第15話 幼き「約束」と、それぞれの道
婚約の儀を無事に終え、城内は祝いの酒に沸いていた。
しかし、儀式が終われば、レンは再び父・佐々木殿の屋敷へと戻ることになる。正式な「輿入れ」は、二人がもう少し成長し、元服や髪上げを済ませてからの話だ。
「……朔様。今日は、ありがとうございました」
広間の隅、人気のない廊下で、レンが少し照れくさそうに頭を下げた。
美しい着物に身を包んだ彼女は、今日から「幼馴染」ではなく、俺の「婚約者」という公の立場になった。
「ああ。……少し、窮屈だったか? レン」
「いえ。……でも、明日からまた、佐々木の屋敷でお行儀の修行だなんて。若君と泥んこ遊びができなくなるのは、ちょっと寂しいです」
レンがいたずらっぽく笑う。その瞳には、かつての少女の面影と、未来の正室としての覚悟が同居していた。
「……修行か。志乃からも、厳しい教えがあるだろうな。だがレン、お前が立派な『御台所』になってくれることが、この御剣の何よりの守りになるんだ」
俺は、一歩近づいて彼女の目を見つめた。
十一歳の俺と、十三歳の彼女。
身体こそまだ幼いが、俺たちはこの領地の「未来」を背負うパートナーとして選ばれたのだ。
「……朔様。私、頑張ります。算術も、織物も、そして……朔様を支えるための知恵も。次にこの城へ来る時は、もっとお役に立てるようになってみせます」
「ああ、期待している。……だが、たまには息抜きに、あの『龍のなみだ』の泉にでも行こう。あそこは、俺たちの原点だからな」
「はい! 約束ですよ」
レンは嬉しそうに頷くと、迎えに来た佐々木殿と共に、夜の帳が下りる門へと向かっていった。
遠ざかる提灯の明かりを見送りながら、俺は独り、夜風に吹かれた。
(婚約。……これで、領内の結束は固まった。次は、この安定を背景に、さらに『技術』を加速させる番だ)
十一歳の俺は、掌に残る彼女の手の温もりを噛み締めながら、再び自室の書机へと向かった。
そこには、新しく設計した「高炉」の図面が広げられている。
愛する者を守るためには、優しさだけでは足りない。
圧倒的な「力」と「豊かさ」が必要だ。
「……待っていろ、レン。お前が安心して暮らせる、最高の城を用意してやる」
静まり返った城内に、筆を走らせる音だけが、力強く響き渡っていた。




