸平栞と倉町アゲハが姿を現す。
見晴らしのいい所から始めに目に飛び込んだ風景、泉と川と山々を『キレイねー』とSGたち。遠くを見渡すと町らしいものが見えるが、その大きさはショッピングモールより小さいという印象。建造物は二階があるものがチラホラで、雨が降れば露店なんかは休業せざる終えないといった店構えだ。
「早速だけど変身ってるにゃ~。こうしないと現地の人がビックリしちゃうからにゃ~」
そう言うと栞は彼の猫というより豹みたいな横顔をを見ながら『有りね』と一言。
「猫耳をつけてヒゲが三本、手は肉球の名残がありますね。尻尾はメスが長くてオスが短い―――!鼻は特徴的ですね!それに口元!目元も!」
彼は観察に夢中で、対象であるアゲハが顔を真っ赤にしているのに気付かないようだ。
異世界で現地民が特殊な固有種の場合に限り、転送された人間が現地民に怪しまれないように、同じ姿に変化させることでリスクを回避している。
このとき、現地民には区別が付かないが、変化している側は腕輪をしているため見るだけでそうだと分かる。
「翔冴さんあまり乱暴にしないでくださいにゃ~。アゲハ――変になりゅにゃ~」
二人の語尾に独特なニュアンスのものが付いていることに気付いた彼は、口元を押さえて『まさか、そんな・・・、しかし――』と目を見開いている。
「どうしたの翔にぃ?何かあったにゃ~?」
「大丈夫、お兄ちゃん?もしかして転送酔い、ですかにゃ~?」
心配して声をかける沙千とレイの語尾にも確かに付いていた。
「みなさん語尾についているのは、ひょっとすると私を騙すための演技ですか?!」
四人は首を傾げ『なんのことにゃ~』と一言。どうやらメス特有らしいその語尾に感激したのか、彼は空を仰ぎながら『本物だ・・・・』と呟いて一滴涙を流した。
服装も見た目同様怪しまれないように、現地のものを着ている。
「こった刺繍の入った服ですね。これだけを見ても工芸品なんかには期待できます」
「どうせ翔にぃは本が目当てなのにゃ~。でも、文字があるかまだ分からないにゃ~」
妹の語尾についついニヤニヤしてしまった彼は、いかんいかんとキリっと顔を正す。しかし、レイの『お兄ちゃん。大丈夫、ですかにゃ~』の一言と顔を横にして見上げるその仕草に―――。
―――抱きしめたい!
と思う神海翔冴十六歳、高校一年生(形式上)なのであった。
町に着くと、賑やかな声が聞こえてくる。『ドウル産のヘラが今なら三ポッチだ!』、『新鮮なアハナが二匹で十ポッチ!安いよ』と商店から声が飛び交う。
「お金は確か一万円変換しましたよね。ポッチというのがこの町の通貨みたいですね」
金庫番は意外としっかり者の生徒会長――倉町アゲハ。白い袋を開けると金と銀と鉄のお金が入っていて、鉄が一ポッチ、銀が一千ポッチ、金が一万ポッチとのこと。
「合計12461ポッチありますね。ある程度見て回ってから昼食にしませんか?」
「じゃ、二組に分かれてからお昼で落ち合うことにしようよ」
その提案で組み分けをした結果、神海沙千と秋月レイ、幸平栞と倉町アゲハと言う組が出来上がって二組のじゃんけんの結果、彼は前者に付いて行くことになった。
別れる前に両替屋で両替したあと分割してから二手に分かれたが、少女のように『やだやだ!翔冴と行く!』と駄々をこねる栞をアゲハが宥めて連れて行くシーンは、売りに出された子牛の様だった。
そんなに広くない町だから、わざわざ二手に分かれる必要もなかったのだろうが。駄々をこねる当人発案のため、これに関しては同情の余地は無かった。
町の東から時計回りで出店や商店を見て回るが、どこも賑わいと時々香るいい匂いが満腹のはずのゲージをどんどん減らしていく。
