時計
私のご主人様は、私を一目で気に入りました。
私もご主人様のことを気に入りました。
私のような高級な時計には、ご主人様のようなお金持ちがふさわしいのです。
周りの時計達に胸を張って、私は時計店を後にしました。
着いたところは、広くて清潔感のある新築のお宅でした。
ご主人様自ら、私を真っ白な壁にかけてくれました。
「どうだ、すごいだろう」
と、ご主人様は私をお坊ちゃんに披露しました。
お坊ちゃんは、「おっき~い!」と目を丸くしていました。
私は鼻を高くして、カチ、コチ、カチ、コチと腕を振りました。
しかし、ご主人様は私のことをあまり見てくれません。
仕事柄なのか、金色に光る腕時計で時間を確認してばかりで、見下ろす私には一瞥もくれません。
私を見て頂けるのは、お坊ちゃんか奥様です。
それでも私は時を刻むのが仕事ですから、ご主人様のために一生懸命、チク、タク、チク、タクと足を回しました。
ところが、ある日突然ご主人様もお坊ちゃんも奥様もいなくなってしまいました。
家の中には、私が上げる乾いた音がずうっと響いていました。
私は待ちました。
お金持ちは旅行をすることが多いのですから、このくらい待てなければ時計として失格だと自分に言い聞かせました。
そうしてもう1カ月が経ちました。
ある時、耐えかねた私は、テーブルの上に佇んでいる砂時計さんに聞きました。
「ご主人様はどちらへご旅行に行かれたのでしょう?」
すると砂時計さんは、砂をカサカサさせて、こう言いました。
「ああ、ご主人様はご自宅へ戻られたよ」
私は驚いて尋ねました。
「ではここはご自宅ではなかったのですか?」
「ああ、ここはご主人様の別荘さ」
それでも私は、カチ、コチ、チク、タクと休みなく働き続けます。
私の仕事など気に留める人も物もいません。
でも、それが時計としての使命でありますから、いつかまたご主人様に正確な時間をお届けできるように、頑張っているのです。
どうも、亀です。
この小説のテーマは、「見えない努力」。
あなたの部屋にある時計だって、
あなたが見ている時も、見ていない時も、
ずうっと働き続けています。
感じるところがあれば、
まずは目の前の時計に「お疲れ様」と言ってあげて下さい。