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とある冒険者の日常

冒険者の日常:屋敷ごと燃やせば解決です

作者: 志井 七乃華
掲載日:2026/03/19

ソーサラーのダークエルフ、エリシャは言った。

「燃やしましょ。この屋敷ごと」


 その発言に至るまで、ほんの数時間前のことだ。


 酒場の奥、薄暗いテーブルに肘をついていたエリシャの前に、バーバリアンの男――サーガがずかずかと歩み寄ってきた。開口一番、ぶっきらぼうに言い放つ。


「エリシャ、イケすかねぇてめぇの力がいる」


「あんた、それ力を貸したいやつに言うセリフじゃないよ」


 火花が散るような視線のぶつかり合い。だがサーガは構わず話を続けた。


「街の外れにでけぇ屋敷があるだろ。あそこに、オレの仲間が攫われた」


「攫われた? あそこは貴族の屋敷だろ。証拠は?」


「あるさ!」


 サーガは拳を叩きつけるようにテーブルを打った。


「仲間が“調査依頼を受けた”って言ってから連絡がねぇ!あの屋敷で何かあったんだ!」


 確証とは言い難いが、焦りだけは本物だった。エリシャはため息をつく。


「依頼もなしに踏み込んだら、不法侵入で捕まるよ」


「うっ……」


 言葉に詰まるサーガを見て、エリシャは肩をすくめた。


「まぁ、姿を消す魔法くらいなら使える。あんたには貸しがあるしね。今回だけだよ」


「マジか!?貸したかいがあったぜ!サンキューなババア!」


「ここで消し炭にしてやろうか」


 そうして二人は、夜の闇に紛れて屋敷へと忍び込んだ。


 内部に入るとすぐ、廊下は左右に分かれていた。右からは規則正しい足音――警備兵の気配。左からは、説明のつかない嫌な気配。


 二人は顔を見合わせる。


「どーすんだ?どっち行っても楽じゃねぇぞ」


 少しの沈黙のあと、エリシャがあっさりと言った。


「燃やしましょ。この屋敷ごと」


「脳筋か!」


 思わず叫ぶサーガ。しかし、その口元は笑っていた。


「……悪くねぇな」


 結論は早かった。


 次の瞬間、二人は派手に火を放った。


「うぉおおお!」


 炎は瞬く間に広がる――はずだった。


「待て待て待てぇ!!」


 慌てて駆けつけた警備兵たちに取り押さえられる。だがサーガは軽々と兵を投げ飛ばし、突破する。


 それでも、燃え広がるはずの炎は不自然に消えていった。


「なんだ!?」


 二人が視線を向けた先には、杖を構えた屋敷の主人がいた。


「不届き者め。裁きの雷を受けよ!」


 雷が落ちる。エリシャは即座に防御魔法を展開し、サーガを強化した。


 サーガは雷を躱し、剣で弾きながら突進する。しかし主人の周囲には次々と雷が落ち、距離が詰められない。


「くそっ……!」


「少し時間稼げる?」


 エリシャの問いに、サーガは短く頷く。


「任せろ!」


 雄叫びと共に突っ込む。斬撃の嵐が主人を襲い、その注意を引きつける。


「サーガ!どいて!」


 声に反応し、サーガは即座に後退。次の瞬間、エリシャの魔法が主人を拘束した。


「よっしゃー!」


 勝利を確信したサーガは、息を荒げながら問い詰める。


「仲間のジャンはどこだ!」


「……それを聞いてどうする」


「どうするって――」


 その時だった。


「サーガ!?何やってんだお前!!」


 駆け込んできた警備兵の中に、見覚えのある顔があった。


「ジャン!?無事だったのか!!」


「は!?何言ってんだ!」


 互いに間の抜けた声が重なる。


 事情はすぐに明らかになった。


 ジャンは依頼を無事にこなし、その働きを評価されて、この屋敷で警備兵として雇われていたのだ。ただ忙しく、連絡が遅れていただけだった。


 沈黙。


 そして――


「……あ」


「……あ」


 その後、二人は盛大に謝罪した。主人に、警備兵に、そして冒険者組合に。


 結果として下された罰は――酒場での無償労働。


「くそぉ……」


「ほんとあんたのせいでとばっちりよ」


「屋敷燃やそうって言い出したのはてめぇだろうが!」


「あんたが怪しいとか言うからでしょ!!」


「静かにせんかー!!」


 組合スタッフの怒号が飛ぶ。


 睨み合いながらも、二人は渋々働き続ける。


 果たして彼らは、再びまともな冒険者に戻れるのか。


 ――少なくともその日は、酒場はいつも以上に騒がしかった。

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