泥酔
「その場で指輪を返した? どうして……」
と美奈ちゃん。ビールに口を付けてから、
「真人くん、勇気を振り絞ってプロポーズしたんだと思うよ。目に浮かぶよ」
と言った。
「うん、分かってる。頑張ってくれたと思う」
「それじゃあ、何で?」
「だって……」
私は思わずため息。グラスに残っていたビールを一気に飲み干した。
真人からプロポーズされた翌日の日曜日。
TVを観ていても、音楽を聴いていても、掃除をしていても、昨日の出来事を思い出してしまう。
由美子のスマホに連絡をしたらデート中。他の友だちも繋がらなかった。
美奈ちゃんに電話するのはためらいがあった。真人と友だちだから。でもその一方で、美奈ちゃんならゆっくり話を聞いてくれると思った。
思い切って電話をしてみたら、
「ヒマしてたんだ。飲みに行こうか」
と快くOKしてくれた。
場所は新宿のレストランバー。ほとんど開店と同時に入店した私たちのビールは三杯目。美奈ちゃんのグラスのビールも、後少しになっている。
「ワインを飲もうか」
美奈ちゃんはウエイトレスを呼び止めて、チリ産の赤ワインをボトルで注文。ウエイトレスが、ボトルとワイングラスを持って来てくれた。
「このワインは安くてはおいしいから、『とにかく飲みたい!』ってときにピッタリなんだ」
と言いながら、美奈ちゃんがワインをグラスに注いでくれた。
「このラベル、見たことがある」
私はワインをひと口。柔らかな口当たり。フルーツのような甘い香りが口いっぱいに広がった。
「ホントだ。すごく飲みやすい」
と言って、私はグラスのワインを飲み干した。美奈ちゃんは苦笑い。私のグラスにワインを注ぎながら、
「で? 真人くんは何て言ったの?」
と尋ねた。
「どうしてって聞くから、結婚を考えたことがないって言ったの。そうしたら、じゃあ考えてくれって」
「考えてくれか……」
美奈ちゃんは、ワインをひと口。
「でもねえ、前にも言ったと思うけれど、真人は違うような気が、どうしてもするのよ」
「何が違うのか、少しは見当が付いた?」
「うん……」
好きか嫌いかで言えば、好きなんだと思う。だけどこの先、一生、好きでいられるか、愛していられるかと聞かれたら……。
私が頰づえをついて、
「一生は愛せないかもしれない。もしかしたら、私、本当は真人を愛してないのかも……」
と言ったら、美奈ちゃんは驚いた表情を浮かべた。そして、
「考えすぎない方がいい」
と言って、私の頭をポンポンと優しく叩いた。
「今日は飲もう。潰れたら送ってあげるから」
と美奈ちゃん。
「ありがとう」
私はワイングラスに口を付けた。
美奈ちゃんに抱えられるようにして、タクシーに乗り込んだことは覚えている。
気が付いたときは、自分のアパートのベッドの上。美奈ちゃんが、
「大丈夫?」
と言いながら、スポーツドリンクのペットボトルを手渡してくれた。私はグイッと飲んでから、美奈ちゃんにペットボトルを返した。
「……ありがと……大丈夫……」
と私。ベッドに倒れ込んだ。
「気持ち悪くない?」
「うん……気持ち悪くはない……」
「もう少し飲んだ方がいい」
と美奈ちゃん。私を抱えるようにして、スポーツドリンクを飲ませてくれた。
「眠い……」
「じゃあ、おやすみ。もう少し一緒にいられるからね」
と美奈ちゃん。ベッド脇の床に座った。
「いいよ……明日の仕事……」
「大丈夫だから気にしないで」
と言って、布団を掛けてくれた。
「ありがと……」
私は美奈ちゃんの優しさを感じながら、眠りについた。
激しい頭痛と吐き気で目が覚めた。
美奈ちゃんはいなかった。いつ帰ったのか……声はかけてくれたのだろうけれど覚えていない。
私はトイレへ駆け込んだ。
はうようにしてベッドに戻ったら、サイドテーブルに二リットルのスポーツ・ドリンクとコップ、美奈ちゃんの置き手紙があることに気が付いた。
〈着替えてから会社に行きたいから帰るね。スポーツドリンクを買っておいたから飲むんだよ。P.S.会社は休んだ方がいいかもね〉
『迷惑をかけちゃったな……』
置き手紙をサイドテーブルに戻したら、吐き気がぶり返してきた。
再びトイレへ。
『今日は無理……休もう……』
と思いながらトイレを出た。
時計を見ると、朝の七時四十五分を指していた。
会社の始業時間は九時だ。まだ誰も来ていないだろう。
とりあえず由美子に連絡しておこうと思い、私はバックからスマホを取り出した。
あれから一週間。
真人からの連絡はない。私自身、返事に迷っているから丁度よくはあるのだけれど、一週間も連絡を取り合わないのは初めてだった。
「ねえ、どうしたらいいと思う?」
昼休みに由美子に尋ねたら、
「連絡してみたら? 電話が嫌なら、LINEかメールでいいじゃない」
と言われてしまった。
「連絡を取ったら、返事しなきゃいけないでしょ」
「すればいいでしょ」
「まだ、決められないのよ」
私はため息をついた。由美子は呆れ顔。
「涼子って、そんなに優柔不断だったっけ? 私が涼子の立場だったら、その場でOKしちゃうよ」
「そんなこと言われたって……」
「とりあえずLINEをしたら?」
と言って、由美子はコーヒーを飲んだ。
「何て送ればいいの?」
「もう少し返事は待ってて、でいいんじゃない?」
「なるほど、そうね……」
私はスマホを取り出して、LINEを打ち始めた。
〈何も連絡しないでゴメンね。変わりはありませんか? プロポーズの返事は、もう少し時間をください〉
と真人にLINEを送ったけれど、昼休み中に返信はこなかった。夜になっても既読にもならなかった。
翌日の昼休み。真人からの返信はまだない。
「仕事が忙しいのかな」
と言ったら由美子が、
「拗ねちゃったのかもよ?」
と意地悪そうな表情を浮かべた。
「やめてよ、へそを曲げられると、後が大変よ」
「まあ、昨日の今日だし、もう少し待ってみたら?」
「うん……」
私はスマホを眺めながら、コーヒーを飲んだ。
真人にLINEをしてから三日が過ぎた。心配になって、
〈仕事が忙しいのかな? スタンプだけでもいいので返信を待ってます〉
と送ったけれど既読にならない。
仕事が終わってからすぐ、真人のスマホに電話をした。つながらない。真人のアパートの固定電話にもかけたけれど、留守番電話になっていた。
私は美奈ちゃんに電話をかけた。事情を話したら、
「私から連絡をしてみる。ちょっと待ってて」
と言ってくれた。私は会社の近くのカフェで、美奈ちゃんからの連絡を待つことにした。
一時間ぐらい過ぎたころ、美奈ちゃんから着信が。
「LINEの返信がないから、会社に電話をしてみたんだけど……休暇中だって言われた」
「え? 本当に?」
「来週の月曜日に出社しますって」
「何それ……私、聞いてない……」
私にプロポーズをしたときには、休暇の予定は決まっていたことになる。何で話してくれなかったんだろう……。
「今どこにいるの? すぐに行くから教えて」
と美奈ちゃん。
私は込み上げてくる涙を抑えながら、カフェの場所を美奈ちゃんに教えた。