オスの方が獣に近い顔をしていることを確認して、再度『ほー』とうなる彼の背中を『もういいから』と沙千が押して行く。
時計の針で十二時、北の商店に本が置いてあったので、彼はついに見つけたと言わんばかりに声を上げ購入したが、すぐに落胆の色を浮かべ本を閉じてしまう。そうこの町、いやこの異世界に文字という概念は存在しない。その本は童話らしい絵が描かれた絵本で、それ自体は独特なもので資料用に写真だけ撮って持って買えることに。
本や家具と言った物も異世界から持ち帰ることができない。そのため技術なり写真、映像と言う形で持ち帰るが、小物はその材質を真似たレプリカを3Dコピー機で帰還後入手することができる。現物を持ち帰るのではなくパーティクル コンバージョンすることで持ち帰ることは可能であるが、パーティクル コンバージョンはスキル保有者――つまり称号を持った者しか扱えないので、旅行者などはやはり3Dコピー機でレプリカを作ることになってしまう。
だが、パーティクル コンバージョンして持ち帰っても自分のフィールド、スキル保持者の一定の範囲でしか物質化できない。例えば、花瓶をパーティクル コンバージョンして持ち帰り部屋で物質化して置くと、その効果範囲から出たとたんに粒子に戻ってしまう。
ゆえに、実用性の無いものは基本データとして持ち帰るか、レプリカを作るかしかできない。
文字が無い時点で、彼は荷物持ちのようにただ沙千とレイに付いて回るだけになったのだが、久しぶりの外出で気分がいいのは変わりない様子だった。
あっと言う間に町を半周して、昼食をとるためにちょうどいいオープンテラスの料理屋があったので別行動の二人を待つことになった。
三十分ほど待っていたが二人は現れない。
「翔にぃ~もう先食べてようにゃ~」
先に食べ始めようとする沙千を何とか止まらせる。
「きっともうすぐ来るはずですよ。だから、待ちましょう」
しかし、さらに三十分経っても二人は現れず、これはおかしいと思った彼は『とりあえず二人は食べていてください』と言って二人を探しに行こうとする。
ならば一緒にと言う二人に、『入れ違いの可能性もありますし』と言って残ってもらうことにしたのには、探し始めればすぐに見つかるだろうという考えがあったからだ。だがしかし、彼の考えとは違い町の東の門まで行くが幸平栞と倉町アゲハの姿は見つからなかった。
二人が危険な目に遭うことはないとは思うが、攻撃系スキルは封印されているからいざという時は逃げることしかできない。
アゲハはそういう時安全マージンを見極めることができるが、栞に関しては猪突猛進で【勇者】の特徴的な正義感をむき出しにして考えなしで突っ込む節がある。
そのため後者に関してはかなり心配しているのだが、今日は大丈夫だろうと来た道を引き返す。
町の南、七時を示すあたりで現地の獣人が人だかりを作っていた。
「大変だ!町の娘が何人かいなくなっているみたいだ!」
「ほんとかにゃ~!また《ブルモス》の人攫いにゃ~」
「カフカがいないの!誰か見かけなかったかい?!」
歳をとったメスの獣人の語尾がついていないことも気にはなったが、今は獣人たちの言う《ブルモス》というやつに二人が攫われたのかもしれないというほうが気になる。
話を聞いていると、どうやらそのの《ブルモス》というのは現地民のメスを攫ってしまう集団らしく、服の出店を装った集団が更衣室に入った若いメスの獣人を連れ去る。その手口なら二人が攫われた可能性も高いが、もし二人に関係なくとも彼としては放っておけない。
被害はすでに数十人におよぶらしく、この付近の町でも被害がでていてついにこの町でも―――ということらしい。
