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いろんな人がいろんなところで

忙しいのよね

掲載日:2026/02/21

 わたしは、困っている人を見ると、どうしても放っておけない性格だった。


 駅前で書類を落とした人がいれば一緒に拾った。それで電車に乗り遅れて遅刻してしまった。

普段、代返してあげている婚約者はしらんふりしていた。


サークルでレポートに困っている子がいれば「どこが分からないの?」と椅子を引いて隣に座る。

ゼミの発表資料だって、頼まれれば夜中まで一緒に構成を練った。


「ほんと助かる」「あなたいないと無理」


 その言葉が、わたしの報酬だった。


 婚約者の勉強もそうだ。資格試験を受けると言い出したとき、過去問を集め、要点をまとめ、模擬問題を作った。

彼は「俺は要領が悪いからさ」と笑っていたけれど、合格発表の日、彼はわたしより先に親友に電話していた。


 その違和感を、わたしは無視していた。


 ある日、大学の構内を歩いていて、植込みの陰から自分の名前が聞こえた。


「ほんと便利だよな、あいつ」

「だよね。頼めば何でもやるし」

「俺がちょっと優しくすると、すぐ本気になるし」


 婚約者の声だった。


 親友が笑う。


「レポートもノートも全部もらえるもんね」

「しかも自分が役に立ってるって本気で思ってるの、可愛いよね」


 誰かが言った。


「おまえは悪いやつだ」

「おまえだって」


 笑い声が重なった。


 足の先から冷えていく感覚がした。怒りより先に、何かがすっと引いていく。


 目が覚めた、と思った。


 次の日から、わたしは手伝うのをやめた。


「ねえ、この統計のところだけ教えてくれない?」

「ごめん、忙しいの」


「発表資料、一緒に作ってくれない?」

「今、隣のおばさんの従妹の再婚先の連れ子の手伝いをしてるの」


 自分で言っていて意味が分からないくらい遠い関係。でも、わたしは真顔で言った。


「え、なにそれ」

「だから、すごく忙しいの。ごめんね」


 婚約者が不機嫌そうに言った。


「最近、冷たくない? 試験前なんだけど」


 わたしはノートを閉じた。


「当たり前でしょ。わたしも同じだもの。わたしも試験前なの」


 今までは、彼の勉強を優先していた。自分の復習は後回し。夜中に眠い目をこすりながら、自分の課題に取りかかっていた。


 やめた。


 ゼミのグループチャットも既読をつけない。ノートの共有もしない。頼まれても「自分で考えたほうが身につくよ」と返す。


 数日で、空気が変わった。


「レポート終わらない」

「参考文献どこにあるか分かんない」

「発表どうしよう」


 知らない。


 カフェで一人、静かに自分の課題をやる時間が、こんなに楽だなんて知らなかった。


 親友が言った。


「最近、どうしたの? 怒ってる?」


 わたしは微笑んだ。


「ううん。忙しいの。隣のおばさんの従妹の再婚先の連れ子、意外と手がかかるの」


「は?」


 婚約者も言った。


「おまえが手伝ってくれないと困るんだけど」


 わたしは初めて、はっきり言った。


「わたしが困ってたとき、あなたは何をしてた?」


 沈黙。


 あの植込みの陰の笑い声が、頭の中で再生された。


 でも、もう痛くなかった。


 わたしは、ようやく自分の時間を取り戻したのだ。


 困っている人を助けるのは、悪いことじゃない。


 でも――


 自分を馬鹿にする人まで助ける義理はない。


 それに気づいたわたしは、少しだけ強くなった。


いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。



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― 新着の感想 ―
伝えたいことは分かりますが、キャラクターが全く活かされてないので魅力がイマイチ伝わってきません。 結局人助けをやめて、主人公はどうなったんですか?婚約者と親友に言い返して、いっときのスカッとした気持ち…
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