テイク・オフ
亜紀さんは、美奈ちゃんが何時発の飛行機で帰るのか、具体的な時間までは知らなかった。
スマホの電話もLINEも繋がらない。
私は午前中の早い時間に、美奈ちゃんのマンションまで行くことに決めた。
翌朝六時半、スマホのアラームが鳴った。私はすぐに解除をした。
見ると、美奈ちゃんからLINEの返信があったという通知が、十五分ぐらい前にきていた。私はすぐにLINEを開いた。
美奈ちゃんからは、《ゴメン、仕事でスマホを切っていたんだ》とあった。私が《電話してもいい?》と返信したら、《いいよ》と美奈ちゃん。
私は少し緊張しながら美奈ちゃんに電話かけた。
「おはよう、朝早くにゴメンね」
「ううん、こっちこそ昨夜はゴメンね」
と美奈ちゃん。少し眠そうだ。
「昨夜ね……亜紀さんのお店に行ったの。でね……今日、長崎に帰るって、聞いたんだけど……」
と私。『お見合いするの?』という言葉が出てこない。
「亜紀さんの留守電を聞いたし、里美ちゃんのLINEも読んだよ」
と美奈ちゃん。少し笑いを押し殺している気配がする。
「何がおかしいの?! 何で言ってくれなかったの?!」
私の口調が少しキツくなった。美奈ちゃんは焦り気味に、
「ゴメン。休みを取ったから仕事が詰まっちゃってね。本当に時間が取れなかった」
と言った。
「それにしたって……」
「お見合いで帰るんじゃないよ。両親には電話で断ったんだけど、理由が理由だから……帰って直接、話すことにしたんだ」
と美奈ちゃん。
「じゃあ……」
「うん、カミング・アウトをしてくるよ」
私はホッとして泣き出してしまった。
「ゴメン、ゴメンね? 大丈夫だから。幸せにするから」
美奈ちゃんは、小さな子どもに話すかのようにのように、優しく優しく言ってくれた。
「わたし、まだOKの返事、してない……」
と私。泣いてしまったせいか、うまく話せない。
「あ。そうだよね、ゴメン」
と美奈ちゃんの声のトーンが落ちる。
「……何時の飛行機? 会って話がしたいの」
私は、なんとか声を振り絞って言った。
美奈ちゃんは、十二時半発の飛行機だと教えてくれた。
私たちは、十時半に羽田空港の出発ロビーで待ち合わせることにした。
十時少し前に、美奈ちゃんはキャリーケースを引いて現れた。
「ゴメン、待たせちゃったかな?」
「ううん、大丈夫。今来たところだから」
と私が言うと、美奈ちゃんはニッコリ。
チェックインを済ませ荷物を預けてから、私たちは近くのカフェに入った。
「LINEも電話もしないでゴメンね。確かに忙しかったんだけど、なんとなく……連絡し辛かったのもあって」
と美奈ちゃん。ウエイトレスがコーヒーを運んできた。
「ううん、私こそゴメンね」
と私。
「電話でも話したけれど、お見合いは断ったんだ。水曜日に帰ってくる。その間も連絡する」
と美奈ちゃん。
「うん、ありがとう。ご両親とのお話、頑張ってね。……それでね、この前のことなんだけど」
と私。喉がカラカラになる。水をひと口飲んでから、
「色々考えてたら混乱しちゃって。それで昨夜、亜紀さんのお店に行ったの」
と言った。
「うん」
と美奈ちゃん。不安そうな表情を浮かべた。こんな顔を見たのは初めてだった。
「そうしたらね。亜紀さんに『頭でっかちになり過ぎ』って言われちゃった」
と言って私は微笑んだ。そして、
「私でよかったら、お付き合いしてください」
と美奈ちゃんの目を見つめながら言った。
美奈ちゃんは「ほーっ」とひと息。そして、
「ああ、よかった。フラれたらどうしようかと……大丈夫だとは思ったけど」
と言って、とびきりの笑顔を見せた。
「ねえ、その自信はどこからきたの?」
と私。
「だって今朝、泣いてくれたじゃない」
と美奈ちゃんがいたずらっ子のように笑った。自分の顔がみるみる赤くなっていくのが分かった。
「……それ言うの、反則……」
私はうつむいてしまった。
「ゴメン、ゴメン。長崎のお土産を買ってくるね。何がいい?」
美奈ちゃんが私の顔をのぞき込みながら尋ねた。
私たちの恋愛は異性愛のカップルと比べると、確かに障害は多いと思う。その先のことも考え辛いかもしれない。
だけど美奈ちゃんは、
「これから、二人でゆっくり築き上げていこうね。ご両親への挨拶も、時期がきたらちゃんとするからね」
と言ってくれた。
十二時。美奈ちゃんは搭乗口に向かった。
「行ってきます!」
と手を振る美奈ちゃんの笑顔は晴れやかだった。
この女性となら大丈夫。乗り越えていける。
(了)
お読み頂きましてありがとうございます。
作者の田中芽生です。
この作品は、長らく筆が止まっていました。これを書き上げないと先には進めないと思い、加筆修正を加えて何とか完結まで辿り着かせました。
粗さが否めませんが、お楽しみに頂けましたら嬉しく思います。
田中芽生