その勇者、大家良に付き注意!
「おい、聞いたか?古川主任が少女を拉致したって噂――」
「声が大きいぞ!お前――あれは事実だ。拉致されたのは【治癒士】だって話だが、あまり広めるなよ。政府関係者に知られて、またHITAGIが難癖つけられて調査が入るってなると面倒だろ」
白衣の男たちが、タバコから灰を落としながら話す話題は、どうやら古川英一の事で【治癒士】とは秋月レイのことのようだ。
「そういえば中野区デュエル事件の時も、政府のやつら好き勝手してデータとか色々持ち出してたからな。確かに噂をたてるのも危ないか・・・」
「あの事件も、【コンダクター】の鈴木健を、結局のところ誰が倒したのか分からないし。俺たち高給取りは、煙を起こさないことだけ考えていればいいんだよ」
HITAGIの研究員らしい白衣の男は、タバコの吸がらを置いてある異世界の植物に投げ込む。すると、その植物はタバコをパックリと飲み込んだ。
「いったい誰なんだろうな。映像も何も残ってないのが不思議だけど、あの鈴木健より強い異世界帰還者がいるなんて信じられないけどな」
「意外と、あの大家良が倒したのかもしれないぞ。何せ彼はあの特Aランクを二回攻略した男だからな」
粒状のチョコレートが置いてあり、一人が手の平に持てるだけ持つと全部口に入れ食べる。それを見てもう一人が言う。
「太るぞ。お前――」
HITAGI八王子支部の仮想空間研究所。そこに数百とある仮想空間のどれかに、古川英一は隠れ潜んでいる。
それを探すのは、神海風子の仕事だ。
「これと、これとーん~んー・・・ん?ん!これ~か!わほぁ~見ーつけた」
常人では、仮想空間の偽造やトラップで探し出すことは到底無理だろうが。新世紀のアインシュタインと呼称される程の天才である神海風子にかかれば、ものの数分でそれを見つけてしまう。
「早いですね。さすが新世紀のアインシュタイン」
そう言った神海翔冴に、空間グラフィックの中の彼女は頬を膨らませ言う。
「ふー子ちゃんは~!舌出してる写真何て!持ってないんだけど~。てか!男じゃないんだけど!キレちゃうぞ!」
どうやら彼女はその呼び名が気に入らないらしく、いつになくご機嫌斜めという雰囲気を出している。
彼は少し考えるように額を触ると、思いついたようにポンと手を叩き。
「マリア・スクウォドフスカ=キュリーさんのように夫人をつけるとどうでしょうか?―――神海夫人」
「まだ!シングルなんだけど!翔ちゃんが貰ってくれるってことなのかな!その辺どう!どうなの!」
彼女の地雷を踏んだらしく、喋り方が普通になって逆に怖い。
「はは。冗談ですよ風子ちゃん。ところで・・・転送できそうですか?」
早々に話を元に戻そうとする彼は、顔に苦笑を浮かべる。
「もちの、ろん。ダイレクトで向こうの仮想空間に出口を作ったから、この部屋の転送ポートからすぐ行けちゃうよ~」
秋葉原HITAGI本社の待機室にある転送ポートに入ると、彼は服を白主体に青いラインが入ったコートにコンバージョンする。
「準備できました。兵装は救出戦用近距離武器【影手】を使用します」
その拳を生物に当てると、その行動・思考・脈動を一時的に止めることができ、相手にしてみれば時間を止められたのと変わらない状況を作る。
武器は黒い手袋に見えるが、実際は影を纏っているだけである。
「コールよろ。心配なんてしてないけど~無茶しちゃダメだぞー翔ちゃん」
「分かりました風子ちゃん。ジャンプスタート」
コールと同時に、彼の体が上下から消えるようにいなくなる。
紫のエフェクトが発生して神海翔冴が姿を現す。
彼が周りを見渡すと廃材や何かしらの処理機・・・いや、加工機と思われる物がある。
