第20話 「親政」と、約束の婚礼
月日は矢のように過ぎ、俺は十三歳の春を迎えた。
元服の儀を済ませ、幼名である「朔」から、正式に**御剣 弾正忠 順(みつるぎ だんじょうのじょう じゅん)**という名を授かった。背丈は父・景虎の肩に届くほどに伸び、その佇まいはもはや、数理と鋼で領地を導く「若き知主」そのものであった。
そして、レンは十五歳。
かつての泥だらけの少女は、志乃のもとでの厳しい修行を終え、誰もが見惚れるような、しとやかさと芯の強さを兼ね備えた佳人へと成長していた。
「……順様。いよいよ、今日なのですね」
城内の一室。婚礼の衣装に身を包んだレンが、鏡の前で静かに呟いた。白無垢の打掛が、彼女の白皙の肌をより一層引き立てている。
「ああ。五歳のあの日、泥をこねていた俺たちが、こうして家を継ぐ。……感慨深いな、レン」
俺は黒漆の具足を脱ぎ、正装である直垂を纏って彼女の隣に立った。
前世の記憶を持つ俺にとって、十五歳の花嫁はまだ幼く見える。だが、この十年間、共に領地を歩き、飢えを凌ぎ、戦を乗り越えてきた彼女は、俺にとって唯一無二の「伴侶」であった。
祝言と、民の歓喜
婚礼の儀は、御剣城の広間にて、一門と重臣たちが集う中で厳かに行われた。
三三九度の盃を交わし、俺とレンは正式に夫婦となった。
「……これより、御剣の家督は順に譲る。私は隠居し、この若き知恵者の『盾』となろう」
景虎が力強く宣言すると、広間には割れんばかりの祝辞が響いた。
だが、本当の「祝宴」は城の外にあった。
俺はレンの手を引き、城のバルコニーへと出た。
眼下には、俺たちが整備した石畳の道に、数千の領民が集まっていた。
「若殿……いや、お館様! おめでとうございますだ!」
「お方様、お美しゅうございます!」
民が手に持っているのは、俺が普及させた「石鹸」で洗われた清潔な手と、二毛作で得た豊かな「麦の餅」だ。
高炉からは祝砲代わりの煙が上がり、水車は休むことなく回り続けている。
「……見てくれ、レン。これが俺たちの作った『景色』だ」
「はい……。順様。私、この景色を一生忘れません。あなたが守ってくれたこの笑顔を、私も共に守り続けます」
レンが、俺の腕をそっと抱き寄せた。十五歳の彼女の体温は温かく、そこには新しい命を繋いでいくという、戦国を生きる女性の覚悟が宿っていた。
新しい時代の夜明け
その夜。
静まり返った寝所で、俺たちは二人きりになった。
かつての「婚約」の夜とは違い、そこには家と、領民と、そして自分たちの未来を背負った、確かな夫婦の絆があった。
「……レン。改めて、俺の妻になってくれてありがとう。俺の計算では、お前と出会えたことが、この人生で最大の『幸運』だった」
「ふふっ。また難しいことを。……でも、私も同じです。順様。……今夜は、お仕事の話は抜きですよ?」
レンが少しだけいたずらっぽく笑い、行灯の火を細めた。
十三歳の俺と、十五歳のレン。
夫婦となった二人の物語は、ここから本格的な「国造り」へと加速していく。
外の世界では、織田、武田、上杉といった巨頭たちが動き始めていた。だが、この山奥の「鉄と知恵の国」は、誰にも侵せぬ輝きを放ちながら、乱世の海へと漕ぎ出した。
「……愛しているよ、レン」
「……はい。私も、順様」
暗闇の中で重なる二人の鼓動。
それは、御剣領に訪れる、長く平和な時代の確かな予動であった。




