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『知らない戦国の弱小領地、現代の「収益構造」を導入したら? ~土木と農政の専門知識で「飢えない国」を設計する~』  作者: れんれん


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第26話 見えざる障壁と「影」の初陣

「共栄塾」の設立から半年。

徹底した食事管理と、俺が授けた「観察のいろは」を叩き込まれた子供たちは、もはやただの流民の子ではなかった。彼らは、蓬水ほうすいの谷が外界へ放った、音も立てずに広がる「網」となっていた。

「お館様。北の『飛騨嶺ひだね』を越えた地点に潜入させていた『一番組』より、報せが届きました」

側仕えであり、領地の流れを管理する聡太が、一枚の木札を持ってきた。そこには、俺と彼らだけが共有する秘密の符丁が並んでいる。

「……解読せよ、聡太」

「はっ。……北の強国、『武尊たける家』。当主・武尊たける 晴信はるのぶの命により、精鋭騎馬隊を含む二千の兵が動きました。目的は南下の路確保。……現在、かなりの速度で進軍しており、三日後には閑那かんなの境界へ達する見込みです」

「理」による敵の解体

武尊晴信。

かつて聞き覚えのある名に似ているが、その版図も、率いる将の名も、俺の知る物語とは大きく乖離している。だが、名前などどうでもいい。重要なのは、彼らがどのような「状態」でこちらへ向かっているかだ。

「二千の兵、うち騎馬が三百。……聡太、この進軍の様子から何が見える?」

俺の問いに、聡太は淀みなく答えた。

「兵糧を運ぶ小荷駄こにだが少なすぎます。つまり、彼らは腰を据えて戦うつもりがない。あるいは……途中の村々で略奪を行いながら、一気に駆け抜けるつもりです」

「その通りだ。さらに、馬の足取りが重いという報告がある。武尊の馬は強靭だが、この閑那の急峻な山道に、重い防具を着けたまま挑めば、頂上に着く頃には息も絶え絶えになるだろう」

俺は地図を見つめ、彼らの「疲弊」を予測した。

険しい山道、慣れぬ気候、そして終わりの見えない登り坂。それ自体が、どんな城壁よりも強固な防壁となる。

「……迎撃するのですか、順様?」

いつの間にか背後に立っていたレンが、静かに尋ねた。彼女の瞳には不安よりも、俺が導き出す「答え」への信頼が宿っている。

「いや。正面からぶつかるのは労力の無駄だ。レン、お前には『炊き出し』の準備を頼みたい。ただし、城下ではなく、国境くにざかいの第一関所だ」

「影」の初手:戦わずして削ぐ

俺は、塾を卒業したばかりの少年たちに、次の指令を出した。

「武尊の軍勢が進む道筋に、偽の『土砂崩れ』の情報を流せ。同時に、彼らが立ち寄るであろう村々の井戸に、石鹸を混ぜて一時的に飲めなくしておけ。……殺す必要はない。ただ、彼らの足を止め、心を折るんだ」

「殺さずに、追い返すのですね」

「そうだ。戦わずに勝つのが最も賢い。彼らが空腹と喉の渇き、そして情報の混乱で疲れ果てた頃に、俺たちが『救いの手』を差し伸べる」

武力でねじ伏せれば恨みが残る。だが、圧倒的な豊かさの差を見せつけ、「戦うだけ損だ」と思わせることができれば、それは将来的な「協力関係」に繋がる。

「……順様は、本当に不思議なお方です」

レンが、クスクスと笑いながら俺の肩に手を置いた。

「剣を振るう代わりに、噂と石鹸で軍勢を止めてしまうのですから」

「……最高の褒め言葉として受け取っておくよ、レン」

十三歳の俺と、十五歳のレン。

そして、その影で音もなく動く幼き観測員たち。

蓬水の谷は、迫り来る「武尊」の嵐を、知恵という名の巨大な防風林で受け流そうとしていた。


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