表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『知らない戦国の弱小領地、現代の「収益構造」を導入したら? ~土木と農政の専門知識で「飢えない国」を設計する~』  作者: れんれん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/27

第10話 五歳の「つみき」遊び

城の裏手、西側の石垣。

そこは、いつの時代の地震か雨か、一部がはらみ出し、大きな石がいくつか零れ落ちたまま放置されていた。

「わかとの、ここ危ないよ。崩れちゃうかも」

七歳になったレンちゃんが、心配そうに俺の袖を引く。

「大丈夫! ほら、レンちゃん。この石さん、形がカッコいいよ」

俺は五歳の小さな体で、地面に転がっている頭ほどもある石を、よいしょと抱え上げた。

現代の土木知識が、俺の網膜に「グリッド」を投影する。

(……典型的な谷積みか。だが、裏込めうらごめいしが流失して空洞ができている。このままじゃ次の大雨で一気に崩落するな)

城の防御の要が、これでは心許ない。

俺は三歳の頃から、ことあるごとにこの場所を「探検」と称して観察してきた。

「さくね、お城を直す『お医者さん』ごっこするの!」

「お医者さん? 石垣に?」

レンちゃんが不思議そうに首を傾げる。

俺は「うん!」と大きく頷き、石垣の隙間に溜まっていた腐葉土やゴミを、竹べらで丁寧にかき出した。

「まずは、お掃除。きれいにしてから、お薬を塗るんだよ」

「お薬……あ、この細かい石さんのこと?」

レンちゃんが足元に転がっている拳大の石(栗石)を指差した。

「そう! これを、奥までぎゅうぎゅうに詰めるの。石さんが『痛くないよ』って言うまで!」

俺はレンちゃんと二人で、崩れた隙間にひたすら小さな石を詰め込んでいった。

ただの石積みではない。

奥に詰める石の大きさを揃え、排水性を確保しつつ、大きな親石を支える「裏込め」の工程を、遊びとして完璧に再現していく。

「……朔。ここで何をしている」

不意に、背後から低く重厚な声がした。

父・景虎ちちうえだ。側近の佐々木殿(レンちゃんの父)を連れ、巡回していたらしい。

「あ、ちちうえ! お城の『お医者さん』してるの!」

俺は泥だらけの顔を上げ、満面の笑みを向けた。

景虎は無言で歩み寄り、俺たちが「修復」した箇所をまじまじと見つめた。

「……佐々木。これを見ろ」

「は、はい。……むむっ!? これは……」

佐々木殿が驚愕の声を漏らす。

五歳の子供が遊んでいたはずの場所。そこには、崩れかけていた石垣の隙間が、絶妙なバランスで詰められた石によって、驚くほど強固に補強されていた。

「石をただ積むのではない。裏側に細かい石を詰め、水を逃がす隙間を作りつつ、面を合わせている……。朔、これは誰に教わった?」

景虎の目が、鋭く俺を射抜く。

「だれも教えてないよ! 石さんがね、『ここに入れてー』って言うんだもん。計算すると、ここが一番落ち着くんだよ」

「計算……だと?」

景虎が眉をひそめる。

俺は地面の砂の上に、指でさらさらと図形を描いた。

「この角度と、この重さ。これなら、雨が降っても石垣さん、泣かないよ」

それは、現代の力学計算に基づいた、石垣の安定勾配の模式図だった。もちろん、五歳児が描く「お絵描き」の体裁を保ってはいるが。

「……殿。若殿の仰ることは、理に適っております。というか、我らが雇っている石工いしくよりも、はるかに正確でございます」

佐々木殿が震える声で言った。

景虎はしばらく沈黙した後、大きな手で俺の頭を乱暴に、だが愛おしそうに撫でた。

「……水の次は、石か。朔、お前はこの領地を丸ごと作り直すつもりか?」

「えへへ、お城、かっこいいほうがいいもん!」

俺は笑って誤魔化した。

だが、その日の夕方。

景虎は、領内の主要な石垣と土手の点検を、全家臣に命じたという。

五歳の俺が引いた「遊び」の境界線が、少しずつ、着実に、この国の「構造」を揺らし始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