第13話 「道」と遠き足音
東の峠へと続く新道建設が始まった。俺が現場で命じたのは、山を直線で登るのではなく、等高線に沿って緩やかに迂回する「つづら折り」の工法だ。
「……ここだ。佐々木、この角度で切り崩せ。勾配は六分(約6%)を超えてはならぬ。馬が荷を引く際、これ以上は足腰への負担が幾何級数的に増す」
俺は地面を木の枝で叩き、正確な切り通しの線を引いた。十歳の若君が山中で指示を飛ばす姿は、今や石工や人夫たちにとっても「当たり前」の光景となっている。
「若君、仰せの通りに。……しかし、この道を広げれば、交易は盛んになりますが、他国からの侵入も容易になりませぬか?」
現場監督を務める佐々木殿が、拭った汗とともに懸念を口にした。
「……案ずるな。道とは、ただ通すだけのものではない。要所に『視界の死角』を作り、万一の際には上から土砂を流して即座に封鎖できるポイントを設けてある」
俺は図面を指さした。前世で学んだ道路設計のノウハウを、そのまま「軍事要塞化」に応用した設計だ。ただの利便性だけを追うほど、俺はこの戦国という時代を甘くは見ていない。
「若君! 休憩にお水を持ってきたよ。……あ、また難しそうなお話?」
レンが、竹筒に入った「龍のなみだ」の冷水を差し出してきた。十二歳の彼女の笑顔が、殺伐としがちな土木現場に柔らかい風を運ぶ。
「……いや、お菓子の馬車が通りやすくなる話をしていたところだ。ありがとう、レン」
俺は水を受け取り、喉を鳴らして飲み干した。冷たい水が、思考で熱くなった脳を冷やしてくれる。
「ねえ、若君。道ができると、お隣の国の人も遊びに来るのかな?」
「……遊びに来るだけなら良いがな。だが、彼らがこの御剣の豊かさを知った時、最初に来るのは『遊び』ではなく『欲』だろう」
俺は遠く、領境の尾根を見つめた。
道ができることで、この領地は急速に発展する。だがそれは、隠れ里であった御剣が、乱世という荒波に漕ぎ出すことを意味していた。
(土木で富を築き、その富で守りを固める。……俺がこの地に転生した意味は、そこにあるはずだ)
「さあ、戻るぞ。志乃が夕餉を冷まさぬようにとな」
俺はレンと、そして驚異的な速度で道を切り拓いていく男たちを連れ、新しく削られたばかりの土を踏みしめて城へと歩き出した。
夕日に照らされた新しい「道」は、金色の帯のように、まだ見ぬ未来へと伸びていた。




