第6話 レンちゃんとお庭の「おふね」遊び
おやつを食べ終えた俺とレンちゃんは、再び庭へと飛び出した。
空はまだ青いが、雲の形が少しずつ厚みを増し、風が湿り気を運んできている。
(……間違いない。今夜か明日には、まとまった雨が来るな)
俺は三歳の短い指を顎に当て、庭の「急所」を探る。
前回の簡易排水路は、日常的な雨には耐えられるが、集中豪雨が来れば一気に溢れて床下浸水を招く。特に、石垣の根元に水が溜まると、地盤が緩んで崩落の危険すらあるのだ。
「わかとの、なにしてるの? また、ありさん?」
レンちゃんが不思議そうに覗き込んできた。
「ううん。さくね、おふね、流したいの! れんちゃんと、競争するの!」
「おふね? でも、お水がないよ?」
レンちゃんが首を傾げる。俺はニヤリと笑って、庭の隅にある大きな水瓶を指差した。
「ここから、ちょろちょろーって出すの! おみじゅの道、もっと長く作るの!」
「わあ、おもしろそう! レンも手伝う!」
五歳のお姉さんは、遊びの提案にはノリが良い。
俺たちは二人で、前回の溝をさらに深く、そして「蛇行」させて掘り始めた。
(……よし。ただ真っ直ぐ引くと流速が上がりすぎて、土が削られてしまう。わざと曲げさせて、水の勢いを殺すんだ)
現代の土木工学で言う「多自然型川づくり」の知恵だ。
レンちゃんは夢中で泥を掻き出し、俺は「たまたま」を装って、溝の曲がり角に大きめの石を置いていく。
「ここに石さん置くと、おみじゅが『おっとっと』ってなるよ!」
「ほんとだ! わかとの、おもしろいね!」
レンちゃんが楽しそうに笑いながら、俺の真似をして石を並べる。
二人の「どろんこ遊び」の成果として、庭を横断する立派な「おふねのコース」が出来上がった。
「できた! かかさまー! 見て見てー!」
俺が呼ぶと、縁側から志乃が顔を出した。
「あらあら、また泥だらけになって……。でも、立派な道ができましたね」
志乃は微笑んでいるが、その背後で父・景虎が、何気なく俺たちの「コース」を凝視していた。
(……父上、気づいたか?)
景虎は無言で歩み寄り、俺たちが掘った溝をじっと見つめる。
その形状、石の配置、そして最後に水が抜けていく石垣の隙間。
「……朔。この『おふねの道』、なぜここを曲げた?」
景虎が、真剣な眼差しで俺に問いかけた。三歳の子供に聞く内容ではないが、武将としての勘が何かを感じたのだろう。
「えっとね、ありさんが『ゆっくり歩きたい』って言ったの! おみじゅも、ゆっくりがいいんだって!」
俺は無邪気にレンちゃんの言葉を引用して答えた。
景虎は一瞬呆然とし、それから豪快に笑い声を上げた。
「ははは! 水の気持ちを汲むか! よし、志乃、今日はこのままにしておけ。朔の『傑作』だ」
景虎は俺の頭を撫でると、そのまま家臣たちを呼びに奥へ消えていった。
(ふぅ。なんとか『遊び』として受理されたな)
俺はレンちゃんと顔を見合わせ、満足げに頷いた。
その夜。
アリの予言通り、激しい雨が御剣城を叩いた。
だが、暗闇の中で激しく流れる雨水は、俺たちが作った「おふねの道」に導かれ、建物の基礎を傷つけることなく、静かに、そして確実に城外へと排出されていった。
眠りの中で雨音を聞きながら、俺は小さな勝利を確信していた。




