その勇者、後藤勇気に付き注意!
「はい、こちらHITAGIシミュレータ受付、担当の聖です」
「こちらこちら。ふー子ちゃんだけど、会議ちょっと長引きそうだから彼に伝えておいてヒーちゃん」
異世界における勇者は一人。詳しく言うと一つの異世界で一人しか生まれない、そう解釈するのが正しい。
「彼?彼というのは、どちらのですか?現在、シミュレータ28番個室戦闘フィールドでは、神海翔冴と後藤勇気両名が入室しています」
「―――何ですと!その二人が今一緒にいちゃったりするの!何で二人を同じフィールドに入れたのかな!」
賢者や聖人はどの異世界にもあり、どの異世界にもない。というのも、それを得られる者は極稀であるからで、それ相応のリスクも必要となる。
「え?不味かったですか?古川主任の許可も得ていますが――――」
「古川英一――古川冬子の旦那さん・・・。なるほど―――だから、彼等が・・・」
称号は、眼には見えないが確実に人に付属されるのである。天才・秀才・幸運、その逆もありえると言えよう。
「とりあえず、Bアラート出しといてくれるかな。色々起きると思うから――」
後藤勇気の武器は槍【グレイスディバイン(魔術師の雷)】でその形状は、矛先四十センチの刀身が青く光り手元は白く染まっていて金色のラインが螺旋を巻き、石突きには青い水晶が付いている。
見るからに神具らしきその槍を手元で幾度か回しながら突く。その速さは光速の域に足しているようで、インパクトの瞬間に音が遅れて聞こえるほどだ。
戦闘用スキル【神殻武装・鋼】を展開している翔冴は、その白い六枚の盾で無数に突く槍をすべて受け止めている。
「ディバインストーム!」
その言葉で、振上げた石突きの青い水晶から無数の雷が放たれ彼を囲んでしまうが、戦闘用スキル【無限の戦域】マーキングしたポイントからポイントへ移動する能力を発動させ、後藤勇気の後方へ現れそれを回避する。
「空間移動系スキルも使えるのか。避けようと思えばいつでもできたって面しやがって―――ムカつくんだよー!」
戦闘用スキル【神殻武装・鋼】を消す翔冴はゆっくりと口を開く。
「そろそろ止めにしませんか?無益ですよ、こんな戦は・・・」
そう言われた後藤勇気は完全に怒りを表し、眉間にシワを寄せて声を荒げた。
「無益だと!ああ、そうだな!お前にしたらそんな程度だろうな!栞の事も遊びで誑かしたんだろ!」
「もし、彼女の気持ちが変わってないとしたら?どうしますか?」
翔冴の言葉に聞く耳を持たず、後藤勇気はその槍を体と腕で回すと突撃姿勢に入りジリジリと近付いていく。
刹那――――その光速突きが翔冴に襲い掛かり胸元を狙う。が、それは胸の前に構えた翔冴の左腕に当たり少し貫通した。
「な!」
声を発したのは後藤勇気。当たらないと思っていたのだろうが、貫通した理由は至極簡単で翔冴自身何の高位防御スキルを発動させてないからだ。
驚きを隠しきれない後藤勇気に諭すように話す。
「そんなに私が憎いですか?殺したいほどに?ですが、勇者の称号を持っているあなたにできますか?」
そう勇者の称号を持つ者は、その称号ゆえに悪意無き者へ攻撃はできない。翔冴自体その称号の持ち主で、もし悪意無き者へ攻撃が当たり傷つけたりした時の持ち主へのフラッシュバックは硬直と戦闘意欲の低下である。
しかし、翔冴を傷つけた後藤勇気はそのどちらの症状も出ていない。
そのことに疑問を持つ翔冴はさらに続けた。
「後藤先輩―――あなたは私を傷つけることができた。これが異常であるということは分かるはずです。ですから、原因を究明する時間をください」
ゆっくりと右腕を差し出して後藤勇気の返答を待つ翔冴だったが、返答ではなくその槍が左肩に刺さった。
「そう言うのはお前の勝手だが!俺はお前の指図は受けない!」
傷口から血が流れ翔冴は顔に僅かな歪みを表し、後藤勇気は口に嫌味な笑みを浮かべる。
その頃――秋葉原HITAGI本社で警報が鳴り黄色のランプが点滅していた。
「どうした!Bアラートがでてるじゃないか!」
社員や研究社員さらに異世界門通称【COG:コーグ 】を利用するための客が困惑や混乱状態にあるのは、転送ポートに突如現れた女性二人が封じられているはずのスキルを使い粒子変換された武器を展開したからである。
