その温泉、混浴に付き注意!
「やはり、後藤勇気程度の勇者では倒せない・・・か」
「あなたの予想じゃー。もう少しやってくれるはずだったんでしょうけどね」
異世界には、その世界の発見後に難易度が分かるようランク付けされる。四段階に区別することで、その危険性が一目で分かるようになっている。
「彼――神海翔冴は特Aランクを六近く開放している。それに比べ、後藤勇気はAランク一回開放だったか」
「翔冴とやり合えるのは、きっと僕くらいのもんですよ古川さん。あー・・・でも、彼女たちとは戦いたくないな。操られているだけだしねー」
下からC・B・A・特Aと呼称されて、Cは魔王や危険生物がいない安全な異世界。Bは魔王がいないものの、危険生物もしくは危険分子など一般人が渡るには危ない異世界。
「そうだ。彼女たちは操られている。神海翔冴―――いや、【魔王】という名の称号に。彼を殺して救わねばならない、彼女たちも冬子も―――」
「そうですね。レイを隔離しておく事もそろそろ限界のようですから。あいつには悪いが、この世から消えてもらわないとな――――親友」
Aは魔王がいたり、人から邪神へ成り上がった者が存在しとても危険な異世界。そして、特Aは魔王や邪神が複数存在する為、発見後時間をかけて攻略する――もしくは、そのゲート自体を封印する等の処置がされる。
「私も君も彼とは色々とある。そう思わないか・・・大家良君―――」
流動する温水の音が響く中、神海翔冴は攻撃用スキルを神海風子に封印された状態で、HITAGIの冒険者専用温水施設―――所謂、浴場の一角で汗をかいている。
汗とは、暑いからかく汗とまったく別の汗。というのも、彼は現在温水施設のサウナに敷かれたマットに裸で寝かされ、複数の女性に迫られているからである。
「あぁ~っ。コレ・・・すごく良いわ翔冴!気持ちいい!」
部屋に響く声はとてもいやらしく。神海翔冴同様、裸で彼に絡まる様に抱きつき擦り付けるようにしているのは、二年先輩の幸平栞。
「次は私の番だからね」
同じく裸になり後で待っていた神海美麗の大学での後輩、天王寺美咲が頬を赤くして言う。
自制心―――私の自制心が試されている。気持ち・・・いい――くないです!クッ!侮れないですね、幸平先輩の裸は沙千と違って耐えられないかもしれない。
「ボクたちは、マスターの指舐めていよーか楓子」
「もう待ちきれないものね。そうしようか桜子」
ウルガヌスの双子と呼ばれ彼の同級生でもある二人は、姉の早乙女桜子と妹の早乙女楓子。
彼女たちはそう言うと、彼の右手をペロペロと舐めだした。
「二人ともちょっと待って下さい!順番は?美咲さんの次はアゲハなんだけど――」
「じ、自分も待てません!」
指を銜えて見ていた、彼の二年先輩で生徒会長の倉町アゲハも左手を舐め始めた。
一年先輩のドイツ留学生、リーゼ・ハルカ・クリスティン・ローエンシュタインも銀髪の隙間から青い目を光らせ左手を舐め始めた。
指先に神経が集中しているというが・・・これは!癖に・・・な――らない!コレ位の事なら何度も耐えてきました。
自分で言うのも何ですけど、この頃女性に対する感覚が麻痺し始めているかもしれません。
「もうー、みんな仕方ない子。私も混ざっちゃうわね」
彼女は古川元い長谷部冬子。
高校教師をしていて彼の担任でもある彼女は、顔と顔を近づけ鼻を舐め出したかと思うと口に舌を入れた。
舌?―――舌!絡み、吸い付いてくる!私の!毛ほどしかない理性が!――理性が切れる!
