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9/11

告白

 翌朝。美奈ちゃんと、それなりに飲んだのにもかかわらず、いつもよりも早めに、スッキリと目が覚めた。

 熱めのシャワーを浴びてから朝食を作り、ニュースを見ながら食べ、身支度を調えても時間が余ってしまった。

『平日に、こんなゆっくりとした朝を過ごしたことって、あったかな』

 なんて思いながらコーヒーを飲んだ。

「今日は全国的にいいお天気です。傘も必要ありません」

 と、にこやかに話すお天気キャスターの説明を聞いてから、アパートを出た。

 ご近所の花壇に、コスモスやペチュニアなどの花々が咲きほころんでいる。

『秋なのね』

 と、当たり前のことを思いながら駅に向かった。


 ゆっくりとした朝を過ごしたことがよかったのだろうか。

 懸案になっていた案件が解決したのを皮切りに、仕事が順調に進んで、定時の一時間前には当面の目処が付いてしまった。

 悪戦苦闘していた由美子の仕事を手伝って、一緒に会社を後にした。

「今日はありがとね」

 と由美子。

「お互い様でしょ、気にしないで」

 と私。

「軽く飲んで帰らない? おごるから」

「今日は遠慮しておくわ。料理を作りたい気分なのよ」

 と言うと由美子は、

「珍しいわね。仕事も絶好調だったし」

 と言いながら私の顔をのぞき込んだ。

「失礼ね! 私だって料理ぐらい作るわよ」

 と私。由美子の脇腹を小突いた。

「ゴメン、ゴメン。じゃあ、私も帰って何か作ろうかな」

 気が付いたら駅前まで来ていた。由美子と一緒なのはここまでだ。

「お疲れさま、また明日」

 と言って別れた。

『トマト缶があるから、ミネストローネにしようかな』

 なんて考えながら電車を待った。


 ミネストローネは思いのほかおいしくできた。調子に乗った私は、

「もしかして、誰かと一緒に住み始めたとか?」

 と由美子がいぶかしがるほど、内食生活にハマってしまった。

 由美子の同棲疑惑はなかなかしつこくて、それを晴らすために私のアパートで一緒に夕飯を作ったりもした。

 そのときのメニューは、春雨の中華サラダとコーンスープ、チンジャオロースー。一応ビールも付けた。

 それでも私の急変ぶりに納得がいかないらしく、私が嫌気が差すほど聞いてきた。

 最近で言えば美奈ちゃんと会ったぐらいしかないのだから、話しようがない。

 美奈ちゃんに、私が料理にハマっていることを話したら「食べたい! 食べさせて!」と言ったので、今度の土曜日、私のアパートで振る舞うことになっている。

 勢いで「いいわよ」と言ってしまったけど、美奈ちゃんの口に合うのだろうか。

 それ以前に、まともに作れるかどうかが問題だ。


『ちょっと、気合いを入れすぎたかなあ』

 と思いながら、私はコンロの火を点けた。

 テーブルには温野菜のサラダにバケット、チーズの盛り合わせ。メインは昨夜から仕込んでいたビーフシチューだ。

 実家から圧力鍋を借りてくることも考えたのだけど、行くだけで一時間はかかってしまう。それにあまり実家に寄りつかない私が、圧力鍋を借りるためにわざわざ帰ったら、母が色々と質問してくるのは目に見えている。