どうやら廃棄工場と見て取れる仮想空間、通常の仮想より“本物”――現実のそれよりは、すべてが大きく設定されているようだ。
「警備がいない。トラップ・・・すら無いですか。コレは、逆に不気味ですね」
辺りを索敵するように動きだす彼は、頑丈そうな扉に触ると眼を閉じる。
「コレは仮想だが、細部がリアルを思わせる作りをしている。間違いなくこの仮想空間を作ったのは――古川主任ですね」
開けようとすると錆びているような音が響き、その重さが音からも聞いて取れるが、彼は苦にもならない様子だ。
扉の向こうには広く薄暗い部屋。そして、機械音が時折鳴り響く。
「雰囲気がでてますね。それにすごい殺気だ」
闇から足音が響き人影が見て取れる。
黒マントを纏った男が姿を現して親しげに話しかけてくる。
「よー久しぶりだな翔冴。髪―――切ったのかよ」
「ええ。アレから時間も経過していることですしね。良も変わりましたね、いろいろな意味で」
彼の目の前に立ち止まった男は大家良。
二人が直接会うのは久しぶり。実に約二年ぶりに顔を合わせる彼らは、旧友と言うより仇敵と言った方がピッタリな空気を漂わせる。
「そうだなー。時間経っちゃってからな~。もうあの頃とは―――――違うんだよな!」
目で追えない速さでパーティクル コンバージョンされた何かが彼を襲う。
彼が視界に入れたそれは、紅い剣だが形は言い表すことが出来ない歪なものだった。
「最初の異世界、リーベンスで手に入れた勇者の剣――【レーディン】ですか。それを見るのも久しいですね」
リーベンスとは、ランダムダイブ事件の時に彼らが飛ばされた異世界の名前だ。
「あの頃のことは申し訳なく思っています。あの時、良にすべてを任せてしまったことは、今でも後悔しています」
申し訳なさそうに過去のことを謝罪する彼に、大家良は薄ら笑顔を浮かべて答える。
「気にするなって俺もお前も十三歳のガキだったんだ。突然別の世界で勇者にされた俺と、何もできなかったお前。ああなるのは当然だったんだと―――思うぜ!」
彼と会話しながら【レーディン】を振るう大家良だったが、空を切り続ける為時折舌打ちする。
【影手】を纏った拳で素早く一回殴ると、その拳の重みにより剣で受けた体が後ろに押し飛ばされる。
「おー、すげーすげー!いくつかのスキルを合わせてるみたいだなー。重いパンチだ――」
【レーディン】が赤い光を放ち始め、やがて刃を炎が包み、切っ先を床に近づけるとその熱で溶け始める。
水平に振り切ったその刃から、炎が飛び散り彼を襲う。
「ディン!ガハナ!」
さらに力を籠め【レーディン】を振るう大家良が、大声でそう叫ぶと炎が勢いを増した。
対して、彼が左手を前に突き出すと白い六枚の盾が現れ、防御スキル【神殻武装・鋼】を展開し【レーディン】の炎を一切通さないよう、円を描くように回り始める。
「舞え!鋼!」
大家良の周りを押さえつけるように取り囲み、ジワジワと迫寄って行く。
もう逃げる隙もないと思われた・・・が――しかし、彼は大家良の左手に何かがパーティクル コンバージョンしたことに気付く。
一瞬、静寂がその場を包みこむ。時折響く機械音に紛れて、何かを口ずさむ大家良。
「こ――は、心を――――ゆえに、その罪を量れ。いでよ!バルトム!レイブン!」
それは、能面と言った感じの男か女かはたまた人か――高さにして約六メートルほどの巨体が現れ、取り囲んでいた【神殻武装・鋼】を吹き飛ばす。
それを彼は仰視する。
「初めて見るだろ?審判者バルトム=レイブン――罪を量り、罰を与える者って言うらしいぜ」
大家良の左手を見ると分厚い本を持っている。
「人型を召喚――使役しているというんですか。本の主人公・・・もしくは、それに属する存在を操る能力と見えますが――先ほどから【アニスの目】を発動させているのに、何も見えない・・・と言うか映らない」
