5話
夜、お風呂から上がって自分の部屋で寛いでいたとき、スマートフォンの着信音が鳴った。
着信見ると……ノエルさんからだった。
『穂乃花ちゃん、今、大丈夫?』
「はい、大丈夫です。どうしたんですか?」
『なんとなく、穂乃花ちゃんの声が聞きたくなって…電話、したんだ』
電話越しでも、ノエルさんの声にドキドキする。
声が聞きたいって言ってくれて、嬉しい。
「あたしも、ノエルさんの声が聞けて嬉しいです…」
『ふふっ。有り難う。そんな可愛いこと言ってくれる穂乃花ちゃんが大好きだよ』
この会話が電話でよかった~。絶対、顔赤くなってる。内心、ほっとした。
『あ、そうだ。穂乃花ちゃん、再来週の金曜日、空いてる?』
再来週の金曜日、なにも予定なかったはず。
「空いてますよ?」
『よかった~。穂乃花ちゃんの予定が空いてなかったらどうしようかと思った』
「どうしたんですか?」
『デート、しよ♪』
ノエルさんから、デートのお誘い。
どうしよう……嬉しすぎる…。
「…はいっ」
予定、空いててよかった。
『どこか行きたい所、ある?』
「ん~…。あ、水族館行きたいです」
水族館なんて、子供っぽいかな…。
『水族館か…。リニューアルした所?』
「そうです」
『うん、いいね♪決まり』
ノエルさん、OKしてくれた。嬉しいっ。
都内にある、ビルの中の水族館。何年か前にリニューアルしたけど、まだ行ったことなかったから、行ってみたかったんだよね。
『楽しみだなぁ、穂乃花ちゃんとのデート』
「あたしも楽しみです♪」
水族館デート、今から楽しみ。
『詳しいことは、また近くなってから決めようね』
「はい」
『ふふっ、いい返事。遅くにごめんね。今日はホントに有難う。ゆっくり休んでね』
ノエルさんは本当に優しい。
「はい。ノエルさんもゆっくり休んで下さい」
『うん。じゃあ、おやすみ』
「おやすみなさい」
電話が終わっても、まだドキドキしてる。
ノエルさんと、水族館デートなんて夢みたい。
服、何着て行こう…。
あ、今日買ったワンピースにしよ。
水色の、膝丈よりちょっと短めのティアードワンピース。
ノエルさん、褒めてくれるかな…。
早く、会いたいな。
◆◇◆◇◆◇
次の日。
派遣先であるコールセンターのロッカールームで、制服に着替えようとしていたら、同僚で仲がいい仁科里絵が来た。
「おっはよー♪穂乃花。って、昨日服買ってきたんじゃないの?てっきり今日は買った服着て来るかと思ったんだけど」
「買うには買ったんだけど…」
「ん?なぁに赤くなってんの~?新しい服となんか関係あるのかな?」
あると言えばあるんだけど、話すのを躊躇う。
「わたしには言えないこと?」
「……お昼休みのとき、話すのはだめ?」
今ここで話すのは、周りに他の同僚もいるから恥ずかしい。
「ま、ここじゃアレだしね。昼休みのときでいいよ」
「有難う。じゃあ、そのときに話すね」
◆◇◆◇◆◇
お昼休み、里絵には昨日あったことをかいつまんで話した。
「一目惚れされて彼女になったぁ?!」
「里絵っ、声大きいよ…」
会社近くのカフェ。他の人に聞かれるのは恥ずかしいので、隅の方の席に座ってランチ。
「っ…ごめん。ただちょっとびっくりして。穂乃花に彼氏ねぇ…。しかも、デートの約束まで」
「うん…」
「穂乃花のこと狙ってた男どもは、それ知ったらショックだろうな~」
え?それは初耳。
「結構いるんだよ?桜庭さん、彼氏いるの?ってよく訊かれるもの」
「全然知らなかった。そうなんだぁ」
「そうなんだぁって…、他人事みたいに。で、見た目とか、どんな感じ?」
見た目、かぁ…。
「ハーフで、髪は蜂蜜みたいな色。瞳はスカイブルーだよ」
「え?相手ハーフなの?」
「そうだけど…?」
「……ちょっと羨ましい。わたしもハーフの彼氏欲しいっ」
欲しいって言われても。
「そんな彼氏とのデートに、新しい服着て行きたい…ってとこ?今日着て来なかった理由」
「はぅ…」
「好きな人に最初に見てもらいたい、と」
「里絵の言う通りデス…」
里絵ってばお見通し。
「それで、名前とか職業はもちろん訊いたんでしょうね」
「うん。神崎ノエルさんっていって、服飾系のお仕事してるんだって」
「ノエルって、女の人みたいな名前」
言われてみればそうかも。
……ん?女の人みたいな名前……?
そういえば、ノエルさんの名前、どこかで聞いたことあると思ったけど、Honey sweetのデザイナーさんもそんな名前だったような。
まさかと思い、スマートフォンを使って検索し、ホームページを開く。
あ、デザイナーさんの名前が載ってる。
────デザイナー・ノエル────
……あ……。
「穂乃花の彼氏と同じ名前ね」
「う……ん…」
ノエルさんと、同じ名前。
さらに驚いたのは、デザイナーさんは社長でもあるということ。
「まさか…この人……だったりする?」
「え、でも、デザイナーさんは女の人かもしれないし…。きっと偶然…」
「偶然ねぇ…。確かに神崎さんの名前を女の人みたいな名前とは言ったけど、珍しい名前だと思うし、本人なんじゃない?」
本人かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
「だって、服飾係の仕事してるんでしょ?」
「そうだけど…」
ノエルさんに訊いて確かめたい気持ちもあるけど、なんて訊けばいいのか…。
結局、デートの日が近づいても、ずっと悩んだままだった。