興ざめ
美奈ちゃんは、三十分ぐらいでカフェに来てくれた。挨拶もそこそこに、
「大学時代の友だち……ほら、飲み会に来た子たちに、何か知らないか聞いてるから。そろそろ返信があると思うんだけど」
と言った。
「来てくれて、ありがと……」
美奈ちゃんの優しさが心に染みる。思わず涙がこぼれた。
「だ、大丈夫だからさ、ね?」
美奈ちゃんは慌てた様子で、ジャケットのポケットからハンカチを取り出して、私に手渡した。
「うん……」
私は涙をぬぐったハンカチを見つめながら、
「ゴメンね、洗って返すから」
と言った。
「そんなの、いいから」
と美奈ちゃんが言ったとき、スマホが鳴った。
「あ、信二くんだ」
美奈ちゃんはスマホに出た。
「美奈です。……うん、そうなんだよ。それで、何か知らないかと思ってさ」
美奈ちゃんは、私を見ながら話をしている。
「そうか……うん、二人でいるから大丈夫。うん、ありがとう」
と言って、スマホを切った。
「信二くんは、何も聞いてないって」
「そう……」
「ん? LINEに返信がある……」
と美奈ちゃん。スマホをスクロールしている。
「え……」
美奈ちゃんの表情が曇った。
「どうしたの?」
「聡史くんから。『長期の出張があるって聞いたよ。忙しいだけじゃないか?』って」
「会社の人は、休暇中だって言ってたんでしょ?」
「うん、確かに言ってた」
「何なの、いったい……」
私は、美奈ちゃんのハンカチをギュッと握りしめた。
翌日の午後。真人からLINEがあった。
〈返信しないでゴメン。仕事が忙しかった。今出張中なんだ。日曜日の夜、電話するから〉
私は『嘘ばっかり……』と思いながらも、
〈返信ありがとう。仕事、頑張ってね〉
と送った。
返信がくるまでは悲しくて、悔しくて……。何で休暇のことを話してくれなかったのか、どうして聡史くんに出張だと嘘をついたのか、今、どこにいるのか……すべてを問い質そうと思っていた。
だけど真人のメールを読んだら、すうっと熱が引くような、不思議な気分になった。
『もう、いいや……』
何かが変わった瞬間だった。
月曜日、午後六時過ぎ。私は渋谷駅の近くにあるカフェで真人を待っていた。
〈少し遅れるかもしれない〉とLINEが来たので、近くの本屋でライトな恋愛小説を買った。
温かいカフェラテをひと口飲んでから本を開いた。
五ページほど読み進めたころ、真人が入ってくるのが見えた。
ウエイトレスに呼び止められている。私は真人を見ながら軽く手を上げた。
「遅れたな、ゴメン」
と真人。私の向かいの席に腰を下ろした。
「気にしないで。仕事、忙しそうね」
「ああ、まあな」
真人は注文を取りに来たウエイトレスに、コーヒーを注文した。
「コーヒーを飲んだら、飲みに行くか?」
「飲みたくないの」
「そうか……分かった」
真人のコーヒーが届いた。砂糖を一杯入れて、かき回す。この仕草が好きだったなあ……と思っていたら、
「あのさ」
と真人が言った。
「LINEとか……返さないでゴメンな」
「心配したのよ。『仕事が忙しい』ぐらい打てたでしょう?」
「うん、そうだよな……」
と言って、真人はコーヒー・カップを口に運んだ。
「でさ……この前のことなんだけどさ」
「あ、うん。返事、延ばしててゴメンね」
「いや、いいんだ。オレも、ゆっくり考えることができたから」
と真人。そして、
「悪いんだけど、無かったことにしてくれないか」
と言った。
驚いた私は、真人の顔を見た。先に言われるとは思っていなかった。
「私も断ろうと思っていたの」
「そうか……」
「真人と結婚して一緒に暮らすイメージが、どうしても湧かないの」
真人は私の顔を見ながら、
「別の理由があるんじゃないのか?」
と言った。
「え?」
「他に好きなヤツができたとか?」
「そんな!」
思わず声が大きくなった。私は冷めてしまったカフェラテを飲んでから、
「何でそんな風に思うの? ついこの間まで、私は真人のことを好きだったのに」
と声のトーンを落として言った。
「つい、この間まで?」
「そうよ。真人と連絡が取れなくなるまでよ」
「………」
真人は私から目を逸らした。
「でも、もういいわ」
「そうか……」
「別れましょう、私たち」
と私。真人は私の目を見て、
「そうだな」
と言った。
「……私、帰るね」
私はバッグを手に取って、席を立った。
「じゃあ、さようなら」
ふり向くことなく店を出た。
私は腹を立てていた。
私は真人しか見ていなかったのに。
自分から言うつもりだったのに。
涙の一つでも流れるかと思っていたのに。
『好きなヤツができたとか?』って何よ!
そんなことを思いながら、闇雲に歩いた。
気が付いたら〈LINE CUBE SHIBUYA〉の近くだった。
「私、何やってるんだろ……」
腕時計を見ると八時を回っていた。でも、アパートに帰りたくはない。
「そうだ!」
美奈ちゃんに連れて行ってもらったことのある、新宿二丁目の〈aki's bar〉を思いついた。