第14話 言祝ぎ(ことほぎ)と覚悟の儀
季節は巡り、レンが十三の春を迎えた。
戦国の世において、十三歳という年齢は単なる数字ではない。女子が「大人」として扱われ、家を繋ぐ役割を担える身体になったと見なされる、決定的な境界線だ。
城内の空気は、ここ数ヶ月で微妙に変化していた。
家臣の佐々木殿が俺を見る目が、忠義に加えて「舅」のような慎ましさを帯び始め、侍女たちもレンを「若様の御台所」として扱うような目配せを見せていた。
「朔、少しお話があります」
ある夜、志乃に呼び出された。
父・景虎も傍らに座り、いつになく厳かな表情で俺を見つめている。
「レンちゃんのことです。あの子も十三になり、立派な大人の身体になりました。……朔、あなたも十一。そろそろ、この領地の未来を盤石にせねばなりません」
志乃の言葉は、母としての慈しみと、領主の妻としての冷徹な現実感が混ざり合っていた。
「……婚約、でございますか」
俺は静かに問い返した。前世の感覚では、十一歳と十三歳の婚姻など、あまりに早すぎる。だが、ここは一寸先も分からぬ戦国だ。有力な家臣の娘を嫡男の正室に据えることは、領内の団結を強めるための「鉄則」でもある。
「佐々木は、我が御剣の柱石だ。その娘であるレンを娶ることは、家臣一同への何よりの信頼の証となる。朔、お前に異存はないな?」
景虎の問いに、俺は一瞬、レンの笑顔を思い浮かべた。
三歳の頃から、俺の突飛な「遊び」に付き合い、泥だらけになりながら共に歩んできた少女。彼女はこの状況をどう思っているのだろうか。
「……承知いたしました。レンを、一生かけて守り抜く所存です」
俺の答えに、両親は安堵の表情を浮かべた。
数日後、城の広間で簡素ながらも厳かな婚約の儀が執り行われた。
三献の儀を終え、二人きりになった縁側で、俺は隣に座るレンを見た。
いつもより少し濃い化粧をし、慣れない重い着物に身を包んだ彼女は、どこか遠い存在のように見えた。
「……レン。怖くないか? こんなに早く、俺の妻になることが」
俺の問いに、レンは少しだけ俯いた後、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、かつての幼い輝きだけでなく、一人の女性としての強い決意が宿っていた。
「若君。……いえ、朔様。私は三歳のあの日、泥だらけで『おふね』を作った時から、ずっと決めていたのです」
レンは、俺の少し大きくなった手を、そっと両手で包み込んだ。
「あなたが作る新しい道を、一番近くで見ていたい。あなたが疲れた時は、私が一番近くで支えたい。……私は、朔様のお子を産み、この御剣の家を共に守り抜く覚悟です」
その言葉の重みに、俺は胸を打たれた。
十一歳の俺と、十三歳の彼女。
身体はまだ未熟かもしれないが、この時代を生き抜こうとする魂は、誰よりも成熟していた。
「……ありがとう、レン。お前が信じてくれるなら、俺はこの国を、どこまでも豊かにしてみせる」
俺は彼女の手を握り返した。
それは恋慕という以上に、同じ戦場を駆ける「戦友」としての、そして一生を添い遂げる「伴侶」としての、固い誓いだった。
城下に広がる新道の灯りを見つめながら、俺たちは新しい家族の形へと、最初の一歩を踏み出した。