そのうえ警報とともに出てきた警備のロボを一瞬にして破壊してしまい。二人の女性はその後、シミュレータ個室戦闘フィールドに繋がる転送ポートの一つへ入っていった。
「それが突然の出来事でして・・・異世界の武器をパーティクル コンバージョンしてまさに一瞬、アッと言う間って感じでして―――」
「スキルは封印しているはずだぞ。いったいどう言う事だ!神海くんには?」
「はい。あの人からの命令でBアラート、各ブロックの閉鎖と広域対人防壁さらに治癒士待機が完了してます」
「彼女に、この事態予測しえたというなら対策は問題ないだろう」
そう言うと幹部社員らしき男はそばにあった円椅子に座ると、ため息混じりに『予測できたなら、警備部の俺にも一言連絡が欲しかった―――予算が!』とブツブツ呟いていた。
【グレイスディバイン(魔術師の雷)】の刃先が抜かれた瞬間、彼はよろめくが戦闘用サポートスキル【草木の精霊の祝福】によりその傷が癒える。
完全に傷を塞いだその肩を何度か回して、穴の開いた服見て少し気を落としその視線を後藤勇気に向けると、【天帝の番】―――二本の短剣と戦闘用スキル【神殻武装・鋼】を出現させて彼は上下に構えた。
「やっとやる気になったか?こっちも本気で行くぞ!」
後藤勇気は、【紅玉剣】なるその名通りの刃が薄く透けて赤く輝き放つ勇者の剣をパーティクル コンバージョンし、素早く左右に振り構えて【グレイスディバイン(魔術師の雷)】よりも速く、そしてその一撃は彼の戦闘用スキル【神殻武装・鋼】を一枚また一枚と砕いた。
「後藤先輩が私に攻撃できること自体、おかしいとは思わないんですか?」
「うるさい!貴様が悪だからだろう!悪いのはお前だ!悪しき者はこの俺が裁く!」
半ば狂乱した後藤勇気がその剣で斬りかかろうとし、【天帝の番】でそれを防ごうとするがその時だった。
現れた一人は勇者の剣で【紅玉剣】を防ぎ、もう一人は魔術師の杖から出した白い鎖で後藤勇気の手足を縛った。
【クロスソード】その十字架状のパーティクル コンバージョンした勇者の剣を持っているのは、幸平栞――後藤勇気の彼女で神海翔冴の先輩にして異世界を救った勇者でもある。
そして【フォースロッド】その一見柄の無い剣にも見間違える様な柿色の杖を持っているのは、倉町アゲハ――幸平栞の同級生にして生徒会長で栞と同じ異世界で魔術師の称号を得た同じく神海翔冴の先輩。
彼も後藤勇気もその顔に戸惑いと疑問と困惑を浮かべているが、先に口を開いたのは後藤勇気だった。
「栞なんで!君がここに?学校にいるはずだろ――どうして!」
その一言に対し【紅玉剣】を防ぎながら幸平栞はハキハキ話す。
「どうしてはこっちの言葉よ!あんたがまさか翔冴にこんな酷いことするなんて!」
「栞、君は騙されているんだ!こいつに!」
後藤勇気はその怒りを顔に出して彼を睨む、その態度にさらに声を荒げて幸平栞は話す。
「あんたって本当に最悪だわ!私と別れたことを恨んで翔冴にこんなことするなんて!不潔!耐えられない・・・本当最悪!」
「そうです!勇気くん、あなたが彼にしたことは逆恨みでしかないんです。最低の行為です!」
幸平栞に続いて倉町アゲハが後藤勇気にその表情を強張らせて言う。
「倉町――――君まで!貴様!貴様が!絶対に許さない!」
何だこの度し難い状況は。なにがどうなっているんだか、訳が分からない!こんなタイミングで彼女等が来るなんて・・・。ああ――神がいるならどうにかしてほしいものだ。
「あの―――幸平先輩、倉町先輩・・・あまり後藤先輩を責めないであげてくれませんか」
両手に持ったドラゴンの鱗で作られた金と銀の短剣【天帝の番】をパーティクル コンバージョンしてしまうと、自分を護ろうとする二人に落ち着くよう話す。
しかし、状況は良い方へは簡単に向かわず――――彼が肩を触るのを見た幸平栞は、【紅玉剣】を払いのけ【クロスソード】を地面に刺すと彼に寄り添って心配そうな顔で声をかける。
「肩・・・あいつにやられたの?大丈夫?ごめんなさい―――今、私が―――」