独り言にしては少し大きすぎる声量で彼はそう言うと、【影手】纏う拳を構えて突進する。
「生物ならば!問題ないです!」
拳を巨体の足元に打ち込む。【影手】の能力が発動すれば、生物の行動・思考・脈動を一時的に止めることができる。
だが、次の瞬間には彼の体は数メートル吹き飛ばされていた。それを見た大家良はクスクスと笑い始めたかと思うと、大声で大笑いして彼に言う。
「生物だって!面白いこと言うなーお前。人型の生物は使役できないって常識っしょ」
片膝をつきもう一度目の前の巨体を仰視し、徐に立ち上がると右手を突き出し拳を握り締めて、サポートスキル【アレスの鉄拳】の衝撃波をそれに向けて放つ。
しかし、無機物を削り飛ばすそのスキルを受けても特に変化もなく。彼は思考をめぐらしてその巨漢が何かを推測する。
「生物でもなく無機物でもない・・・、霊体ですか――それは?」
「ご名答ー。こいつは霊体、――つまり幽霊ってやつだ。正確に言うと異世界で伝承されていた英霊をこの【使者の書】で仮使役している、らしい」
彼の問いに対する答えをすぐ返す大家良は、その口の端に笑みを浮かべる。
【使者の書】と呼んだ厚い本をパラパラと開き、再度口ずさみ始める。
「悪なる者に剣を突き刺すを、生授かりし時から定めとされし者。光剣を振り、迅速かつ最速で切り伏せる閃刹殺―――剣技アーチバルを扱うトレンディアの英霊。召喚に応じて顕現せよ!ヴァーシケリザス!」
眩く光を放ち現れたのは、約二メートルほどの長身で鎧に赤いマント、右手に光を放つ大剣を持った男と思われる英霊。
刹那――英霊は視界から消え、次に視界に入れたときは二枚の【神殻武装・鋼】を割り、彼の左手にその刃を振り下ろしていた。
『速い』と彼が思うよりも先に、超人的な反射神経で戦闘スキル【無限の戦域】を発動し、その部屋に入ったときにマーキングした所へ回避する。
「危機一髪ってやつだなー翔冴。ヴァーシケリザスの最速剣アーチバルをあんな簡単に回避するなんて驚きだー。今の瞬間移動は、何ってスキルなんだよ――おい!」
光剣を握る英霊は、標的を追う機械さながら直線的に突撃してくる。その英霊を彼は闘牛をかわすが如くヒラリヒラリと避け続けるが、どれもこれも紙一重という様子だ。
【ワンマンアーミー】の称号を持つ神海翔冴だが、さすがの彼も実体の無い存在には打つ手が無いのか反撃をしていない。
「英霊とは―――困りましたね。そこにいるようでいない・・・〔見える、いや事実そうなのだ。“見える”とやらは僕の知ったことではない〕―――でしたか。
いいえ、少し意味合いが違いますね」
「シェイクスピアのハムレットかー、昔から読書好きだったからなお前。確かに、幽霊みたいなもんだからな英霊ってやつは」
余裕の表情を浮かべて話す大家良は、【レーディン】をパーティクル コンバージョンして消し去ると【使者の書】を開く。
「万物の始祖たるはゴルゴノ・ドルスーベン、女神ティターリア、天使ハルー・テスラ。始祖と天使の子、アルタスマグナの英雄よ!その神なる力を我に示せ!ゴルゴノ・バンデ・テスラよ!顕現せよ!」
次に【使者の書】で召喚した英霊は、神々しくオーラを纏い。服装は、ほぼ裸で美青年の容姿をした約二メートル台の男だった。
彼は、身構えるように【神殻武装・鋼】を英霊との間に展開する。
何の動作もせずに、英霊は空気か何かの塊を彼に飛ばし、展開していた白い四枚の盾を粉々に砕いた。
咄嗟に【無限の戦域】を発動させる――が、移動できないことに気付き避けようとするが、それもできずに直撃する。
「ぐぁあッ!」
