みじかい小説 / 034 / 男やもめ
「男やもめに蛆がわき、女やもめに花が咲く」
和子が声を張り上げる。
「なんだ、大げさにことわざなんか持ち出して。嫌われるんだぞ、そういうの」
俺がそう言うと、和子は一度顔をくしゃっと寄せて「別にこの年だ、誰に嫌われようがかまわないよ」と言ってことわりもせずリビングの椅子に座った。
ここのところの雨模様で、部屋の中はじっとりと湿り気を帯びたようにしずんでいる。
俺はリビングのテーブルの上に大きさの違う湯呑を二つ出し、茶を注ぐ。
「一人暮らしは寂しいだろう、だから来てやってるんだ」
「別に頼んじゃいないがな」
「そんなこと言って、孤独死してもいいっていうのか」
「死んだ後のことは知らん」
いつも同じやりとりをして笑う。
4畳のリビングに6畳のフローリングがついたこの家に、俺はかれこれ30年住んでいる。
6畳の部屋にはテレビと万年床、小さなちゃぶだいにグラウンドゴルフの道具、それにいつのものだか分からないコンビニの袋とその中身が散乱している。
「ちょっとは掃除でもしたの」
と和子が問う。
「ちょっとはな」
と俺は答える。
和子は「どれ」と言って奥の部屋へと移動し、床に散らばったビニール袋を集めだす。
「いいって、自分でやるから」
俺が声を荒げると、「いいからいいから、こういうのは年長者に甘えておくもんだ」と返事がする。
俺は傷む膝をさすりながら和子の働きを眺める。
「まるで押しかけ女房だな」
冗談交じりに言う。
「ありがたく思いなさい」
と顔もあげずに和子が答える。
張りのあるその声はわずかに笑っている。
「雨が上がったらすぐにグラウンドゴルフだ。また一緒にやろう」
「早くやんだらいいけどね」
45Lの袋をいっぱいにして、和子は腰を伸ばして外を見る。
俺はそんな和子に心の中で手を合わせながら茶をすするのだった。
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