6話
悩んでも、答えは出なかった。
考えごとしながら仕事をしていたから、いつもはしないミスもする。
おまけに寝不足。
最近、きちんと睡眠とっていない。
ノエルさんから電話やメールが来て、嬉しい反面、もしHoney sweetの社長がノエルさんだったらと思うと、気後れして何もできなかった。
◆◇◆◇◆◇
「……ん、……さん、……桜庭さんっ」
「………はいぃっ!」
いけない。今は仕事中だった。
「どうしました?仕事中にぼーっとして」
「すみません、坂上さん」
声を掛けてきたのは、派遣先のSV、坂上圭介さんだった。
「最近、ミスが多いみたいですけど、何か悩みごとでも?」
「あ、えーと、その…」
まさか、悩んでる理由が最近付き合い始めた彼氏のことなんて言えない。
「仕事のことで悩んでいるのであれば、いつでも言って下さいね。僕はあなたの上司ですし、相談にのります。仕事のことじゃなくても、いいですよ」
坂上さん、優しいな。
女性派遣社員や、派遣先の女性社員に人気があるの、分かる気がする。
「でも、ちょっと個人的なことなので…大丈夫です」
「余計、気になりますね…。今は仕事中ですし、後で訊きます。桜庭さんも、気持ちを切り替えて仕事して下さい」
後でって…。訊かれるの決定みたい。
取り敢えず、ミスしないように仕事しなきゃ。
ノエルさんのこと、今は考えないようにしよう。考えだしたら止まらないし、余計なことまで考えてしまう。
なんとかミスせずに、午前中の仕事中を終えた。
お昼休みは、また里絵と一緒。さっき、坂上さんがあたしの所に来たのを見てたし、絶対何か訊かれるんだろうな。
「ね、坂上さん、なんだったの?」
やっぱり。
「んー、最近ミスが多いから、何か悩みごとでも?って」
今日はカフェではなく、社員食堂に行く。
食堂へ向かいながら、里絵にさっきあったことを話す。
「そういえば、坂上さんも穂乃花のこと気になってるみたいって聞いたよ?」
「……そんなこと、あるわけないでしょ」
本当だったら、坂上さん狙いの人たちになんて言われるか。考えただけでも怖い。
食堂に着き、メニューを見る。
今日の日替わりパスタはカルボナーラ。これにしよう。
「里絵、何にするか決めた?」
「オムライスにしたよ~」
オムライスか~。ここのオムライスは、ケチャップソースではなく、デミグラスソースで、しかも結構ボリュームがある。
里絵ってば、細いのによく食べる。
コップに水をもらい、空いている席に着く。
「「いただきまーす」」
二人同時に食べ始める。
「ところで、彼氏とはどうなってんの?」
「どうって……まだ訊けてない…」
そのことを考えていて、ミスが多かった訳だけど。
「まだって……。連絡、とってないの?」
「うん…。なんだか気後れしちゃって」
ノエルさんへ、メールの返信しないまま何日も過ぎてる。
「そろそろ連絡とらないと…。明後日でしょ、デート」
「そうだね…。うん、今日帰るときメールしてみる」
いつまでも、返信しないままはノエルさんに悪いし。ちゃんと連絡しよう。
「坂上さんはどうする?」
「坂上さんには申し訳ないけど、早く帰りたいから捕まらないように帰る」
「分かった。なんか言って引き止めとく」
頼りにしてます。
◆◇◆◇◆◇
仕事が終わり、私服に着替えて一階のロビーに向かうエレベーターの中で、ノエルさんにメールを送るべく、スマートフォンを取り出す。
あ……。
やっぱりノエルさんからの着信とメールがたくさんあった。
内容は、ほとんどがあたしを心配してのことだった。
メールを確認している間に一階に着いたので、ロビーに幾つかある長椅子に座って、メールを返信することにした。
メールを打っている途中、着信音が鳴り慌てて出ると、ノエルさんだった。
『もしもしっ、穂乃花ちゃん?』
切羽詰ったような声。
あたしは、相当心配かけていたみたい。
「ノエルさん………」
『よかった~…。穂乃花ちゃんやっと電話に出てくれた…』
「ごめんなさい…。なかなか出られなくて……」
『心配したんだよ…?』
うぅ…。本当に申し訳ない。
『仕事、忙しかった?それとも、体調崩してた?』
まさか、ノエルさんがHoney sweetの社長かもしれなくて、気後れして電話に出られなかったなんて言えない。
「ちょっと、仕事が忙しくて」
嘘…ついちゃった。
『そう……。体調崩してないならよかったぁ。もう、穂乃花ちゃんが病気だったらどうしようかと思って、気が気じゃなかったよ…』
「ノエルさん、優しいです…」
『好きな人を心配するのはあたりまえ。……こう言ったのは、穂乃花ちゃんだよ』
こんなに優しい人で、社長さんかもしれない人。
本当にあたしが彼女でいいのかな……。
「桜庭さん、こんなところにいたんですか?探しましたよ…。あ、電話中ですね」
ノエルさんと電話で話していたら、坂上さんがロビーに来た。
『穂乃花ちゃん、今どこにいるの?』
ん?
心なしか、ノエルさんの声が硬くなったような。
「今はまだ会社ですけど…」
『近くに、誰かいる?』
もしかして、坂上さんの声が聞こえたのかな…。声通るし。
「あの、上司が近くに……」
『上司って男だよね?』
「そうですけど……」
ちょっと怒ってる感じがするのは、気のせい…じゃないよね。
『今から迎えに行くから、場所、教えて』
え…迎えにって。
「あ、あの、場所は────」
ノエルさんは、私が会社の場所を伝えると、
『分かった。すぐ向かうから待っててね。着いたら電話するから』
と言って、電話を切った。