第8話 スキル検証②
大岩を眺めてしばらくぼんやりとしていたハイドだったが、スキルの検証はまだ終わっていない。
「【神界の泥人形】……あらゆるものに変化することができて、あらゆる傷を癒やすことができる、か。ここまで来るとあらゆるって説明、怖いんだよなぁ」
あらゆる武芸か体術――という説明だった【武神の導き】の性能のめちゃくちゃさを今痛感したところだ。
ハイドは若干及び腰になりつつも、【神界の泥人形】の検証を始める。
「……怪我、したくないなぁ」
このスキルの能力の一つ、あらゆる傷を癒やす。
それを試すには一度怪我をするしかない。
ちょうど二日前まで打撲傷を全身に負っていたハイドだったが、コーデリアたちに不審がられないようスキルを使うわけにはいかなかった。
折角母親に治してもらったのに自分で怪我をすることへの負い目。そして何よりも痛みに怯えつつ、ハイドは【武神の導き】を発動する。
「い、ってッ」
木の棒で指の先を軽く斬る動きをイメージし、スキルの示した道を辿る。
大岩を切断したときと同じように、ハイドの指の先が斬れて鮮血が滲み出す。
「――【神界の泥人形】」
そうして、傷が塞がった状態を思い描く。
するとハイドの指先を光が覆い、その光が収まると傷は綺麗さっぱりなくなっていた。
「この程度は一瞬か。いやまあ、十分おかしいんだけども。……ただ、もっと大きい傷の場合はどうなんだろう」
コーデリアの【治癒結界】はハイドの怪我を治すまでまる二日かかった。
それでも驚異的なスピードだ。全治一ヶ月ほどの怪我を二日で治してしまったのだから。
だが、このスキルはその次元にさえないような気がする。
あの大怪我も今みたいに一瞬で癒える感覚がハイドにはあった。
「といっても、流石に腕を切り落としたりとかは怖くてできないよなぁ」
スキルの性能を測る上で限界を知っておくことは大事だが、流石にそこまでの勇気は出なかった。
「まあ大怪我を負わない限り、少なくとも治癒の面では【神界の泥人形】が暴走することはないだろうし。……後は、変化の方だけど」
ハイドはこの二日間、自分のスキルについての考察を深めていた。
その結果、【神界の泥人形】の変化と治癒の能力は、根本を辿れば同一のものであると考えていた。
つまり、イメージした状態を再現する。
治癒能力も、怪我をしていない状態への変化――そう考えることができる。
「変化……たとえば犬とかに――――なれるんだ……」
犬になりたいと思った瞬間、全身を光が覆う。
視界がやけに低くなったかと思えば、眼下にはキツネ色の毛並みをした犬の足が見える。
およそ犬らしくない動きで自分の全身を確認したが、どう見ても柴犬に変化していた。
「――ワン」
戸惑い混じりの声を零したハイドの口からは犬の鳴き声が出る。
(そんなところまで再現されるのか)
困惑しつつ、ハイドは四足で走り出す。
公園でフリスビーを追いかける犬のように、ハイドは軽快に森の中を疾駆する。
人には明らかにできない動きだ。
ひとしきり走り回った後、ハイドはその場で変化を解いた。
「……つまり、変化したものの能力も引き出せる、ということか」
これは考えようによっては恐ろしいことだ。
今は柴犬だったが、もしこの世界にいる強力な人やモンスターに変化したなら、その能力も使える可能性があるということになる。
その時、頭上でバサバサと鳥が羽ばたく音がした。
突然人に変わったハイドに驚いたかのように、夜空へ飛び立っていく。
その様子を見上げていたハイドは、ふと思った。
「翼……背中に翼を生やしたら、それを使って空を飛べるのかな」
ハイドが思いついたということは、イメージを思い描いた、ということ。
【神界の泥人形】はハイドの望みを忠実に再現する。
背中で何かが光ったかと思えば、そこには立派な白い翼が生えていた。
不思議なことに、両腕や両足と同じように翼の使い方が理解できる。
「よ、っと」
翼に力を籠めて羽ばたく。
ふわりとハイドの両足が浮き上がり、重力の軛から解放されていく。
頭上に伸びた木々の先へ追いつき、さらに飛び越え、遂には森の上へと飛び立った。
「はは、は…………」
眼下には鬱蒼と生い茂る森とリューゲン家の邸宅。
そして頭上のすぐそこに、漆黒の空が広がっている。
地球では考えられないほどの澄み渡った空。
そこで爛々と輝く星と月の輝きが、ハイドの体を照らしていく。
飛んでいた。紛れもなく、ハイドは空を飛んでいた。
柴犬へ変化したときと同じように、ハイドはしばらく夜空を自由に飛び回る。
上空は地上よりも冷えているが、ここでも【神界の泥人形】が活躍していた。
寒い、という体の感覚を癒やす。
これはハイドが意識的に行った使い方というよりは、無意識の副産物だった。
「こういう応用も利くなんて、やっぱり検証してよかった」
あらゆる環境への適応。
【神界の泥人形】の性能がまた一つ増えた。
「後は、【神泉の源】だけど……」
ハイドは翼を羽ばたかせて上空に留まり続ける。
本来、スキルとは使えば使うほどに体内に有するマナを消費していく。
マナとは生命力のようなもので、これが尽きると動けなくなる。
こうして翼を発現させてその能力を使い続けている間も、ハイドはマナを消費し続けている。
いや、今に限ったことではない。
今日のスキル検証の間、【武神の導き】で大岩を斬ったときも、【全知神の目】で鑑定や視界確保をしたときも、【神界の泥人形】で犬に変化したときも。
例外なく、ハイドは体から力が抜けていく感覚を抱いていた。
しかしその度に、抜けた力が補充されていた。
スキル【神泉の源】。その能力は、マナを無尽蔵に扱えるというシンプルなものだ。
だが、
「これが、ある意味では一番のぶっ壊れだな」
恐らく、一般的なスキルと比べて自分が所持しているスキルのマナの消費量は尋常ではないと、ハイドは感じていた。
こうして空を飛び続けるのも、本来であればそう長い間できることではない。
しかし、【神泉の源】はそれを可能にしていた。
三つのチートスキルを使い続けてもなお、尽きることのないマナ。それが最後のチートスキルの性能だった。
一つ一つであれば強力であっても多少の弱点を有するスキル。
それらが四つ揃うことで、あらゆる弱点を打ち消し合っていた。
「ああ、それにしても、綺麗だなぁ……」
ハイドは周囲を見渡す。
無限に広がる夜空に輝く満天の星々。その一つに加わったような錯覚を抱く場所で、ハイドは自分に与えられたスキルの性能を思い知ったのだった。