第7話 雨上がりの「ごほうび」
昨夜の雨は、激しかった。
屋根を叩くバラバラという音に、志乃は何度か不安そうに外を伺っていたが、俺は景虎の大きな腕の中で、泥のように眠りこけていた。
翌朝。
雨は嘘のように上がり、湿った土の匂いが立ち込める中、俺は真っ先に中庭へ飛び出した。
(……よし、崩れていない。石を置いた場所も、想定通りだ)
昨日、レンちゃんと作った「おふねの道」は、大量の雨水を飲み込みながらも、その形状を保っていた。土を削りすぎることもなく、建物の基礎周りには水たまり一つできていない。
「……朔、ここにいたか」
背後から太い声がした。父・景虎だ。
彼は腕組みをしながら、昨夜の激流を耐え抜いた「泥の溝」を、じっと見つめていた。
「昨夜の雨は酷かった。いつもならこの庭は池のようになり、床下まで水が入り込むのだが……。見てみろ、志乃。乾くのが異様に早い」
景虎に呼ばれ、志乃も縁側へ出てくる。
「本当ですね……。朔ちゃんが作った『おふねの道』のおかげかしら」
「ふむ……。たかが子供の遊び、と思っていたがな」
景虎はしゃがみ込み、俺が「たまたま」置いたはずの、水の勢いを殺すための石に触れた。
「……泥が抉れていない。水の勢いが見事に削がれている。朔、お前は本当に『ありさん』の声を聞いたのか?」
「うん! ありさん、お家が流されないように、石さんで『おっとっと』してねって言ったの!」
俺は満面の笑みで、三歳児特有の無敵の論理を展開した。
景虎は一瞬、呆気に取られたような顔をしたが、やがてガハハと豪快に笑い、俺をひょいと肩車した。
「はっはっは! 水の神にアリの使いか! よし、朔。昨夜、城を守った褒美だ。レンを呼んで、今日は『龍のなみだ』の泉まで散歩に行くぞ!」
「わあ! いく、いく!」
俺は肩車の上で跳ねた。
「龍のなみだ」――昨日レンちゃんが言っていた、きらきらした石が拾える泉だ。
城の外に出られる絶好のチャンス。
「準備なさい、朔。お山は少し険しいですからね」
志乃が忙しなく俺の着替えを用意し始める。
俺は掌の中に、昨日レンちゃんからもらった「きらきら」を握りしめた。
(ただの散歩じゃない。この領地の『水源』と『地質』を、この目で確かめてやる)
三歳の冒険。
それは、弱小領地の未来を測量するための、最初の大規模調査でもあった。
「れんちゃーん! いっしょにいくよー!」
俺の呼ぶ声に応えるように、門の向こうから、レンちゃんが嬉しそうに駆け寄ってくるのが見えた。
名もなき戦国の空は、どこまでも高く、青かった。




