第10話 五歳の「つみき」遊び
城の裏手、西側の石垣。
そこは、いつの時代の地震か雨か、一部が孕み出し、大きな石がいくつか零れ落ちたまま放置されていた。
「わかとの、ここ危ないよ。崩れちゃうかも」
七歳になったレンちゃんが、心配そうに俺の袖を引く。
「大丈夫! ほら、レンちゃん。この石さん、形がカッコいいよ」
俺は五歳の小さな体で、地面に転がっている頭ほどもある石を、よいしょと抱え上げた。
現代の土木知識が、俺の網膜に「グリッド」を投影する。
(……典型的な谷積みか。だが、裏込め石が流失して空洞ができている。このままじゃ次の大雨で一気に崩落するな)
城の防御の要が、これでは心許ない。
俺は三歳の頃から、ことあるごとにこの場所を「探検」と称して観察してきた。
「さくね、お城を直す『お医者さん』ごっこするの!」
「お医者さん? 石垣に?」
レンちゃんが不思議そうに首を傾げる。
俺は「うん!」と大きく頷き、石垣の隙間に溜まっていた腐葉土やゴミを、竹べらで丁寧にかき出した。
「まずは、お掃除。きれいにしてから、お薬を塗るんだよ」
「お薬……あ、この細かい石さんのこと?」
レンちゃんが足元に転がっている拳大の石(栗石)を指差した。
「そう! これを、奥までぎゅうぎゅうに詰めるの。石さんが『痛くないよ』って言うまで!」
俺はレンちゃんと二人で、崩れた隙間にひたすら小さな石を詰め込んでいった。
ただの石積みではない。
奥に詰める石の大きさを揃え、排水性を確保しつつ、大きな親石を支える「裏込め」の工程を、遊びとして完璧に再現していく。
「……朔。ここで何をしている」
不意に、背後から低く重厚な声がした。
父・景虎だ。側近の佐々木殿(レンちゃんの父)を連れ、巡回していたらしい。
「あ、ちちうえ! お城の『お医者さん』してるの!」
俺は泥だらけの顔を上げ、満面の笑みを向けた。
景虎は無言で歩み寄り、俺たちが「修復」した箇所をまじまじと見つめた。
「……佐々木。これを見ろ」
「は、はい。……むむっ!? これは……」
佐々木殿が驚愕の声を漏らす。
五歳の子供が遊んでいたはずの場所。そこには、崩れかけていた石垣の隙間が、絶妙なバランスで詰められた石によって、驚くほど強固に補強されていた。
「石をただ積むのではない。裏側に細かい石を詰め、水を逃がす隙間を作りつつ、面を合わせている……。朔、これは誰に教わった?」
景虎の目が、鋭く俺を射抜く。
「だれも教えてないよ! 石さんがね、『ここに入れてー』って言うんだもん。計算すると、ここが一番落ち着くんだよ」
「計算……だと?」
景虎が眉をひそめる。
俺は地面の砂の上に、指でさらさらと図形を描いた。
「この角度と、この重さ。これなら、雨が降っても石垣さん、泣かないよ」
それは、現代の力学計算に基づいた、石垣の安定勾配の模式図だった。もちろん、五歳児が描く「お絵描き」の体裁を保ってはいるが。
「……殿。若殿の仰ることは、理に適っております。というか、我らが雇っている石工よりも、はるかに正確でございます」
佐々木殿が震える声で言った。
景虎はしばらく沈黙した後、大きな手で俺の頭を乱暴に、だが愛おしそうに撫でた。
「……水の次は、石か。朔、お前はこの領地を丸ごと作り直すつもりか?」
「えへへ、お城、かっこいいほうがいいもん!」
俺は笑って誤魔化した。
だが、その日の夕方。
景虎は、領内の主要な石垣と土手の点検を、全家臣に命じたという。
五歳の俺が引いた「遊び」の境界線が、少しずつ、着実に、この国の「構造」を揺らし始めていた。