体が半分ほど吹き飛んだ―――、そう彼が思った程の衝撃だった。然しもの彼も驚きを隠せないようで、スキルが発動しなかった原因に思考をめぐらす。
(これは、スキル無効化の能力を内包した砲撃系の攻撃スキルであるとして、モーションも無しに高威力の砲撃を放つという事は、神具かそれに近しい宝具の類。
だとすれば身に着けているもの、例えば首につけている飾りか耳につけている飾り。
しかし、それが分かっても物理攻撃は効果が無い・・・とすれば方法は一つ)
思考の結論を出し終えた彼に、大家良が英霊【ゴルゴノ・バンデ・テスラ】の伝承を流暢に語りだす。
「アルタスマグナのバンデと言う男はなー、始祖――つまり神と天使の間に生まれた神の跡継ぎ。けどまー、始祖の妻である女神ティターリアは嫉妬から、天使の羽を奪い堕天使の烙印を与えて地上に落とした。
だけど、堕ちた天使は人として生きていくうちに人々から女神と呼ばれたんだと。そしたら、女神ティターリアは嫉妬からまたまた人に対して悪戯をした」
余裕の表情を浮かべ語る大家良とは間逆で、【ゴルゴノ・バンデ・テスラ】と戦う彼は移動型スキル【アクセル】を使い避け続ける。
「ダブルアクセル!」
大家良は、手も足も出ない彼を見て笑みを浮かべ続ける。
「始祖は女神の行いを黙認した。母親である天使ハルー・テスラを守る為にバンデは女神ティターリアと戦って、その戦いの中で二人は恋におちたらしい。
結果――始祖ゴルゴノ・ドルスーベンは、息子バンデに妻女神ティターリアを奪われ激怒し、その怒りで地上は女神ティターリアの悪戯以上に荒れに荒れ。色々あってゴルゴノ・バンデ・テスラは父、始祖ゴルゴノ・ドルスーベンを殺して英雄となったとさ――まる。
後日談で、女神ティターリアは人になってバンデと地上で幸せに暮らしたとか暮らさなかったとかー」
放たれる何かが、その速度を上げると彼もまた加速する。
「トリプルアクセル!」
そして彼は、さらに加速していくのだった。
「クアドラプル――クインティプル――セクスタプル――セプタプル――オクタプル――ノナプル――ディカプル
――――アクセル!」
その姿を捉えられる者は、英霊でさえももういない。大家良は口をあけたまま周りを見渡すが、その視界に彼は写らない。
「罪人を捉えろ!バルトム!レイブン!」
しかし、審判者【バルトム=レイブン】は微動だにしない。
「どうした!バルトム!レイブン!――チッ!役立たずが!アーチバルナス!ゴルゴノ・バンデ・テスラ!やつを殺せ!」
英霊は大家良の命に何の反応も見せない。
それを、超速で動く彼を認識できていないと考えるのは必然。
大家良の顔から余裕はもうなくなって、焦りすらも見て取れる。
「どこだ!隠れてないで出て来い!」
英霊で自らの周りを囲むと大家良は、【レーディン】をパーティクル コンバージョンして使い、手当たり次第に攻撃を繰り出す。
だが、その攻撃は彼には当たらない―――当たるはずも無い。
なぜなら、彼はもうその場にいないのだから。
ゴルゴノ・バンデ・テスラのスキル無効化には、ある程度の範囲と単一のスキルに対して効果があると推察した彼は、距離をとってから【無限の戦域】を発動させてその部屋からエスケープしていたのだった。
そうとも知らずに敵のいない部屋で暴れている大家良は、はたから見ていたら実に滑稽だろうが、誰も見ていないのだからそれにはあたらないだろう。
それでも、愚かであることに変わりないが―――。
大家良のいた部屋を後にした神海翔冴は、仮想工場で何かを探すように走り回っていた。
「最優先はレイを救うことです――けど、残り時間が少ないのが気になります」
彼の顔に焦りの表情が浮かぶ。