 普通の鍋で作れないことはない。時間はかかるけれど。

 私は鍋をかき混ぜながら時計を見た。

 もうすぐ四時。美奈ちゃんが来る時間だ。


 美奈ちゃんは、赤ワインのフルボトルを二本も持ってやってきた。

 昨夜、美奈ちゃんからLINEで〈お酒は持っていくね。何がいい?〉と聞かれたときに、〈赤ワインがいい〉と返信はしたけれど。

「二本って多くない?」

 と私が言うと美奈ちゃんは、

「足りなかったら、買いに行くのが面倒じゃん。それに余ったら、お邪魔する口実になる」

 と言って笑った。ドキドキした。

「いい匂いだね。ビーフシチュー?」

「そうよ。とりあえず乾杯する?」

「うん」

 美奈ちゃんが、慣れた手つきでワインのコルク栓を抜き始めた。

『こんなに綺麗な指してたっけ……』

 と思いながら見ていたら、ポンッという小気味のいい音がした。美奈ちゃんは、コルク栓を傍らに置いて、

「ビーフシチューに合うと思うよ」

 と言って注いでくれた。

「ありがとう。じゃ、乾杯!」

 私たちはグラスを合わせた。

 ちょっとスパイシーで、カシスのような甘酸っぱい香りがした。


 ビーフシチューは、我ながらよくできたと思う。美奈ちゃんの言う通り、スパイシーな赤ワインとの相性がいい。

「普通のお鍋で作ったの? 大変だったでしょう?」

 と美奈ちゃん。

「大変っていうか、時間がね。次に作るときは圧力鍋を使うわ。買ってこなくちゃ」

 私は苦笑い。ワイングラスに口を付けた。

「プレゼントしようか? 誕生日はいつだったっけ?」

 という美奈ちゃんのセリフに、思わずワイングラス持つ手が止まった。私は、ワイングラスをゆっくりとテーブルに置いてから、

「四月十二日……まだ先よ」

 と言った。

「じゃ、クリスマスにプレゼントするね」

「え?」

「圧力鍋は嫌? 他のがいい?」

「そんなことはないけど」

 友だち同士でプレゼントをし合うのは当たり前のこと、だけど……。

「私の誕生日は十二月二十四日。クリスマス・イブなんだ」

 と美奈ちゃん。

「ホントに?」

「うん。だから、クリスマスと誕生日のプレゼントが、いつも一緒でね。あ、別に催促してるわけじゃないからね」

「分かった、プレゼントが欲しいのね」

 と言って私は笑った。

「じゃあ、なんとなく楽しみにしてる」

 おいしそうに赤ワインを飲む美奈ちゃんの顔を見ながら、『深い意味はないわよね』なんて考えていたら、

「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」

 と美奈ちゃんが尋ねた。

「ううん。ゴメン、ゴメン」

 と言って私はワインに口を付けた。

「あのさ、涼子ちゃん」

 美奈ちゃんは真剣な表情。釘付けになる。

「どうしたの? 改まって」

 と私。ワイングラスをテープルの上に置いた。

「私と……お付き合いしてくれませんか?」

 美奈ちゃんの声は少し震えていた。



 日曜日。私のアパートで美奈ちゃんとビーフシチューを食べた翌日。

 私は何も手に着かなかった。食欲もない。コーヒーを飲みながら、ただボーッとしていた。

 そのせいなのかどうかは分からないけれど、夜中になっても眠れず、月曜日の朝は寝坊してしまった。会社にも遅刻ギリギリで駆け込む始末。

「最近にしちゃ、珍しいじゃない」

 隣の由美子が私の顔をのぞき込んだ。

「昨夜、眠れなくてね」

 私はゼリー飲料を片手に、パソコンを立ち上げながら言った。

「何かあったの?」

「……今夜、空いてる?」

 飲み切ったゼリー飲料の容器をゴミ箱へ。デスクトップのホルダーをクリック。とりあえず今は仕事をしなくちゃいけない。

「うん。今夜、聞くね」

 由美子も仕事を始めた。


「それってさあ、異性愛で言う結婚前提だよね」

 と由美子。グラスのビールを飲み干した。

「そうだよね」

 と私。唐揚げを口に運んだ。

 私と由美子は渋谷の居酒屋に来ていた。会社の近くで飲むことも考えたのだけれど、他の同僚と鉢合わせをしたくはなかった。

「将来のことも考えてお付き合いしたいって言ったんでしょ?」

 と由美子。

「うん」

「じゃあ、パートナーシップ制度を使うことまで考えているんだ、その……美奈さんだっけ?」

 私は頷いてから、

「由美子、パートナーシップ制度のことを知ってたんだ」

 と言って、グラスのビールを飲み干した。

「ニュースになってるじゃない」

「そうだけどさ」

 ストレートの由美子が、同性愛のニュースを知っているとは意外だった。第一、もっと驚かれると思っていた。

 私はウエイトレスを呼び止めた。私はウーロンハイを、由美子はビールを注文した。

「それで? 涼子はどうしたいの?」

「え?」

「言い換えようか。美奈さんのことはどう思ってるの?」

 飲み物が届いた。私は軽く口を付けてから、

「好きだけど、それが恋愛感情かどうかは……分からない」

 と言った。

「分からないってことは、その可能性もあるってこと?」

 由美子が畳みかける。

「だから、分からないんだってば」

 私は頭を抱えてしまった。

 美奈ちゃんと一緒にいると楽しい。ずっと一緒にいてもいいとさえ思う。だけど、それが恋愛感情かどうかと問われると……。

 それに今回は、その先を見据えた付き合いになるのだ。

 私は本当に分からなかった。

「私だったら断るけどね」

 と由美子。私は顔を上げて、

「何で?」

 と尋ねた。

「私ね、自分の家族が欲しいの。旦那さんがいて、子どもが二人ぐらいいてさ。休日にはお出かけしたり、バーベキューをしたり。そういう、ごく普通の家族」

 と言ってから由美子は、グラスのビールをグイッと半分ぐらいまで飲んだ。

「普通の家族かあ……」

 私は『普通の家族って何だろう』とぼんやり考えた。

「私は女性は恋愛対象にならないから、こういう考えになるんだろうけどね」

 と由美子。

「そうね」

「涼子、ちゃんと自分の気持ちと向き合ってね。ゆっくり考えて欲しいって言われたんでしょ?」

「うん」

「時間がかかってもいいと思う。美奈さんは待ってくれるわよ」

 と由美子は微笑んだ。

「ありがとう。ゆっくり、ちゃんと向き合ってみる。それにしても意外だったわ」

 と私。

「意外? 何が?」

「やめておいた方がいいって言われると思ってた」

「人それぞれだとは思うけれど、私は同性愛の否定はしない」

 と由美子。

「そう、安心した」

 私はグラスに口を付けた。

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