幸平栞はそう言うと彼の肩をペロペロと舐めだした。その途端、倉町アゲハと後藤勇気と舐められた本人もそれぞれ声に出して驚いた。
「シーちゃん!ずるいです!アゲハだってペロペロしたいのに―――」
倉町アゲハが駄々をこねるように言い、後藤勇気はその額に怒りを浮かべてさらに彼を睨みつけた。
「貴様~!栞から離れろ!―――くそ!殺す!殺す!」
「アゲハも舐める~」
発狂する後藤勇気を倉町アゲハが、【フォースロッド】から出る白い鎖を増やしてさらに強く縛り、その杖で地面を二回小突くとその場に強固に固定してから彼のもとへと駆け寄った。
肩から首からペロペロと舐められることに困惑する彼は、その場を治めるきっかけを掴めないままでいたが二人に今ある疑問を聞いてみた。
「なぜ僕たちがここにいると?それによくスキルを使えましたね。申請にはそれなりに時間がかかるのに―――」
そう問いかけられた幸平栞の予想外な答えに彼は驚き、その情報に補足するため倉町アゲハは言う。
「申請なんて出してないよ。そういえば―――どうして使えるんだろ?」
「出していない?それはどう言う――」
「スキルに関してはそうですけどここにアゲハたちがここに来たのは、虫の知らせって感じでビビビって来ました」
なんともアンポンタンな説明に彼は『は?』と声を出してしまった。倉町アゲハはもっと分かりやすく説明しようと言葉を選びさらに話す。
「学校の授業を受けていたのですけど。突然、腕に痛みが走りこれは翔冴さんに何かあったと思いまして、なぜかここに来なきゃと思ったんです。
それで、ここに着いてみれば肩に痛みが―――その時、スキルがなんとなく使えてしまいまして―――」
これも特殊な状況ですね・・・しかし、これは―――まるで法則を捻じ曲げる。いや、破壊する【ルールブレイカー】並みの威力があるスキルに間違いないでしょう。
つまり、これも称号【魔王】の影響に間違いないはず。ここまでの能力があるとすれば、パーティー内の危機を察知できる【アルフのテシア】それを彼女等が発動しているとしたら・・・。
それより―――これ以上は耐えられないかもしれない。
その思考に到達したところで、そこにいるはずない声がして―――。
「翔にぃ~から!離れて!」
現れたのは神海沙千。
その手には、またまた別の異世界で得たであろう全体的に白くて刃に赤いラインが幾重かに交差しているのが特徴的な勇者の剣を持っていて。
勇者の剣と思われるその剣を、驚くほど遠くに投げ捨てて神海沙千は彼に駆け寄ると、そばにいた幸平栞と倉町アゲハをはがし退けて。
「翔にぃ!心配したんだから!風子さんから連絡もらって、そしたら腕が―――」
倉町アゲハと同じようなことを神海沙千は言ってギュッと彼に抱きついた。
「翔にぃ~良かった無事で」
「こら。沙千!今、私の考えがまとまりそうだったのに。離れてください」
神海沙千が彼にキスしようとした途端に、炎と氷の魔法が彼の真横を通り抜けると少し離れた所で交わって爆発する。
彼が魔法の飛んできた方に視線をやるとそこには、見慣れた同じ顔が二人して頬を膨らまし怒っている。
早乙女桜子と早乙女楓子は、彼と同学年の双子の魔法使いで何度か異世界を冒険した仲だ。
「マスターがまた他の女とイチャイチャしてるの。ボクは調教が必要だと思うの―――楓子もそう思う?」
「桜子の言うとおりだと思うの。マスターはすぐ浮気するの。これはもう調教するしかないの」
早乙女桜子が銀髪の上にある傾いたとんがり帽子を直して言うと、同じく金髪の上にある傾いたとんがり帽子を直して早乙女楓子は答えた。
二人の会話を聞くや否や神海沙千は怒った口調で話した。
「翔にぃを調教なんってさせないんだから!この人たちって確か―――翔にぃの」
「姉の桜子と妹の楓子。ウルガヌスの双子って通り名が有名な、私のパーティーメンバーです」
次の瞬間には、神海沙千・幸平栞・倉町アゲハ・早乙女桜子・早乙女楓子が、それぞれ言い合いの嵐になりとても収拾のつかない事態に、もうどうにでもなれという感じで彼は言った。
「静粛に!みなさん平常心です!いったん落ち着きましょう―――いいですね!」