神海風子の計算では、秋月レイは数時間で死んでしまう、そう聞いていたからだ。
入り組んだ廊下を駆けていると白い扉を見つける。
扉の前に立つとカードキーの差込口がついてあり、それは今の時代ではすでにレトロ言える代物だ。
「相変わらずの趣味ですね古川主任」
「やあ、お目覚めかい――レイくん」
鎮静剤で眠らされていた秋月レイが目を覚ますと、いつもの白衣を脱いだスーツ姿の古川英一が立っていた。
苦しそうな表情の秋月レイは、目から涙を流しながら頭の上で縛られた両手を動かすと、繋がれた鎖が音を立てる。
「外して下さい、古川さん、私、お兄ちゃんに会わないと。翔冴――お兄ちゃん」
古川英一は、その言葉を聞き流し彼女の頬を触りながら笑みを浮かべて言う。
「もうすぐ君は救われる。だから、辛いだろうが我慢してくれ」
彼女に顔を近づけてさらに言葉を継ぐ。
「大家良と神海翔冴は相打ちになるはずだ。【使者の書】を所持する大家良は神海翔冴とほぼ同じ強さ。
ゆえに、私の計算では相打ちとなる。そうなれば、神海翔冴と大家良から君を救える」
「お兄ちゃん―――」
親指でなぞるように秋月レイの唇を触ると、古川英一は胸元から小さな箱を取り出す。
「レイくん。君にこれを渡しておこう」
小さな箱を開けると、そこには指輪が入っていた。
「結婚しようレイくん。彼らの死をもって君を解放し、危険の無い異世界でアダムとイブになろう」
冗談で言っている―――というわけでもなさそうで、古川英一は本気なようだ。
「十も歳がはなれた君にこんな思いを抱くとは、私も思いもよらなかった。愛してしまったのだよ――君を、純粋に」
目の前の男の奇行に戸惑う秋月レイは、目を逸らして話す。
「あなたは、結婚、しているし。私には、お兄ちゃんがいるし。そんなの、いやです」
たどたどしく言葉を継ぐ彼女を、古川英一は愛おしそうに見つめ、やさしく髪を撫でる。
「妻とは親の言いつけで、愛なんて無かったんだ。私は・・・自分で言うのもなんだが、君みたいな胸の小さい女性が好きなのだよ。俗にロリコンと言うらしいが―――、好きに言わせておけばいい」
そして、彼女に口付けをしようと顔を近づけるが。
「いや!助けて――――――翔冴お兄ちゃん」
それを聞いた古川英一は、ため息をついて顔を離す。
「今頃、彼は大家良と死闘を繰り広げているよ。彼らの死で初めて君は解放される。さあ、これに着替えよう」
そう言うと、秋月レイの服を脱がし始め下着姿にし笑みを浮かべると、白い箱からドレスを取り出す。
白い肌を指先でなぞり、匂いを嗅ぎ、舌で首元から胸元を舐め始める。
「君と二人きりで異世界で暮らすために、今回の神海翔冴に関する事件を利用したのだよ」
「興味深い話ですね。古川主任」
青い転送エフェクトとともに突然現れたのは、大家良と戦闘中でここにはいないはずの神海翔冴だった。
「ど、どうして君がここに!ここは、隔離していたはず!それ以前に、彼は――大家くんはどうしたんだ!」
古川英一がうろたえるのも無理はない。戦闘力という意味でほぼゼロである彼に、万に一つも神海翔冴と戦って勝てないという結果は目に見えている。
足から崩れ落ちる古川英一に、どうしてここに入れたのかを彼は説明する。
「白い扉にカードキーの差込口といえば分かりますか?あれがシステムコンソールだということはすぐに分かりましたから、ハッキングしてもらったんです。あの人に―――」
彼の言葉に目を見開き頭を抱えながら、ハッキングした人物の名前を口から出す。
「神海風子!―――また彼女か!いつも!いつも!――私より少し先に生まれただけで!ただそれだけで!邪魔ばかりして!」
気でも狂ったように、髪の毛を両手でクシャクシャにする古川英一を、見下ろす彼は【影手】を纏う左手で触り動きを止める。