集めた情報から、《ブルモス》の拠点は南にある森の中で《ダグンの森》という悪しき精霊の巣窟と言い伝えられ、現地民は誰も近寄らない場所らしい。ゆえに、《ブルモス》は現地民ではなく彼と同じくこの異世界に現世界から来た人間に違いない。
「で、森の中に入ったはいいですが。どうやら、この森には幻惑魔法と物理的迷路が施されているようですね」
この世界で攻撃系スキルの類を使用するのは極力控えていかなければ、HITAGIに発行してもらっている職業ライセンスが剥奪されかねない。
体術だけでいうなら彼の戦闘力は戦車よりも強いが、それでも物理攻撃自体が効かない敵がいたりしたら武器や攻撃系スキルを使用しないといけなくなる。
あれこれ考えていても結論が出そうに無いのでとりあえず、やれるところまで素手と体術で挑むことにして、今は一刻も早く被害者を救出しなくてはいけない。
彼は攻撃スキルの【アニスの目】を発動させて、その視界に入れた物の性質や能力、用途にいたるすべてを見通し真実と虚偽を見分ける力で森の中へと入っていった。
しばらくすると、この異世界には似合わない鉄筋の建物が現れる。鉄条のフェンスの周囲に《ブルモス》の構成員らしい人影を見ると獣人ではなくやはり人間のようだ。
「ざっと十三人。ここまで厳重な警備となると、“悪いことをしている”と言っている様なものですけど。人体実験や・・・この思考に到達してしまうのは、私が疲れているからなのでしょうか――」
自らの脳内で悪党に弄ばれる二人の姿(猫科獣人)をかき消すと、スピード系スキルを使用して一人一人を手刀で気絶させようとした瞬間だった。
構成員が何かを発見して『なんだ貴様!』『侵入者だ!』と騒ぎ始めた。姿を現したのは獣人、もちろん猫のであるが次の一言に彼は絶句した。
「エルルネを返せにゅ~!・・・」
刹那――その場が静寂した後、構成員たちの馬鹿にしたような笑い声が響いた。なぜならそのメスの猫科獣人は語尾を噛んでしまったからなのだが。
『このハイキャット噛んだぞ!』『“にゅ~”だってさー』と馬鹿にしている構成員の前で、どんどん顔を赤らめる彼女は今度は早口でまくしたてた。
「噛んでないにゅ~!馬鹿にするにゃ~!さっさとエルルネを返さないと痛い目見るにゅ~!」
三分の二を噛み間違えた彼女にまたも高笑いが起こる。
かわいいな――と彼が内心思っている間に彼女は、人間より少しだけ鋭利な獣人の爪で一人の構成員に掴みかかった。
先ほどまでの高笑いが消え去り、今度は『ぎゃぁぁー』と悲鳴が響き渡る。彼女の背後に回った構成員が手に持ったロッド(警棒)を押し当てると、バチバチと音を立てて閃光を発し彼女はボトッと地面に転がった。
『にゃ~』と力なく鳴く彼女にそのロッドを構成員が振り下ろそうとした時だった。ボコ!という音とともに、十メートル先の鉄条のフェンスにその構成員の体が叩きつけられる。
一瞬にして一人を戦闘不能にしたのは、黒光りする毛並みに短い尻尾がたれている豹を思わせる顔立ちのオスの獣人。彼こそが神海翔冴であるが、その腕にはリングが付いていてそれを見た構成員が『冒険者か?!』と言った瞬間には、【アクセル】で加速した体ごとサポートスキルによる強固な体当たりで次々と弾き飛ばした。
数メートルほど浮いた体を地面に音を立てて落ちると、大半の構成員は口から泡を出し始め、彼は加減を間違えたことに気付く。
「やり過ぎてしまいましたか?この体にはなれたつもりだったのですが・・・」
その台詞だけ聞くと、エイリアンが別の星の生物の体を乗っ取ったようにも聞こえて、彼の口元は笑みを作っていた。
