告白
翌朝。美奈ちゃんと、それなりに飲んだのにもかかわらず、いつもよりも早めに、スッキリと目が覚めた。
熱めのシャワーを浴びてから朝食を作り、ニュースを見ながら食べ、身支度を調えても時間が余ってしまった。
『平日に、こんなゆっくりとした朝を過ごしたことって、あったかな』
なんて思いながらコーヒーを飲んだ。
「今日は全国的にいいお天気です。傘も必要ありません」
と、にこやかに話すお天気キャスターの説明を聞いてから、アパートを出た。
ご近所の花壇に、コスモスやペチュニアなどの花々が咲きほころんでいる。
『秋なのね』
と、当たり前のことを思いながら駅に向かった。
ゆっくりとした朝を過ごしたことがよかったのだろうか。
懸案になっていた案件が解決したのを皮切りに、仕事が順調に進んで、定時の一時間前には当面の目処が付いてしまった。
悪戦苦闘していた由美子の仕事を手伝って、一緒に会社を後にした。
「今日はありがとね」
と由美子。
「お互い様でしょ、気にしないで」
と私。
「軽く飲んで帰らない? おごるから」
「今日は遠慮しておくわ。料理を作りたい気分なのよ」
と言うと由美子は、
「珍しいわね。仕事も絶好調だったし」
と言いながら私の顔をのぞき込んだ。
「失礼ね! 私だって料理ぐらい作るわよ」
と私。由美子の脇腹を小突いた。
「ゴメン、ゴメン。じゃあ、私も帰って何か作ろうかな」
気が付いたら駅前まで来ていた。由美子と一緒なのはここまでだ。
「お疲れさま、また明日」
と言って別れた。
『トマト缶があるから、ミネストローネにしようかな』
なんて考えながら電車を待った。
ミネストローネは思いのほかおいしくできた。調子に乗った私は、
「もしかして、誰かと一緒に住み始めたとか?」
と由美子がいぶかしがるほど、内食生活にハマってしまった。
由美子の同棲疑惑はなかなかしつこくて、それを晴らすために私のアパートで一緒に夕飯を作ったりもした。
そのときのメニューは、春雨の中華サラダとコーンスープ、チンジャオロースー。一応ビールも付けた。
それでも私の急変ぶりに納得がいかないらしく、私が嫌気が差すほど聞いてきた。
最近で言えば美奈ちゃんと会ったぐらいしかないのだから、話しようがない。
美奈ちゃんに、私が料理にハマっていることを話したら「食べたい! 食べさせて!」と言ったので、今度の土曜日、私のアパートで振る舞うことになっている。
勢いで「いいわよ」と言ってしまったけど、美奈ちゃんの口に合うのだろうか。
それ以前に、まともに作れるかどうかが問題だ。
『ちょっと、気合いを入れすぎたかなあ』
と思いながら、私はコンロの火を点けた。
テーブルには温野菜のサラダにバケット、チーズの盛り合わせ。メインは昨夜から仕込んでいたビーフシチューだ。
実家から圧力鍋を借りてくることも考えたのだけど、行くだけで一時間はかかってしまう。それにあまり実家に寄りつかない私が、圧力鍋を借りるためにわざわざ帰ったら、母が色々と質問してくるのは目に見えている。
普通の鍋で作れないことはない。時間はかかるけれど。
私は鍋をかき混ぜながら時計を見た。
もうすぐ四時。美奈ちゃんが来る時間だ。
美奈ちゃんは、赤ワインのフルボトルを二本も持ってやってきた。
昨夜、美奈ちゃんからLINEで〈お酒は持っていくね。何がいい?〉と聞かれたときに、〈赤ワインがいい〉と返信はしたけれど。
「二本って多くない?」
と私が言うと美奈ちゃんは、
「足りなかったら、買いに行くのが面倒じゃん。それに余ったら、お邪魔する口実になる」
と言って笑った。ドキドキした。
「いい匂いだね。ビーフシチュー?」
「そうよ。とりあえず乾杯する?」
「うん」
美奈ちゃんが、慣れた手つきでワインのコルク栓を抜き始めた。
『こんなに綺麗な指してたっけ……』
と思いながら見ていたら、ポンッという小気味のいい音がした。美奈ちゃんは、コルク栓を傍らに置いて、
「ビーフシチューに合うと思うよ」
と言って注いでくれた。
「ありがとう。じゃ、乾杯!」
私たちはグラスを合わせた。
ちょっとスパイシーで、カシスのような甘酸っぱい香りがした。
ビーフシチューは、我ながらよくできたと思う。美奈ちゃんの言う通り、スパイシーな赤ワインとの相性がいい。
「普通のお鍋で作ったの? 大変だったでしょう?」
と美奈ちゃん。
「大変っていうか、時間がね。次に作るときは圧力鍋を使うわ。買ってこなくちゃ」
私は苦笑い。ワイングラスに口を付けた。
「プレゼントしようか? 誕生日はいつだったっけ?」
という美奈ちゃんのセリフに、思わずワイングラス持つ手が止まった。私は、ワイングラスをゆっくりとテーブルに置いてから、
