4話
そこにいたのは、三つ下の従弟、春樹。
「春樹?!なんでここにいるの?大学は??」
「なんでって、迎えに来た。大学は午後から休講」
迎えに来たって、あたしが出掛けてること、どうして知ってるんだろ?
「伯母さんに訊いた。出掛けてるって言ってたから、荷物持ってあげようと思って。んで、電話しても出ないから、いつもの店にいるかと思って来てみたら、穂乃花ちゃん、男と一緒にいるし」
「春樹、いつも“穂乃花ねーちゃん”って呼んでるのに、どうしたの?あと、ノエルさんと一緒なのは、ランチご馳走になったから」
「別にどうもしないし、呼び方なんてどうだっていいだろ。ったく…ランチご馳走になったって…もうちょっと早く来れたら俺が一緒にしたかったのに。っていうか、お前いい加減穂乃花ちゃんから離れろ」
そういえば、まだノエルさんに抱きしめられたままだった。春樹に見られたのが恥ずかしくて、あわてて離れようとした。
でも、ノエルさんは離してくれない。
「キミは、穂乃花ちゃんとはどんな関係?穂乃花ちゃんと親しいみたいだけど?」
「俺は従弟だ。穂乃花ちゃん、そいつから離れて」
春樹はあたしの腕を掴み、ノエルさんから引き離そうとした。
「きゃっ!」
その拍子に、よろけて倒れそうになる。
「穂乃花ちゃんっ」
ノエルさんが咄嗟に抱き止めてくれたお陰で、倒れずに済んだ。
ほっ。よかったぁ。
「有り難うございます。ノエルさん」
再びあたしは、ノエルさんの腕の中。
「穂乃花ちゃんに怪我して欲しくなかったから…。キミも、ちゃんと謝る」
「言われるまでもない。ごめん、穂乃花ちゃん…」
春樹は謝ってくれた。でも、ノエルさんのこと良くは思ってないみたい。
「あとお前、さっきから“穂乃花ちゃん、穂乃花ちゃん”って馴れ馴れしいんだよ。ムカツク」
「彼氏だからあたりまえ。ね、穂乃花ちゃん」
か、彼氏って…。確かにそうなんだけど、まだちょっと恥ずかしい。
「彼氏……って、穂乃花ちゃん本当なの?」
「本当、だよ」
「そいつが穂乃花ちゃんの彼氏なんて、信じらんない。なんかチャラいし」
プイッとそっぽ向いた。春樹ってば、ヤキモチ?
「伯母さん待ってるから、帰ろ。いつまでも穂乃花ちゃんが男とイチャついてんの見てらんない」
あ、お母さんお気に入りのケーキ、買って帰る約束したっけ。
「うん、そろそろ帰る。ノエルさん、ごめんなさい。母が待ってるので帰ります」
「そっか…。もうちょっと、穂乃花ちゃんといたかったんだけど、いつまでも引き止めておくわけにはいかないね。今日は有り難う。楽しかったよ」
「あたしも、楽しかったです。有り難うございました」
帰り際、ノエルさんはあたしの耳元で、
「大好きだよ、穂乃花」
と囁いた。
ノエルさんの甘い声は、反則。
◆◇◆◇◆◇
「お母さんのケーキも買ったし、帰ろっか」
ケーキは人気店のもの。お母さん、ここのケーキ好きなんだよね。
「穂乃花ねーちゃん、それ、俺が持つ」
「有り難う。…やっといつもみたいに呼んでくれたね。さっきはなんで呼んでくれなかったの?」
「……なんとなく」
なんとなくって。
「っ…それより、あいつ帰り際なんて言ったの?穂乃花ねーちゃん、顔赤くしてたけど。まさか、変なこと言われたんじゃ…っ」
「えっ?それは…その……」
ノエルさんの甘い声で、“大好きだよ”って言われて、嬉しくてドキドキした。
「大好きって言ってくれたから…」
「穂乃花ねーちゃん、そんなの口先だけだって。あいつチャラいし絶対遊んでる」
「そんなこと…っ、ないと……思う」
だって、一目惚れしたって言ってくれたし、信じてって言ってたから。
ノエルさんを信じる。
「それに、彼女になってって言ってくれたし…」
「俺だって彼女にするなら穂乃花ねーちゃんがいい」
えぇ!?
「穂乃花ねーちゃんが好きだ。子供の頃からずっと」
「冗談……でしょ?」
春樹とは、子供の頃から一緒で姉弟のように育った。
だから、恋愛感情があるなんて思わなかった。
「冗談で好きって言える性格してないし、穂乃花ねーちゃん以外彼女にする気はない」
真剣な目、してる。
確かに、冗談じゃないって分かった。でも、あたしが好きなのは。
「……ごめん…春樹……。あたしは、ノエルさんが好き……」
「穂乃花ねーちゃんがあいつのこと好きでも、俺は絶対諦めない」
諦めないって…。
「あたしの気持ちは変わらないよ?」
「そんなの、どうなるか分かんないじゃん。あいつだって」
あたしのこと、“大好きだよ”って言ってくれたノエルさんの気持ち、変わらないって信じてる。
あれが嘘なんて思えない。
「穂乃花ねーちゃん、顔赤い。またあいつのこと思い出してんの?」
「……うん…」
「そういう顔させんのは、俺だと思ってたのに…。やっぱあいつムカツク」
春樹には悪いけど、恋愛対象に思ったことはないし、弟みたいに思ってたから、告白はちょっと以外だった。
今まで、そんな素振りなかったし。
「穂乃花ねーちゃんのこと好きなのは、今は俺だけだと思ってた。だから、気持ちを伝えるのはいつでもできるって安心してた。けど、今日あいつと一緒にいるの見たら、すごく焦った」
“だから、いつもと違う呼び方した”
ぼそっと呟いた。
さっきはなんとなくって言ってたけど、そういうことだったんだ。
「でも、穂乃花ねーちゃんがキスされる前でよかった~。されてるの見たら、俺立ち直れない…」
「あ~……。でも、頬にはされたよ?」
唇は未遂だったけど、頬には二回された。
「………あいつ、絶対許さねぇ…」
言わない方がよかったかな?
楽しんで頂けましたでしょうか?