「古川主任、あなたを監獄に送ります。そこで色々話してもらいますが、って――聞こえてはいないですね」
彼が何かのカードと思われる物を古川英一に翳すと、その姿が消え黄色の転送エフェクトが発生する。
そして、秋月レイのもとに行くと彼女の拘束を力任せに解き、【影手】をパーティクル コンバージョンさせる。
「お――、お兄、ちゃん?」
外傷が無いことは一目瞭然だが、その表情はとても苦しそうだ。
「少し遅くなってしまいました。助けに来ましたよレイ」
ゆっくりと体を起こして彼に抱きつこうとする秋月レイ。
「お兄、ちゃん?助けに、来てくれたんだ――」
大分サポートスキルの影響を受けた体に慣れた彼は、そっと細い体を支えるように手をそえる。
「あまり無理をしてはいけません。それはそうと――あなたに了解を取りたいのですが、キスしてもかまいませんか?」
彼は自分が口に出した言葉に少し苦笑を浮かべ理由を話す。
「レイの体に起こっている状態、――衝動とも言いますが。それを抑えるためには、私とのトキメキが必要だと叔母さんが言っていたんです。それと――キスといっても、おでこにですけどね」
ひたいを露にさせると彼は優しくキスをする。
「お兄ちゃん、私、怖かったんだよ。良くんも古川さんも、私の話をちっとも聞いてくれないから」
徐々に秋月レイの表情が明るくなって、会話も辛そうではなくなる。
彼はもう平気だろうとひたいから離れるが――その時、彼の唇に秋月レイの唇が重なる。
ただただ口と口が触れているだけの幼いキスだった。
「服を脱がして――何やってんだお前!離れろよ!」
転送エフェクト発生後、大家良がベットを挟んで向かい側に現れる。
「良、ようやくお出ましですか?遅かったですね」
「見えないお前をさがしてたつもり・・・だったけど、まさか――いなくなっているとはな。騙されたぜ!」
右手から仮想空間のシステムコンソールらしい何かをパーティクル コンバージョンさせて、一瞬でその部屋から別の空間に三人を転送させる。
転送された先は学校のグラウンドと思われる場所だった。
腕の中で震えるレイに、彼は『大丈夫ですよ』と声をかける。
「ここは逃げ場のない隔離空間だ。このコンソールを使わないと出ることも入ることもできない」
右手にシステムコンソール、左手に【使者の書】を手にする大家良は再び英霊を呼び出す。
「さー。第二ラウンドを始めようか!」
彼はレイから手を離すと、小さい本をパーティクル コンバージョンさせる。
その手のひらサイズの本を見て疑問の表情を浮かべた大家良は、笑みを浮かべて余裕ぶって見せた。
「そんな本、何に使うんだ?魔法でも唱えるってか」
その問いに答えながら、彼は本を開き指でなぞる。
「英霊と戦うには、同等の力を持った宝具か神具。もしくは同格の使役された存在が必要と判断しました。なのでこれを使います」
開いた本を大家良に見せつけて、彼はさらに詳しく話をする。
「【エルフ貯蔵書】といって、その名の通りエルフを使役している本です。英霊とは違い、生きたエルフを直接この本に縛っています」
大家良はしばらく思考停止した後、『そんなことあるはず無い!』とそれを否定した。
「エルフだって人型だ。そんなことはできるはずが無いだろ!デタラメを言うな!」
異世界、現世界問わず人型の生物は使役対象には入れられない。なぜなら、それは世界のルールだからだ。神や悪魔や魔王なんて存在は、それを構成する世界に比べればとるに足らないものである。
ゆえに世界でそうと決まっていれば、そうであるとしか言いようがない。
「良の言う通りです。ですが、――何にでも“例外”があります」
「“例外”だって?どういう意味だ?」
