小さな嘘
真人の大学時代の友人が集まるという、その飲み会にはあまり行きたくなかった。
「なあ、付き合ってくれよ。涼子を連れて行かないと、オレが飲み会代を全部出すことになる」
と頼んできた真人の声は、スマホ越しだから余計なのかもしれないけれど、本当に情けなかった。
「飲み会代、出せば?」
というセリフを、私はなんとか飲み込んで、
「分かった、付き合うわよ」
とため息をついた。
何で、イジられることが分かっている飲み会に行かなきゃならないんだろう。これも彼女の役目なのかな……なんて思いながら、真人と同行することにした。
新宿駅東口、新宿アルタ前。今は夏。
夕方の六時半になろうとしているとはいえ、まだ街には、昼間の蒸し暑さが残っている。
私はイライラしながら真人を待っていた。
待ち合わせの時間は、とっくに過ぎている。スマホの画面をタップ。着信はおろかLINEすら届いていない。
《今どこ? もう時間だよ》と真人にLINEを送ったら、《ゴメン、改札口に着いた》と返信が。《分かった》と送って、スマホをバッグにしまった。
飲み会は、ここから徒歩で五、六分の場所にある居酒屋で六時半から。できれば遅刻したくなった。
私は真人の友だちと会うのが初めてなのだ。
真人は、ちょっとなら遅れてもいいや、ぐらいに思っているんだろうけれど。
五分後。真人は小走りでやってきた。
「ゴメン。帰り際、上司に捕まっちゃってさ」
と言いながら、ハンカチで汗をぬぐった。
「だったら、会社を出るときに連絡してくれればいいのに」
「とにかく急がなくちゃと思ってさあ。連絡してないことに気づいたのは新宿駅で……」
と真人。慌てて会社を飛び出してくる真人が、目に見えるようだ。私は湧き上がってくる笑いをなんとか抑えて真人の手を取り、
「……行こうか。約束の時間、過ぎてるよ」
と言った。
店に着いたのは七時前。ほぼ全員がそろっていて、私たちは拍手かっさいで出迎えられた。
「オレの彼女の、涼子」
と真人が私を紹介したら、
「信二です、よろしく」
「美穂です」
「どうも、聡史です」
と次々に自己紹介をしてくれた。みんなの名前、覚えられるかなあ……と思いながら席に着いたとき、
「あれ……美奈は?」
と真人が言った。
「遅れるって。急に取材が入ったらしいよ」
と、真人の向かいに座っている信二くんが言った。
「ふうん、相変わらず忙しいヤツだなあ」
「とりあえず乾杯しようよ。みんなグラスを持って……かんぱ~い!」
あちこちでグラスの鳴る音がした。みんなの楽しそうな表情を眺めながら、私は軽くグラスに口を付けた。
私と真人は、一年半ぐらい前に友だちが主催した合コンで知り合った。
ちょっと線が細そうだけど綺麗な顔立ちをしているな……と思って見ていたら、
「あの……ご出身はどちらですか?」
と話しかけられた。
「え? と、東京ですけど……」
笑いをかみ殺しながら答えたら、
「オ……オレ、変なこと言いましたか?」
と真人。
「だって、『ご出身はどちらですか』って……そんなこと、合コンで聞かれたのは初めてだったから」
「あ……何て話しかけていいか、分からなくて……」
「そんなに緊張しないで……東くん、でしたっけ?」
「そうです。近藤さん、でしたよね?」
よろしくお願いします、と二人で頭を下げたら、
「そこ、お見合いみたいよ」
と友だちに茶化されてしまった。一同、大爆笑。真人も緊張がほぐれたのか、笑顔を見せてくれた。
真人は私より一つ年上の二十五歳。年が近かったせいか、話が合うような気がした。
合コン以来、連絡を取り合うようになって、「この人と付き合うのかな……」と思っていたら、真人の方から告白してくれた。
ちょっと頼りないところもあるけれど、真人は優しくしてくれる。
優しくは、してくれるのだけれど……。
「ところでさ、涼子ちゃんと真人は、どこで知り合ったの?」
私の斜め向かいに座っている希実子ちゃんが言った。
「友だちの紹介っていうか……」
私が口を濁すと、
「もしかして合コン? コイツ、ちょっと前までに出まくってたもんなあ」
と信二くん。ニヤニヤしながら真人を見ている。
「え? 真人って、そんなに合コンに出ていたの?」
と私が言ったら、信二くんは「ヤベッ」と小さく呟いた。
「お前の口の軽いところ、なんとかなんない?」
と、真人は苦笑いを浮かべた。そして、グラスに口を付けてから、
「涼子と出会う前のことだから、さ」
と言って、私の顔をのぞき込んでだ。
「まあ、いいけど……」
と私。
「ねえねえ、それじゃあさあ、ひと目ぼれ? どっちがアプローチしたの?」
美穂ちゃんが私と真人を見比べながら尋ねた。
私が真人の脇腹を小突くと、真人がおずおずと手を上げながら、
「オレだけど」
と言った。
「へえ……お前、そんなことするヤツだったっけ?」
と聡史くんが真人に尋ねたとき、
「遅くなってゴメン」
という声がした。
スラッと背の高いショートヘアの女性で、ブルージーンズに白いボタンダウン、肩から大きめのカバンを提げていた。
「あ、美奈、お疲れさま!」
と希実子ちゃん。
「お疲れさま、取材だったんだって?」
と真人が言った。
「うん、同僚が倒れちゃってさ……ピンチヒッターだったんだよね」
と言いながら私の隣に座った。
「あ、コイツがオレの彼女」
と真人。
「初めまして、涼子です」
「美奈です、よろしくね」
とニッコリと笑って言った。
