第23話 閑那(かんな)の「頭脳」と新たな種芽
蓬水の谷へ流れ着く民の数は、日に日に増していた。俺は、検疫を終えて「鉄の組」や「紙の組」に配属される前の者たちが集まる広場を、レンと共に視察していた。
喧騒の中で、ふと足を止めた。
他の子供たちが配給の粥を奪い合うように食べている傍らで、地面に図形を描き、小石を並べている一人の少年がいた。
「順様、あの子……」
「ああ。目が違うな」
俺はその少年の前に屈み込み、描かれた図を覗き込んだ。それは、配給の列の長さを測り、一人が粥を受け取るまでの時間を計算しようとする「工程管理」の初期衝動に見えた。
「……名前は?」
「……聡太」
少年は顔を上げ、俺の瞳を真っ直ぐに見返した。怯えはない。そこにあるのは、世界を「法則」として捉えようとする、強烈な好奇心だった。
「側使い」の試験
俺は聡太を城へ連れ帰り、一つの試験を出した。
「聡太。ここに三つの村がある。それぞれの村から一日に運び出される鉄の量と、それを運ぶ大八車の速度、そして道の勾配がこれだ。……一番効率よく全ての鉄を城へ集めるには、どう指示を出す?」
俺は現代の「オペレーションズ・リサーチ」の初歩を、この時代の言葉に置き換えて提示した。
聡太は、俺が渡した数表をじっと見つめ、数分の沈黙の後、たどたどしいながらも、ある「最適解」を口にした。
「……一番高い村の鉄を、先に下ろします。その空いた車を、二番目の村で使えば……人は少なくて済みます」
「……正解だ。しかも、俺が想定したよりも一割、人員を節約する案だな」
俺は確信した。この少年には、戦場で槍を振るう才能よりも、一国の「理」を司る稀代の官僚、あるいは軍師としての素質がある。
英才教育の開始
俺は聡太を「側使い」として取り立て、俺直々の英才教育を施すことに決めた。
「聡太。今日からお前には、この世界の『裏側』にある数字を教える。論理学、幾何学、そして統計学だ。お前は俺の右腕となり、この蓬水の谷を計算で支える存在になれ」
「……はい、お館様」
聡太の瞳に、新たな知の灯火が宿った。
俺が聡太に最初に教えたのは、物事を分解して整理する「論理の樹(意思決定ツリー)」の概念だった。感情に左右されず、常に最善の選択肢を導き出すための思考法だ。
「順様、聡太くん、とても飲み込みが早いですね。……でも、あまり詰め込みすぎて、知恵熱を出させないであげてくださいね?」
レンが夜食の茶菓子を運びながら、苦笑いする。彼女は、俺が自分と同じ「孤独な視座」を持つ者を見つけたことを、どこか嬉しそうに見守っていた。
「分かっている。……だがな、レン。これから蓬水が大きくなるにつれ、俺一人では抱えきれない『変数』が増えていく。聡太のような、頭脳で戦える人間がどうしても必要なんだ」
蓬水順と、その愛妻レン。そして、新たに加わった若き頭脳・聡太。
「閑那」の小領地・蓬水は、ただの武力集団ではない。
高度な「思考」と「数理」によって駆動する、この時代で最も洗練された「知的生命体」へと、その姿を変えようとしていた。
「……さあ、聡太。次は『複式簿記』の話をしようか」
「はい!」
夜が更けても、城の一室からは、新しい時代を書き換える筆の音が、絶えることなく響き続けていた。




