第5話 レンちゃんと「ありさん」の行列
レンちゃんに手を引かれ、俺たちは庭の隅にある大きな古木の根元までやってきた。
五歳の女の子というのは、三歳児から見れば立派な「お姉さん」だ。レンちゃんは袴の裾が汚れるのも構わず地面にしゃがみ込み、真剣な顔で指を差した。
「ほら、わかとの。ありさんたちが、お引越ししてるよ」
「ありさん! いっぱい、いるね!」
俺も隣でしゃがみ込み、地面を這う黒い行列を眺める。
行列は、木の根元の隙間から、少し高い位置にある石垣の隙間へと向かっていた。
(……ほう。アリの引っ越しか。それも、かなり高い場所へ移動しているな)
前世のサバイバル知識が、脳内で警報を鳴らす。
アリが高い場所へ卵を運び出すのは、近いうちに大雨が降る前兆であることが多い。野生動物の行動は、どんな精密な気象観測機器よりも早く「変化」を察知する。
「ありさん、お山にいくの? お空、あんなに青いのに」
レンちゃんが不思議そうに首を傾げる。
確かに、空は一点の曇りもない快晴だ。しかし、湿り気を帯びた風が、わずかに頬を撫でた。
「ありさん、おみじゅ、きらいなのかな?」
俺はわざと、昨日の「水遊び」に繋げるように呟いた。
「えっ? 雨、降るのかな……」
レンちゃんが不安そうに空を見上げる。五歳の子に「気圧配置」や「観測」なんて言っても始まらない。俺はレンちゃんの足元に落ちていた、昨日俺が作った「排水路」の残骸を見つめた。
「ありさん、お家が『ちゃぷちゃぷ』になるの、嫌なんだって」
「……わかとの、ありさんの言葉がわかるの?」
レンちゃんが目を丸くして俺を見た。
いけない、少し「神童」を出しすぎたか。俺は慌てて、にへらと笑って誤魔化した。
「ううん! さくも、お布団が『ちゃぷちゃぷ』だと、かなしいもん!」
「ふふふ、変なの。わかとのはおねしょしちゃうの?」
レンちゃんがコロコロと鈴を転がすように笑った。その屈託のない笑顔に、俺もつられて笑ってしまう。
「レン、朔。そろそろおやつの時間ですよ」
縁側から志乃が呼ぶ声がした。
俺たちは手を取り合って、元気に返事をして駆け出した。
(アリの移動……。もし本当に大雨が来るなら、昨日のあの程度の溝じゃ足りないな)
おやつに出された、ほんのり甘い干し柿を頬張りながら、俺は庭の地形を再確認する。
父上(景虎)はさっき、家臣たちと談笑しながら奥へ引っ込んでいった。
(「たまたま」を装って、もう一段階、排水機能を強化しておかないと。レンちゃんの『きらきら』を拾ったあの泉も、溢れたら大変だ)
俺はモグモグと口を動かしながら、三歳の頭をフル回転させた。
隣でレンちゃんが「美味しいね、わかとの」と笑いかけてくる。
この平和な時間が、泥水に流されないように。
「かかさま! さく、もっと、お外で遊びたい!」
「あら、元気ねえ。でも、レンちゃんが帰るまでですよ」
俺はレンちゃんの手を再び取り、作戦を練るために太陽の下へと飛び出した。