「真人くんさあ、彼女をコイツ呼ばわりはないんじゃない?」
と美奈ちゃん。信二くんから注いでもらったビールを、グイッと一気に飲み干した。
「え……そうかな」
と真人。いきなりの美奈ちゃんからの指摘に戸惑っている。
「照れ隠しなんだろうけれど」
「私は気にしていないですから」
と言って私は、美奈ちゃんにビールを注いだ。
「あ、敬語は使わないで。一つしか違わないんでしょ?」
と美奈ちゃん。私は笑顔で頷いてから、
「何で知ってるの?」
「この前の飲み会で、真人くんが涼子ちゃんのことを話してくれたから」
「もう、何を話したのよ」
私は真人をジロリ。
「えっ、たいしたことは話してないよ」
と言いながら真人は、向かいに座っている信二くんたちの方へ逃げてしまった。
美奈ちゃんや信二くんたちは大笑い。
「久しぶりに彼女ができたって、嬉しそうだったのよ」
と美奈ちゃん。
「みんな、なかなか信じてくれなくてさ」
と真人。
「それで、連れて来いって、オレたちがけしかけたんだ」
「ふうん、そうだったの」
と言って、私はグラスに口を付けた。
「それにしても、よく飲み会に来る気になったね」
と美奈ちゃん。
「え? だって私が来ないと、真人が飲み会代を全部出すことになるって……」
と言って、私はみんなを見渡した。
「真人くん? 嘘をついちゃいけないなあ」
と美奈ちゃんがニヤリ。
「真人、どういうこと?」
私が尋ねると、
「ゴメン……」
と言って、小さくなってしまった。
「ああ、オレが悪いんだ」
と、信二くんが助け船を出した。
真人は優しい性格な反面、気が弱くてなかなか女の子に話しかけられない。そんな真人に彼女ができるはずがないと、みんなが茶化したら、
「じゃあ、今度、連れて来るよ!」
と言い切ってしまったという。
「後になって、『どうすれば来てくれるだろう』って真人が言うからさ、『飲み会代を出すことになる』って言えばってオレが……」
と申し訳なさそうに信二くんが言った。
みんなの手前、怒ることもできない。私は軽くグラスに口を付けてから、
「まあ、いいわ。こんな機会でもなければ、真人のお友だちと知り合えなかったんだし」
と言って笑うしかなかった。
飲み会は思いのほか楽しかった。
真人の友だちは、みんな気さくな人ばかり。中でも後からきた美奈ちゃんは、竹を割ったようなというか、いわゆる〈男前〉な性格で話しやすかった。美奈ちゃんも私を気づかって何かと話しかけてくれた。
特に、美奈ちゃんもシンガー・ソングライターの相本沙希ちゃんのファンだと分かったときには、他のみんながビックリするほど盛り上がってしまった。
「じゃあ、今度、一緒にライブに行こうよ」
と美奈ちゃん。
「うん! 一緒に行く人がいなくて、ちょっと寂しかったの」
と私が言うと、真人が顔をしかめた。
「いいでしょう? 一人で行くよりマシだと思うけれど」
私は、真人の顔をのぞき込みながら言った。
「うん……まあ、いいけどさあ……」
「あれ? 涼子ちゃんがライブに行くの、嫌なんだ?」
美奈ちゃんが真人に尋ねると、
「っていうか……」
「嫌って、ハッキリ言いなさいよ」
私は苦笑い。
「あんまりイメージがよくないっていうか、男が集まるっていうか……」
沙希ちゃんは、その歌唱力には定評はあるのだけれど、奇抜なファッションでもよく注目を集める。その容姿に惹かれた男性ファンも確かに多くて、一度、真人をライブに連れて行ったら一気に引かれてしまったのだ。
「お前さあ、ライブに行く子どもを心配する親父みたいだぜ」
と信二くんが呆れている。
「でしょう? 私も、そう言うんだけどさ」
「だから、ライブに行くのは反対してないじゃん」
と真人。明らかに機嫌が悪い。それでも私は、
「じゃあ、美奈ちゃんと一緒にライブに行ってもいいわよね?」
と真人に尋ねた。
「うん……いいよ」
「キマリね。連絡先、交換しようよ」
と美奈ちゃん。
私は笑顔で頷きながらスマホを立ち上げた。
飲み会が終わってからも、真人の機嫌は悪いままだった。それにかかわらず、私をアパートまで送ってくれるところが真人らしいのだけれど、ムスッとしたままでいられては私も気分が悪い。
アパートまで後少しというところで私は、
「何で、そんなに機嫌が悪いの? 次からは二人でライブに行くんだし、いいじゃない」
と切り出した。
「どっちもどっちだ」
と真人はボソリ。
「何で? 真人の友だちの美奈ちゃんと一緒なのよ?」
「美奈だからだよ」
「はあ?」
もしかして、真人は美奈ちゃんが好きだったのかな……と思っていたら、
「アイツ、レズビアンなんだよ。気が付かなかった?」
と真人が言った。
「へえ、気が付かなかった。それで?」
「それでって、お前……」
「あれだけ人が集まれば、同性愛者の一人ぐらいいるわよ。そんなことよりも、勝手に私に話してもいいの?」
私は無性に腹が立ち、口が止まらなくなってしまった。
「真人って、そういうことで人を判断する人だったの? というよりも、私を信用してないんだ?」
「そうじゃないよ、心配なんだ。不安なんだよ」
「今回の飲み会だって、あんな嘘をつかなくてもいいじゃない! 最低!」
と叫んで、私は走り出した。
背後から、「おい、待てよ!」という真人の声が聞こえたけれど、足が止まらない。
真人が私を愛し、心配してくれていることは分かる。でも……。
私は後ろ手にアパートのドアを閉めて、鍵をかけた。なぜか涙が出てきた。