「人間は人型生物を使役できない。では“例外”とは何か、魔道士の作り出す物にはルールを無視するものもある。それがこの【エルフ貯蔵書】です」
手に持った本を優しく撫でるとさらに言葉を継ぐ。
「これには二万三千六百十七人のエルフが生きたまま縛られています。とある異世界の魔道士が作り上げた魔道書を現世界の旅行者が奪って、さらに別の異世界でエルフ―――それも成人になった女性のエルフを無理やりに捕らえた。
その異世界は私が救済した異世界だったのですが――。私が駆けつけた時にはもう手遅れで、友人たちが何人もこの本に捕らわれている。
もちろん、その旅行者は私が捕らえました。しかし、誰もこの本から救えませんでした」
その話を聞いた大家良の頭の中では、二万三千六百十七人という数が何度もめぐる。
「エルフは魔法を使う種族では一番強い奴らだぞ!二万三千六百十七人のエルフなんて、この世界を征服できる数の戦力だ。ありえない!」
否定する大家良から【エルフ貯蔵書】に目を向けて彼は文字を読み始める。
「イーサイシュ・ア・ハーサー・ロファムフェ・タリッレスター」
それは異世界の言葉であろうか、彼が言い終わるとそれが姿を現す。
彼が呼び出した人数は数十人。白い肌、真横にのびた長い耳、この世の者とは思えないキレイな顔立ちがその存在を際立たせる。
「なんだここは・・・。神海翔冴よ、ここは戦場ではないか」
その中で一際美人のエルフが翔冴のそばへと寄っていく。
「力を貸してください。リュイファンさん」
「戦闘で我らを使うとは珍しいな。―――なるほど、霊体が相手か・・・ならば我らが出番だな」
彼とエルフたちの会話する姿を見て目を丸くさせる大家良。
「どうなっている・・・。いくら魔術師が世界を解く者と言っても、こんな生者をしかも人間と同類の存在を縛るなんてメチャクチャな――」
その時、大家良は左手の本を開き叫んだ。
「殺せ!英霊ども!」
その一声で審判者【バルトム=レイブン】は秤を出現させ、【ヴァーシケリザス】その手に持つ剣を右肩に抱え突進する。
そして、【ゴルゴノ・バンデ・テスラ】は空気か何かの塊を彼に飛ばす。
「神撃――か?ならば、それ相応の術で!―――風の精霊よ我らに力を!」
【ゴルゴノ・バンデ・テスラ】の攻撃を見たリュイファンとエルフたちが、エルフの言葉で呪文を詠唱し始める。
複数の小人が現れたと思ったら、【神殻武装・鋼】を砕くほどの【ゴルゴノ・バンデ・テスラ】の攻撃を風の壁で防ぎきる。
【ヴァーシケリザス】の突進を止め、【バルトム=レイブン】の地面をえぐる様な雷撃も防ぎきる。
「ねーさんのオッパイ揉むでー」
一人――、いや、一匹の精霊が口にしたとたんに、他の精霊も『オッパイ』と騒ぎ出す。
その掛け声とともに、いくつもの風の刃が【ゴルゴノ・バンデ・テスラ】を切り刻み、【ヴァーシケリザス】を吹き飛ばして、【バルトム=レイブン】は押し潰してしまった。
「な、んだと!」
頼みの英霊が瞬殺と言っていいほど、あっさり消え去って大家良はその手に持つ【使者の書】を落とすと、【使者の書】はパーティクル コンバージョンして消える。
風の精霊たちはさらに『オッパイ!』と掛け声を出し盛り上がる。
「なんなんだこいつらは?いったい何を言ってるんだコイツらは?!」
【レーディン】を再びパーティクル コンバージョンさせるが、それを彼に向けて構えることはなかった。
なぜなら、大家良の行動・思考・脈動は一時的に止まっている。無論それが【影手】によるものであることは言うまでもなく。
彼は【アクセル】を使用し、目にも留まらぬ速さで大家良の背後をとっていたのだった。