「古川先生!キス以上はダメって言われたのに!」
「“長谷部”って、んっ~ん!――呼んで。んっ」
長谷部冬子のその行為を止めようとする倉町アゲハ。
そして、皆が我先にと彼の上で組んず解れつし始めると。いよいよ、しっちゃかめっちゃかという感じになった。
この様な状況になっているは、神海風子の所為であるのだが。というのも、彼女たちの身体的な部分を検査して問題を見つけたらしく。
その問題というのが実に荒唐無稽で、彼女たち――ここからは神海風子が名付けたSG=翔冴ガールズと呼称する。
SGの身体的問題とは、彼と会う――もしくは触れ合わない期間が長いと発生する。性的欲求の増加による問題で所謂“欲情”というやつである。
神海風子の検査では、その状態が続くと絶命の可能性もあると非常に危険なものらしく。
そこで今回、その対処法として欲情には浴場ということらしいが・・・。それは置いといて、SGには彼との触れ合いを効率よく行ってもらっているところなのだ。
キス以上は無しと言うのは彼にとっての配慮ではなく、原則という形であると神海風子からの命令である。と同時に普段から彼と一緒にいることから今回はお預け――元い、待機をしている神海姉妹の意向もある。
普通に見ればハーレムと言える状況だが、彼にとっては人助けのつもりである。
「みんな!まだ私の番なんだけど!――私も翔冴とキスする!」
SGたちが暴走する中で、本来自分のターンであると幸平栞が体を前後させると、彼の腹部と彼女の腹部が擦れ合い全身もそれと同じ動きとなる。
そうなれば、彼としては自分の毛ほどの理性が切れる寸前まで高まるのは必然で―――。
あれ―――なんだか、どうでもよくなってきましたね。もしかして、これが無の境地というやつですか・・・。
「を!翔冴のが――おっきくなってる!こ、擦れりゅ~。あ!あぁ!ん!」
彼の理性は断裂した――。
「幸平先輩!ん~。少し待てっん!下さい!変な声耳元でっん~!」
吐息が耳にかかるのを止めようとするが、長谷部冬子のキスによりそれを阻まれて、その吐息が彼の精神力を奪っていく。
「だって~、気持ちいいから!言っちゃう!言う!言う~!」
幸平栞のその言葉が“言う”ではない別ものに聞こえなくもなく。
自室の空間グラフィックで観察していた神海風子は呟くのだった。
「これ――何てエロゲ?」
サウナから出てきたSGたちは顔色がよくなっているが、彼のほうは魂をすり減らしたと思われるほどゲッソリとしていた。
「どうやらー、みんな元気百倍アンパンだねー」
空間グラフィックが起動して神海風子の姿が映ると、同じような空間グラフィックが起動し何だかのグラフが幾つも表示された。
「うー、SG全員の欲求は満たされたみたいだねー。いやー良かった良かった。翔ちゃんは何か――色んな意味でHPが減ってる感じだねー」
彼の様子を見た神海風子は指を立てて言った。
「そんな翔ちゃんに朗報なのだー!ふー子ちゃんからのサプライズ~!パフ!パフ!なんと、豪華露天風呂――“風”温泉をプレゼント!思う存分堪能していけばいいのだ~」
「・・・温泉ですか・・・それはいい――ですね。お言葉に甘えさせていただきます」
体をノソノソと動かして転送ポートの前に行き、『ジャンプスタート』と呟くと上下から消えるようにいなくなる。
「自分も一緒に入りたいです」
「ボクたちもなのー」
「ヘイお待ち。君たちには検査をもう一度受けてもらっちゃうから、少しの間お座りさんなのです!」
神海風子の言うことを素直に聞くウルガヌスの双子とリーゼ・ハルカ・クリスティン・ローエンシュタイン。
その様子を見る限り性欲は抑えられているが、それでもSGたちは彼の傍にいたいようだ。
残念そうにしているSGに神海風子は声をかける。
「仕方ない!検査後にならOKってことでー。元気だせー」
そこには仮想風景と現実の温泉、さらにどういうわけか人サイズの富士山がある。
「これは、まー何というか。風情ってやつ―――なんですかね」
服を脱いで体を洗うと、手ぬぐいを頭の上に畳み温泉に浸かる。
「ふー。生き返るとはまさにこのことですね」
それは、彼にとって安らぎの一時。景色云々ではなく、一人きりになるのはあの事件以来久しい。
だが、その安らぎは本当に一時でしかなかった。