それぞれ返事をしてなんとかその場を治めて彼の言うとおりになり。もう一人、今にも爆発しそうな男をゆっくり見ると話をしようとするが―――。
「お前と会話する気は無い。だから黙れ!」
後藤勇気は彼の周りにいる彼女たちを見てうなだれ呟た。
「お前は色んな女を手にいれて、まるで“魔王”みたいだな―――」
その会話を最後にその手から【紅玉剣】が消え去った。
彼はホッと胸をなでおろし、その瞬間聞きなれた声がテレパスで頭に直接響く。
〔ハロハロオーディエンス。こちらふー子ちゃんでーす〕
その間の抜けた声が今は不思議と心地よく聞こえるのは、それだけ彼が動揺していたということだろう。
〔今こっちから後藤くんのスキルをロックしたよ。あとは隔離室に転送するからもういじめないであげてね。〕
「なるほど、だから彼の武具が―――助かりました。風子お――オホ!ゴホ!―――ン゛ン!・・・風子ちゃん」
危なく彼女――神海風子のブラックワードを口に出して逆鱗に触れる所だった。
〔これでもふー子ちゃん、ドタバタと忙しいんだよね。か・な・り!ふー子ちゃんに感謝しちゃってもオーケーて感じだよー〕
「感謝ですか・・・、後藤先輩がどうして風子ちゃんの指定した個室戦闘フィールドに入れたのか。後、彼がスキルを使えた訳も聞きたいですね」
〔あー、それはnext timeってことで―――。それより翔ちゃん、早く待機室に来てよーもうみんなパンクしちゃう〕
神海風子は慌てている様子で唐突にテレパスを終了した。
「待機室?みんな?どういうことだろう?」
彼の問いに彼女たちも首をかしげた。
後藤勇気は隔離室に転送され、彼らもシミュレータ28番個室戦闘フィールドを後にした。
神海風子の指示どおり待機室に入る彼と彼女たち。そこには、どの顔も彼の見知った女性たちが四人――怒りや不安・焦りと言った面持ちで待っていた。
彼の姉、神海美麗とその後輩の天王寺美咲、担任の古川冬子にドイツ留学生のリーゼ・ハルカ・クリスティン・ローエンシュタイン。
神海風子の説得で、そこに止まっていたのであろう彼女たちは彼の顔を見るなり声を上げ駆け寄った。
「翔冴くん!大丈夫?――――もう!心配したんだから」
彼の体を隅々という感じで神海美麗が調べて、無事を確認するとその胸を押し付けるように抱きしめた。
それに続くように、古川冬子が後からまたまた胸を押し付けて肩に手を置き言う。
「神海くん。本当に心配したのよ―――」
「古川先生!ずるいですよ。彼を心配していたのは自分も一緒です!」
声を荒げたリーゼ・ハルカ・クリスティン・ローエンシュタインは引き剥がすように古川冬子を引っ張り、天王寺美咲も神海美麗と彼の間に強引に割り込むようにして言った。
「美麗先輩は彼の姉なんですから、そんなに抱きついちゃだめです!」
彼に群がる四人を見て残りの女性たちも加わり大混乱になった。
服を脱ぐ者もいて、彼のただただオロオロとしている姿は十六歳の高校生そのものだった。
この状況をどうにかするスキルを彼は持ち合わせていない。なるようになって、ようやく落ち着いた全員に古川冬子が話を切り出した。
「こうして見るとみんな共通点があるわね。なんか懐かしいわ」
「あーこの前の翔冴くんの魔王討伐の時の―――」
神海美麗言う、が古川冬子は首を振りさらに続けた。
「違うわ。ほら一年前の事件よ、あの中野区壊滅事件の時のよ」
「え?ああ!」
異世界の旅行や勇者の数が増えてきたことで同時に増加したのが、一部のスキル保持者が違法にスキルロックを解除。その上で、デュエルと言う自己の力を見せ付けあう行為が横行した。それによる死者や勝者が敗者を隷属化すると言ったことも稀にあった。
そして、一年前―――そのデュエルで常に勝者たり得た者がいた。名を鈴木健。当時中学二年だった鈴木健は、その力【コンダクター】―――他者を支配し隷属化するスキルを持て、複数の勇者や異世界冒険者で軍を作り中野区を中心に世界を支配しようとした。
その強さは数値にすら表せず測りにすらかけられないもので、HITAGIもできるだけの勇者でそれに対したが結果は散々なものだった。すべての勇者が諦めかけたその時、異世界を救いに出かけて不在だった神海翔冴が帰還した。