「油断しましたね。・・・良、あなたも私に因って生き方を狂わされたのでしょう。ですが、罪は罪――あなたにもそれ相応の贖罪をしてもらいます」
大家良からコンソールを奪うと再びカードとくっ付ける。
転送される大家良の姿を見て彼は口ずさむのだった。
「ああ、友よ、世界が君与えたものは、まさに神々しい禁断の果実であったな・・・」
「それは詩か?翔冴」
彼のそばに不意に現れたリュイファンが問う。
「ええ。異世界の詩人が書いた“メグルネイウム|《三日月》の下で”という本で、主人公に親友が言ったセリフです。この詩での“神々しい禁断の果実”とは“神の力”を意味しています」
リュイファンが腕を絡めると彼は仮想空間の空に光る満月を見上げ言葉を継ぐ。
「神から力を与えられた主人公はその心を、最後には壊してしまうんです。神の力を主人公が使い続けるのは無理があった。親友はそれを一番近くで見ていたのに主人公を救えなかった」
悲しげに語る彼の頭をエルフらが撫でる。
「親友――は救えなかった。そして、私も・・・」
彼は視線を落とすと無理やりに笑顔を作り、リュイファンに話しかける。
「レイと戻らないと。それにしても、毎度騒がしい精霊たちですね」
リュイファンの胸元を見ると精霊が顔を埋め揉んでいて、それが他のエルフたちにも引っ付いている。
「仕方ないさ、契約上胸を好きにしていいことになっているのだから。もっと過激なことを要求する精霊もいるしな」
「嫌じゃないんですか?」
その問いにリュイファンは胸元を見ながら答える。
「別に。痛くも痒くもないからな。お前も揉んでみるか?」
その問いに苦笑を浮かべ、『結構です』と返す彼にヨタヨタと歩み寄るのは秋月レイで、精霊を見た彼女はその愛らしさを表現した。
「まるでお人形さんみたいですね。とても可愛らしいです」
「君は誰だ?」
初対面の二人が軽い自己紹介をしている時に、精霊は秋月レイの胸元を見て、その感想を口にする。
「チッパイやー」
その一言で精霊たちは口々に『チッパイ』を連呼する。
「ち、ちっちゃいのは今だけだもん!」
顔を赤めて言う秋月レイにリュイファンは『心配ない。すぐ育つ』と根拠のない励ましをしていた。
リュイファンの胸を揉む精霊を見て彼はついついこぼすのだった。
「欲望に忠実になれる・・・羨ま――、ウォホンッ!度し難い精霊ですね」
その後、【エルフ貯蔵書】に再びリュイファンたちを還した神海翔冴は、秋月レイとともにHITAGI八王子支部の仮想空間研究所を後にする。
彼が使っていたカードで隔離室に送られた古川英一と大家良は、神海風子やHITAGIの幹部社員によって事情聴取され、古川英一は地位の剥奪と市民警察への引渡しで裁判を受けることになり、大家良はメンタルケアの意味合いもかねて異世界保護観察の処分が言い渡された。
この事件ので彼、神海翔冴への処罰は一時保留となり、さらに詳しく神海風子が調べるということに落ち着いた。
結果、古川英一の犯行は彼の救いとなったのだ。
これで、彼の長い一日が終わりを向かえ―――たかに思えたが違った。
彼が帰宅しようとすると神海風子に静止され、『送るから』と転送ポート使わずに直接転送させられる。
すると彼が帰宅したのはいつもの家ではなかった。
出迎えたのはSGたちだった。どういう事なのか神海風子にテレパスで事情を聞くと、どうやらここで彼女らと住むらしい。
つまり、SGの身体的問題を解決するまで全員での共同生活が待っていたのだ。
彼の日常は非日常へと乖離した。いや、元々彼の日常は屈折し交錯し原型を成していないのだから、これも彼の日常なのかもしれない。
ともあれ、これでようやく彼の長い一日は終わり新しい日々がおとずれるのだが、平々凡々とは遠く及ばぬ日常であることは察しがつく。
つづく