「翔冴くん一緒にいいかしら?」
「へ?」
そこに現れたのは、白いタオルを一枚巻いた神海美麗と神海沙千だった。
「翔にぃ大丈夫だった?みんなに変な事されなかった?」
「え!えぇ。特に心配はいりませんよ。――それよりも、どうして男湯に?」
彼がそう聞く理由は、その部屋に男湯と大きなのれんが掛けられているからであるが。
笑顔で彼女たちはのれんに手を伸ばしそれをひっくり返すと、そこには大きな文字でそう書いてあった―――。
「こん――よく?―――――――混浴!」
老若男女人種問わず、裸で1つの温泉に入る文化という名の暴力は日本古来伝統の風習。
その風習は、人によっては何のありがたみもなく今の彼もまったく望んでないことで――。
彼は自分に言い聞かすのであった。
「家族でなら自然ですよね。混浴ぐらい――」
普通ではない。断じて普通ではないが彼は面倒だったのか諦めたのか、清清しいほどの笑顔を作り笑っていた。
{ピンポンパンポン。は~いこちらふー子ちゃんです。翔ちゃんごめんね止めたんだっけど、止まらないのが恋心みたいなもんなんだねー。
みんなソッチに行っちゃうよ~。だから、後はよろですbyふー子ちゃんでしたー}
唐突な放送がその場に響き終わると、緑の転送エフェクトが出現し現れたのは―――。
「翔冴殿!一緒に入ってもよろしいでしょうか」
真っ先に出現したのはリーゼ・ハルカ・クリスティン・ローエンシュタインだった。
「リーゼさん!何でもう裸なんですか?」
彼女は【冒険屋】と【情報屋】の称号を持っていて、それを用いたアルバイトをして日本で暮らしている。
彼とは何度も情報を交換している仲だが、実際同じ異世界に行ったことはない。
「翔冴殿!いつも自分のことは、ハルカと呼んでくださいと言っているではないですか!そのほうが自分、うれしいであります」
「そうではなくてですね・・・もういいです。お好きにどうぞハルカさん」
もう勝手にどーぞって感じに投げやりになる彼は、口元までお湯に浸かるとブクブクと泡を作るように息を吐いた。
「では失礼して」
リーゼ・ハルカ・クリスティン・ローエンシュタインは向かい合うように彼の上に座ると、お湯に浸かる口元で彼はゴボッと大きく息を吐く。
「何をしてるんです!ハルカさん!」
「リーゼさん!翔にぃにくっ付きすぎ~!」
神海沙千は強引に二人の間に割り込むとリーゼ・ハルカ・クリスティン・ローエンシュタインと向かい合う。
「風子さんもダメって言ってたでしょ!」
「自分は触ってないでありますが」
二人は気付いていないが、最強とまで呼ばれた男神海翔冴は温泉で美人に馬乗りになられ、今にも溺れて気を失いそうになっている。
「こら。二人とも翔冴くんが溺れちゃうわよ」
「ぶぅ!はぁ!はぁっはぁー。助かりました姉さん」
「いい加減、美麗ちゃんって呼んでよね。
溺れてから助ければよかった、そうすればキスできたのに・・・。勿体無いことしたわね」
彼を強引に引っ張り上げた神海美麗は、助けた後で気付いたように口にする。
「あまり、イジメんで下さい・・・。もう精神的に限界きてますです」
そうこうしているうちに、次に転送されてきた倉町アゲハはその福与かな胸を弾ませながら駆け寄ってきた。
「皆さんおそろいですね。って!どうしたんですか?翔冴さん」
「気にしないで下さい倉町先輩・・・」
生徒会長を務める彼女は、幸平栞にくっ付いて異世界へ冒険に行き【魔術師】の称号を得て、彼とも何度かパーティーを組んでいる仲だ。
ゆっくり温泉に浸かると彼女の胸が湯に浮かぶ。
「ふー気持ちいい」
「倉町先輩だけですよ。私を見てすぐ跳びつかないのは」
彼は心からの言葉を告げて再び人心地つく。
「それは、日本女性の古き良き大和撫子の心がけです。おしとやかこそアゲハの美学ですから」
そう言うと彼女は胸元を腕で隠すようにし。
「恥じらいも必要ですよね?翔冴さん」
「その恥じらいを他の皆さんにも持ってほしいところです」
彼と倉町アゲハの睦まじい雰囲気に、その場にいた他の三人は顔をムスッとさせる。
「またマスターが浮気してるの。どうする楓子?」
「桜子。ボクはやっぱりマスターに首輪が必要と思うの」
気付けばそこにいるウルガヌスの双子たち、その銀髪と金髪は以前は普通の黒髪であったが、異世界でウルガヌスを倒した時からそうなってしまったらしく。