こんなことをしている場合ではない――と、近くで倒れているメスの獣人に駆け寄る。
「呼吸はあるな。気を失っているみたいですが・・・」
彼は目の前の本物の猫科獣人を観察したいという欲求が働いて、人間がネコ耳バンドとリアルな尻尾着けてるようにも見えるが、そのネコ耳や尻尾などを思う存分さわると、本物の猫科獣人の感触に感動していた。
これはいよいよ体臭も気になってしまい、ついつい彼はその匂いを嗅ごうと鼻を近づけた。
「ん、ん~・・・・にゃ?あなたは誰ですかにゃ?」
「あ!気が付いたかい?私は・・・ただの通りすがりのものです」
ゆっくりと体を起こした彼女に手を差し出すと、彼は自分の名前がこの異世界で名乗ってもいいものかどうか分からず、その場は濁すように言う。
手を取った彼女の顔は赤らんでいるように見て取れる。どうやら彼の豹の様な顔が、彼女たちメスの獣人にはかっこよく見えているらしい。
「キミは誰だい?この辺りにすんでいるのかい?」
「にゃーは“リダー”、ミャル族の“リダー”っていうにゃ。アナタはヒョル族の方ですかにゃ」
彼女の名前をうまく翻訳できたので、どうやら彼の名前も名乗ってよさそうだ。
「ミャル族の“リダー”―――いい名前ですね。私はショウゴといいます。ヒョル族?です、はい」
「変わった名前ですにゃ・・・。あっと!こんなことをしている場合じゃないにゃ。この建物に妹のエルルネが捕まっている“にゅ――また噛んじゃった・・・にゃ」
彼女の話ではこの町に妹と遊びに来ていて、運悪く《ブルモス》に捕らわれてしまったらしい。だが、幸い彼女だけは逃げ出せたらしいが―――。
「その時、同じニャル族の二人組みがにゃーを助けてくれたにゃ~。でも、にゃーを助けたその二人もアイツらに捕まってしまったにゃ」
にゃーという彼女の一人称がとても可愛らしく、思わず緩みそうになる顔を我慢して彼女を助けたという二人に関して聞いてみる。
その二人がどうやら、彼の探す幸平栞と倉町アゲハに間違いなかった。
「実はその二人は私の知り合いでしてね。ですので、今からこの中に捕らわれている全員を助け出します」
彼の突拍子もない発言に、彼女が口をあけてポカンとするのは無理もない。猫科獣人の戦闘力は武器を持った人間を上回ることは決してないからである。
「ここのやつらはすごく強いにゃ、ヒョル族のショウゴはそんなに強いのですかにゃ?。にゃーもさっき一瞬で気絶させられたにゃ」
周りに転がっている《ブルモス》の構成員を見ると、『な!何があったにゃ!悪いやつがみんなねているにゃ』と騒ぐ。
彼女は彼の顔を見ると何かに気付いたように『あー』と言った。
「ショウゴはヒョル族の戦士なんですかにゃ?そうに違いないですにゃ!あえて光栄ですにゃ!戦士様」
突然興奮して抱きついてきたリダーを避ける必要性を感じなかったのか、彼は左右に尻尾を振る様を間近にやれやれという表情で見ていた。
次に彼女は膝を付くと土下座して彼に請うように言った。
「戦士様!どうかにゃーを助けてくださいにゃ。助けてくれたら・・・にゃーを戦士様に捧げますにゃ!」
どうやら彼女は彼のことをこの異世界の戦士と勘違いしているようで、自分の妹のために自らを差し出すと言い出した。
彼は彼女を落ち着かせて、無償で彼女の妹を助けることを説明したが――『にゃーはポッチも持っていないにゃ、体しかあげられないのにゃ』と申し訳なさそうに言う。
「とにかく、今は捕まった人たちを助け出すことを優先しましょう」
コクリと頷いた彼女から、建物に目をやると嫌な気配が漂っていることに彼は違和感を感じずにはいられなかった。
つづく