その瞬間、【コンダクター】による多数のスキル保持者で構成された軍隊と【ワンマンアーミー】の称号を有する一人だけの軍隊の戦争になった。
結果は神海翔冴の圧倒的快勝に終わったが、中野区が壊滅的打撃を受けたこと一部空間の剥離が爪痕として残った。この事件は死者を出さなかったこと、操られた者にその間の記憶が無かったことが幸いして、真実は隠され関係各位に機密を徹底してメディアには爆発事故という政府の都合のいい形で落ち着いた。
ちなみにその事件で神海翔冴のサポートをしていたのが、待機室にいる彼女たちと神海沙千の同級生で彼の後輩秋月|レイという女の子。
「そっか~あの時か~いや、ふー子ちゃんうっかりさんだった」
突然待合室の空間グラフィックが起動したかと思うと女性の姿が映っている。神海風子だとその言動から理解はできたがあまりに唐突だったため、その場にいる全員が声を上げ驚いた。
「ハロハロこちら超絶天才美少女ふー子ちゃんでーす――まさかの共通点発見にビビッときたよーつまりこれで翔ちゃんの能力の効果が大体分かっちゃた訳だねーふー子ちゃんあったまいい~この能力は―――」
息継ぎ無く喋る神海風子はどうやら興奮しているらしく、彼はその内容が彼女たちに秘密であることを理解していたため言葉を挟んだ。
「所で、今回の一件はどういう経緯だったのですか?」
空間グラフィックが生き物の様に止まったり動いたりして、神海風子は今回の話をする。
「ではでは、今回の一件について語っちゃおうかなー。まず今回どうして後藤くんがスキルを使えたのか気になっちゃう感じだよね。そして、どうしてシミュレータ28番個室戦闘フィールドには入れたのかも。
それは、古川冬子ちゃん君の旦那さん古川英一という後ろ盾があったからなんだな~これが」
古川英一はHITAGI本社の研究主任社員で古川冬子とは夫婦関係である。
古川冬子の一つ上の二十九歳―――その若さで古川英一次期副社長候補で神海風子とはライバル関係。
さらにその彼の研究内容はスキル関連の拘束術とその独自変換術。
ちなみにパーティクル コンバージョンは神海風子が基礎理論を考え放置していたのを、古川英一が色々と変化を加え完成させた物でその事実は多くの研究者が知っている。
「彼が後藤くんのスキルロックを解除して、翔ちゃんを亡き者にってね。ま、失敗に終わったんだけどな。
それでね。彼が今、行方不明なんだけどー古川冬子ちゃん?知らないかなー」
神海風子は空間グラフィック越しで古川冬子に喋りその顔色を窺う。
「実は私、英一さんとはお別れしようと思いまして。
その・・・今は実家に住んでいるので彼の事はちょっと分からないんです。
あと、古川でなく旧姓の長谷部と呼んでください」
古川冬子の話に声を上げて驚いたのは彼だけだった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!先生それは―――原因を聞いてもいいですか?」
「冬子って呼んでいいのよ神海くん。原因――そんなにたいした事では無いのだけど。
英一さんよりも神海くんの事が好きって気付いたから・・・かな」
原因が自分ではないと思いたかったのだろうが彼の願いは儚いものだった。
やはり私だった。ここにいる女性はなんだかの能力で、これほどまでに私に思いを寄せている。
呪いとはよくいったものだ・・・人の運命に影響を与えすぎだ。
私がこの世の縁を謀っている。
これでは魔王と言われても仕方が無いですね。どうするべきか、なにをどうすればこの事態を解決できうるのか―――。
「大丈夫ですか?」
そう彼に聞いたのはリーゼ・ハルカ・クリスティン・ローエンシュタインだったが、その言葉はそこにいる彼女たち全員が思っているという事は心配そうな表情から窺えた。
彼は顔に笑みを浮かべて、彼女たちを安心させようと笑って見せた。
「いいえ――大丈夫です」
こうして古川英一の企てた後藤勇気による神海翔冴暗殺はひとまずの終止符を迎えた。
しかし、この時古川英一が次の計画を進めていたことはまだ誰も気付いていなかった。
つづく