以来その二つ名で呼ばれる彼女たちは、特Aランクで魔人に囚われて魔王の生贄にされそうだったところを、彼の助けで救われてからはマスターと勝手に呼び慕っている。
「二人とも根本的に間違ってます。私が首輪をつけたら君たちがマスターじゃないですか」
彼のその言葉に『あー』と顔を見合わせて。
「それは困るよね楓子」
「そうね桜子。マスターのマスターにはなりたくないものね」
音を立てて温泉に入る双子の胸は、決して浮かばないであろう大きさに止まり、それを見る限りでは発展途上であると窺える。
ジーッと双子を見ていた彼を見て、神海沙千が顔をふくらませて話す。
「翔にぃはちっぱいが好きなの?ロリコン?」
彼はその言葉に溜め息まじりで『幼女には興味ありません』と一蹴する。
それを聞いた双子は『ボクたちのこと嫌いなのマスター』と落ち込むところを見ると、自ら幼児体型という自覚はあるらしい。
「別に二人は子どもじゃないですよね。それなりに大人だと思っていましたが――」
お世辞交じりの彼の言い方に、顔を見合わせ双子は密談する。
「聞いた楓子?マスターはボクたちに大人の魅力を感じてるみたいなの」
「そうらしいね桜子。ボクたちの溢れる大人の魅力にマスターはメロメロなの」
ウルガヌスの双子の言葉を聞いて、神海沙千は胸を揉みながら声を大にして言った。
「大きい方が翔にぃは好きなんだもん!」
大きいとか小さいとか―――女性の善し悪しは胸だけで決まることでもないでしょうに。男の私には分からない領域なのでしょうか。
「それなら私のが一番ですよね」
両手で隠しきれないほどの豊満な胸が特徴的な長谷部冬子が、その胸を弾ませながら温泉に足をつけると勢いよく肩まで浸かる。
その胸が湯に浮かぶと彼の頬が赤らむ。
「でも大きすぎると、肩こりとか可愛いブラのサイズがなかったりとか、そう良い事ばかりじゃないのよね」
「そうですよね。同意見です冬子さん」
同じく両手で隠しきれない豊満な胸の持ち主である神海美麗が、胸を下から上に数回揺らす。
「先輩のは大きいですからね。私も羨ましいです」
天王寺美咲はそういうが、彼女の胸もまた福与かであることは見れば分かる。
三人の胸を見て彼の頬が赤らんだことに、肩を落とす神海沙千とウルガヌスの双子は、『やっぱりでっぱいの方がいいんだ』とすねる。
「自分たちも勝ち組ですね!アゲハ先輩」
「ん?何がですか?ん?んん?」
{ピンポンパンポン。は~いこちらふー子ちゃんです。
全員分の検査が終了~というわけで解散してもOK、でもでも翔ちゃんにはもちょっとお話があるから居残りさんです}
唐突な放送がその場に響くと、相変わらずの異常なテンションで神海風子が言う。
「あれ?シーちゃんは?」
シーちゃんとは幸平栞の事で、そう呼ぶのは倉町アゲハだけだが、確かに幸平栞だけがその場で姿が見えない。
{あ~。そだー。幸平ちゃんは後藤勇気くんとの野暮用で、もちょっと預かりますのでよろです。byふー子ちゃんでしたー}
「なるほど。ちゃんとシーちゃんのこと、今度こそ後藤くんに諦めてもらうんですね」
今回の一件の主である二人に話し合いの場を設けたのだろう。彼は当面適当な場に篭るのも考えていたが、SGたちには会わなくてはならない事情も増えたことで、それも出来なくなってしまった。
ゆえに実質彼は、自主軟禁状態を続けなくてはならない。
後藤勇気と幸平栞の関係も気になるところだが、彼としては何事も無事に解決できればと思っていた。
温泉を満喫したSGは神海風子の権限で各自帰宅した。
彼はというと、神海風子の話を聞くために待機室で待っていた。
「話とは称号【魔王】のことですかね。その能力の本質が分かればどうにかできるでしょうから」
ふと、これまでの事を頭に思い浮かべて彼のサポートスキル【放浪の詩人】が発動する。
「なんと狂おしい存在か。破綻の災禍か―――呪われた因果か――」
この能力は時折無意識に発動する芸術系スキルで、元々戦闘用ではないがオート性能がある数少ないスキルである。
「翔ちゃんイカス!ふー子ちゃん惚れる~!あ、やば・・・鼻血でた――」
空間グラフィックの展開後、それまでのテンションとはまったく違う神海風子が現れる。