「四月十二日……まだ先よ」
と言った。
「じゃ、クリスマスにプレゼントするね」
「え?」
「圧力鍋は嫌? 他のがいい?」
「そんなことはないけど」
友だち同士でプレゼントをし合うのは当たり前のこと、だけど……。
「私の誕生日は十二月二十四日。クリスマス・イブなんだ」
と美奈ちゃん。
「ホントに?」
「うん。だから、クリスマスと誕生日のプレゼントが、いつも一緒でね。あ、別に催促してるわけじゃないからね」
「分かった、プレゼントが欲しいのね」
と言って私は笑った。
「じゃあ、なんとなく楽しみにしてる」
おいしそうに赤ワインを飲む美奈ちゃんの顔を見ながら、『深い意味はないわよね』なんて考えていたら、
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
と美奈ちゃんが尋ねた。
「ううん。ゴメン、ゴメン」
と言って私はワインに口を付けた。
「あのさ、涼子ちゃん」
美奈ちゃんは真剣な表情。釘付けになる。
「どうしたの? 改まって」
と私。ワイングラスをテープルの上に置いた。
「私と……お付き合いしてくれませんか?」
美奈ちゃんの声は少し震えていた。
日曜日。私のアパートで美奈ちゃんとビーフシチューを食べた翌日。
私は何も手に着かなかった。食欲もない。コーヒーを飲みながら、ただボーッとしていた。
そのせいなのかどうかは分からないけれど、夜中になっても眠れず、月曜日の朝は寝坊してしまった。会社にも遅刻ギリギリで駆け込む始末。
「最近にしちゃ、珍しいじゃない」
隣の由美子が私の顔をのぞき込んだ。
「昨夜、眠れなくてね」
私はゼリー飲料を片手に、パソコンを立ち上げながら言った。
「何かあったの?」
「……今夜、空いてる?」
飲み切ったゼリー飲料の容器をゴミ箱へ。デスクトップのホルダーをクリック。とりあえず今は仕事をしなくちゃいけない。
「うん。今夜、聞くね」
由美子も仕事を始めた。
「それってさあ、異性愛で言う結婚前提だよね」
と由美子。グラスのビールを飲み干した。
「そうだよね」
と私。唐揚げを口に運んだ。
私と由美子は渋谷の居酒屋に来ていた。会社の近くで飲むことも考えたのだけれど、他の同僚と鉢合わせをしたくはなかった。
「将来のことも考えてお付き合いしたいって言ったんでしょ?」
と由美子。
「うん」
「じゃあ、パートナーシップ制度を使うことまで考えているんだ、その……美奈さんだっけ?」
私は頷いてから、
「由美子、パートナーシップ制度のことを知ってたんだ」
と言って、グラスのビールを飲み干した。
「ニュースになってるじゃない」
「そうだけどさ」
ストレートの由美子が、同性愛のニュースを知っているとは意外だった。第一、もっと驚かれると思っていた。
私はウエイトレスを呼び止めた。私はウーロンハイを、由美子はビールを注文した。
「それで? 涼子はどうしたいの?」
「え?」
「言い換えようか。美奈さんのことはどう思ってるの?」
飲み物が届いた。私は軽く口を付けてから、
「好きだけど、それが恋愛感情かどうかは……分からない」
と言った。
「分からないってことは、その可能性もあるってこと?」
由美子が畳みかける。
「だから、分からないんだってば」
私は頭を抱えてしまった。
美奈ちゃんと一緒にいると楽しい。ずっと一緒にいてもいいとさえ思う。だけど、それが恋愛感情かどうかと問われると……。
それに今回は、その先を見据えた付き合いになるのだ。
私は本当に分からなかった。
「私だったら断るけどね」
と由美子。私は顔を上げて、
「何で?」
と尋ねた。
「私ね、自分の家族が欲しいの。旦那さんがいて、子どもが二人ぐらいいてさ。休日にはお出かけしたり、バーベキューをしたり。そういう、ごく普通の家族」
と言ってから由美子は、グラスのビールをグイッと半分ぐらいまで飲んだ。
「普通の家族かあ……」
私は『普通の家族って何だろう』とぼんやり考えた。
「私は女性は恋愛対象にならないから、こういう考えになるんだろうけどね」
と由美子。
「そうね」
「涼子、ちゃんと自分の気持ちと向き合ってね。ゆっくり考えて欲しいって言われたんでしょ?」
「うん」
「時間がかかってもいいと思う。美奈さんは待ってくれるわよ」
と由美子は微笑んだ。
「ありがとう。ゆっくり、ちゃんと向き合ってみる。それにしても意外だったわ」
と私。
「意外? 何が?」
「やめておいた方がいいって言われると思ってた」
「人それぞれだとは思うけれど、私は同性愛の否定はしない」
と由美子。
「そう、安心した」
私はグラスに口を付けた。