7話
ノエルさんが迎えに来てくれる。
久しぶりに会うけど、ちゃんと話せるかな…。
緊張する。
「桜庭さん、話、終わりました?」
「あ、はい」
「もう、探したんですよ…。悩み、あるのでしょう?話して下さい」
「え、でも、本当に個人的なことですし、坂上さんを煩わせるわけには……」
それに、もうすぐ迎えに来てくれるし、解決すると思う。……多分。
「個人的なことでもいいんです。あなたの力になりたいから…」
坂上さんがあたしに近づいて来て、熱っぽい眼差しで見つめられた。
手が、あたしの頬に触れる。
「桜庭さん、僕ではあなたの力になれませんか?それとも…もうすでに心に決めた人でもいるのですか?」
心に決めた人…。
「坂上さん……、あたしは、あなたの部下です…」
坂上さんの熱っぽい眼差しに耐えかねて、あたしは視線をそらせながら答えた。
「確かに、あなたは僕の部下ですが、一人の女性として見ています。同じように、一人の男として見てはもらえませんか…?」
「あたしには……好きな人がいます…。坂上さんは、上司として尊敬…しています…」
里絵が言ってたこと、本当だったんだ。坂上さん、あたしのこと気になってるって。
でも、まだ不安はあるけどノエルさんが好き。
「そうですか…。もう、好きな人がいるのですね…。僕はあくまで上司、ですか…」
落胆した声。
手も、頬から離れた。
「悩み、打ち明けてもらいたかったです。たとえ、恋人になれなくても、あなたの上司として」
「坂上さん…」
視線を戻すと、一瞬つらそうな顔してたけど、それはすぐ消えた。
坂上さんには申し訳ないけど、これはあたしの気持ちの問題だし、ノエルさんと話さないことには、解決しない。
っていうか、里絵、坂上さん引き止められなかったのかな?今ここに、こうしているということは。
「そういえば、電話は誰と話していたのですか?」
「え?あの、知り合いというか、友人というか…。迎えに来てくれるらしくて」
「それで場所を伝えていたのですね」
その、迎えに来てくれる人が好きな人であり、悩んでる原因なんだけど。
「桜庭さんを迎えに来る人が、あなたの友人で良かったです。恋人なら…嫉妬、してしまいそうです」
耳元で囁かれた。
ノエルさんとは違う、低音の声が響く。
坂上さんに憧れてる人にとって、耳元で囁かれるのはすごく羨ましいことなんだろうけど、あたしはドキドキしない。
ドキドキするのは、ノエルさんだけ。
ノエルさんのこと、咄嗟に友人とは言ったものの、あたしにとってそれ以上の存在。
隠す必要はないのかもしれないけど、坂上さんの気持ちを知った今、言い出しにくい。
それとも、はっきり言った方がいいのか…。
ノエルさんが迎えに来たら、どっちにしろ分かってしまうかもしれないし、言っちゃおうかな…。
「あなたに好きになって貰える男性が羨ましいです。こんな可愛い人なのですから」
「そんな、あたしは普通です…。あと、迎えにくるのは、友人って言いましたけど本当は――」
────ピリリリリッ────
「あ、すみません。ちょっと電話でます」
一言断ってから電話にでる。
『あ、穂乃花ちゃん?もう着いたんだけど、どこにいるの?』
◆◇◆◇◆◇
ノエルさんにすぐ行くことを話し、電話を切る。
「迎えに来たみたいなので、帰ります」
「分かりました。では、外までお見送りさせて下さい」
お見送りって…。上司である坂上さんに、そんなことさせるわけには…。
戸惑ってると、
「これくらい、させて下さい」
そう言って、柔らかく微笑んだ。
外に出ると、メタリックシルバーのスポーツカーが停まっていて、そこにノエルさんがいた。
以前会ってから、一ヶ月も経っていないのに、すごく久しぶりな気がする。
ノエルさんがあたしに気づいた。
「穂乃花ちゃんっ!」
駆け寄ってきて、ぎゅっと、抱きしめられ、あたしもノエルさんに腕をまわした。
あのときと、同じ香水の匂いがして、ドキドキする。
「ノエル、さん…」
ノエルさんに会えたことが嬉しくて、でも、切なくて。
ちょっと、泣きそう。
「……桜庭さん、その方が…友人、ですか?」
あ、坂上さんがいるんだった。
「友人、と言う割には…随分と仲良さそうですけど」
「あの、これはっ」
坂上さんに、説明しようと思って振り向こうとしたけど、ノエルさんがさせてくれなかった。
「穂乃花ちゃんの、上司の方ですか?」
「……そうですが?」
抱きしめられていて、後ろを見ることができないから、二人の表情は分からないけど、なんか怖い。
「初めまして。恋人、の神崎ノエルといいます。穂乃花ちゃんがいつもお世話になってます」
“恋人”のところを強調してノエルさんが言った。本当のことなんだけど、ちょっと照れる。
「桜庭さんの恋人、ですか…」
「はい」
「迎えに来るのは、友人と伺いましたが?」
確かにそう言ったけど、咄嗟に出てしまった言葉であって、本当のこと言おうとしていたら、ノエルさんから電話が来た。
「穂乃花ちゃんがそう言ったんですか?もう、恥ずかしがり屋さんなんだから…。本当のコト、言っても良かったのに」
最初は坂上さんに、後はあたしに向けて言った。
しかも、見せつける為なのか、いつもより甘い声で言われ、力が入らなくなり、ノエルさんにしがみつく。
うぅ…ノエルさんのばか。恥ずかしすぎる。
「そんなに仲良くされてると、嫉妬してしまいますね」
「男の嫉妬は、醜いですよ?」
会話を聞いていると、なんか火花が散ってそう。
「桜庭さん、その方に泣かされたら、いつでも僕のところに来て下さいね」
「そんなことは絶っっ対ないので、安心して下さい。さ、穂乃花ちゃん、そろそろ帰ろう?」
あたしは頷き、ノエルさんに肩を抱かれながら、車に向かった。
神崎さんの到着が早いんじゃないかというツッコミは無しでお願いします(^^;