「また観察してたんですか?まったく風子ちゃんは・・・」
自分の叔母をちゃん付けで呼ぶと我に返り落ち込む。
母の妹――35歳の叔母に“ちゃん”ってどうなのだろうか――。言ってる私も慣れてきましたね。
「待たせてゴメ~ンね翔ちゃん。幸平ちゃんと後藤くんの話がグルグルにねじれちゃって~」
その言い方で話し合いは失敗に終わったと推測できる。
彼は小さく溜め息を吐くと頭を切り替えて本題を伺う。
「それで、話とはなんですか?彼女たちを帰したという事は、それなりに重要なことなんですよね」
推測はできている。そういう感じに聞く彼をみて、神海風子は『ほほ~』と声を出す。
「もう気付いてると思うけど。秋月レイと大家良が古川英一と同じく行方不明なんだよね」
いつものひょうきんさの欠片もない神海風子の喋り方は危機迫る感が漂う。
大家良は彼と小学校の同級生で、RD事件で世界初の【勇者】の称号を得た者として世間では知られている。
一方の秋月レイは神海沙千と同級生で幼馴染。
彼とも幼い頃からの長い付き合いである。
中学に上がってからも彼を『お兄ちゃん』と呼んでくる妹のような存在だ。
RD被害者の一人でもある彼女は、【治癒士】の称号を持ち回復のスペシャリストとして異世界攻略時に重宝される。
「レイは監禁――もしくは隔離されているんでしょうね。彼女たちと同じ現象が起こっているとしたら、もうそろそろ危ないんじゃないですか?」
彼も表情を強張らせて神海風子の意見を聞く。
「タイムリミットは後1日ほど。それまでに見つけないと彼女――死ぬかもしれないわね」
現実をありのままに話す神海風子は、もう1つの空間グラフィックを作動させてそこに移った地図を指しながら話す。
「ふー子ちゃんの情報網によると彼ら、いいえ彼女はその地図の赤い点にいるわね」
彼は決意したかのように眼を閉じて言う。
「私一人で助け出します。救出任務は得意ですし」
「相手は大家良と古川英一だから、ふー子ちゃんもバックアップしてあげるわ」
彼は地図を見つめその場所の名前を口にする。
「八王子支部の仮想空間研究所・・・トラップあり障壁ありの高難易度ダンジョンってところですか――。
これは、傷を負わずには無理そうですね。彼女たちに心配させたくはないのですが、【アルフのテシア】で直ぐ知られてしまいますからね」
HITAGI八王子支部の仮想空間研究所とは、いくつかの地下区画に並列の仮想空間を作り、その一つ一つを繋げる実験をしている。
研究員は少くないが、仮想空間は数十から数百ある為に隠れるには事欠かない。
その仮想空間の一つをホテルの様に作り変え、そこにあるダブルベットには中学の制服を着た女の子が、両手を頭の上で縛られた状態で寝かされている。
その横で学制服を着て椅子に座る男は、その子の顔をジッと見つめている。
「どうやら落ち着いたようだな」
赤い転送エフェクトとともに白衣を身に纏った男が低い声で、椅子に座る男に話しかける。
「いやー大変でしたよ。
さっきまでは『お兄ちゃんに会いたいの』とか『あなたを許さない』とか、最後には『助けて翔冴お兄ちゃん』って涙流しながら言うんですよ」
空の注射器を手に取って、白衣の男がアゴを触りながら少女を見る。
「鎮静剤の効きが悪くなっているようだ。早々に問題を解決しなければ、おそらく彼女は――」
「古川さんには感謝してますよ。俺だけだったらレイをあいつに・・・、翔冴に渡さないといけなかったですからね――たぶん」
白衣の男は古川英一、HITAGIの研究主任で旧姓長谷部冬子の夫。
椅子に座る男の肩に手を置くと表情を曇らせて話す。
「私も似た様な情態だから、君の気持ちはとても分かるよ。―――大家良くん」
大家良は、ベットで寝る秋月レイの涙の跡を拭うとスッと立ち上がる。
「でも、もうすぐこの生活も終わりますけどねー。
レイをあいつから解放してあげられるのは僕だけッスからねー」
右手に青い閃光が瞬き、パーティクル コンバージョンされた何かを出現させる。
分厚い本に見えるそれを左手の甲で叩くと、笑みを浮かべ古川英一に見せて言う。
「あいつを倒せるかもしれないとっておきの隠し球もありますしね。」
そう口にする大家良の笑みは、不気味に思えるほどのものだった。
つづく