第7話 スキル検証
「あなた! あれだけ怪我はさせないようにってお願いしましたよね!」
「いやしかし、修練に怪我は付きもので」
「なにが付きものですか! これだけ傷だらけにして! ああ、可哀想なハイド……」
ハイドは今、ベッドの上で母コーデリアに抱きしめられていた。
周囲には彼女のスキル【治癒結界】が発動していて、ハイドの全身に痛々しくつけられた打撲の跡が少しずつ治っていく。
そしてベッドの脇では、ドルフが床に正座してコーデリアから叱りつけられていた。
「これで怒鳴られたのは二度目だ……」などと悲しげに呟くドルフを、ハイドはいい気味だと見下ろす。
(ほんと、反省しろ! こんなの一歩間違えなくても虐待だからな! あぁくそ、いってぇ!)
――あの後、ドルフは何度もハイドへ向けて木剣を振り下ろした。
だが、そう何度もスキルを発動するようなヘマはしない。
結果としてできあがったのが、無数の打撲傷を作ったハイドと優しい妻に怒られる旦那、という構図だった。
(それにしても荒療治過ぎるだろ。【剣術】のスキルに目覚めさせるために、いきなり襲いかかるなんて)
最初はドルフの奇襲という蛮行に戸惑ったが、落ち着いた今はその真意を理解できる。
奇襲の直前、ドルフが話していたことだ。
【剣術】を必要とする場面など、幼いうちは遭遇しない、と。
ドルフはハイドに眠っているであろうスキル【剣術】を引き出すために、【剣術】が必要な場面を作り出した。
それがあの殺気に満ちた奇襲であり、実際にドルフの企みは成功した。
ただし、引き出されたのは【剣術】ではなく【武神の導き】だったが。
(たぶん、代々同じやり方をしてきたんだろうなぁ。リューゲン家、怖い。というか貴族怖い)
とはいえ、大怪我という代償を払っただけあってドルフやあの場にいた騎士団員たちはハイドの実力に半信半疑になっていた。
一度目は、ハイドが言うように本当にたまたまだったのでは――と。
「とにかく! しばらくは修練も止めてくださいねっ。【剣術】が目覚めなかったのでしたら、この年から無理に激しい修練を積む必要はないでしょう?」
「いやしかし、貴族としての」
「い、い、で、す、ね!」
「…………はい」
ひとつわかったことがある。
ハイドはずっと、この家ではドルフの発言がすべてだと思っていたが、実際は違ったらしい。
(それにしても、俺も考え方を改めた方がいいな)
【治癒結界】の温もりに全身を包まれながら、ハイドは思案する。
ハイドはこれまで自身に与えられた四つのチートスキルを使わないことで、その存在を隠してきた。
使わなければバレるはずがない、と。
しかし今回の一件でその前提が崩れた。
今まで使ってこなかった【武神の導き】が外部からの刺激によって無意識的に発動してしまい、危うく分不相応な力を持っていることがバレてしまうところだった。
(ある程度力を使いこなしておくことが、力を隠し通す上で必要なのかもしれない)
力から目を背けていては、今回のように暴走してしまう。
ハイドはその事実を思い知っていた。
◆ ◆ ◆
二日後。コーデリアの【治癒結界】で完全に傷が癒えたハイドは、皆が寝静まった時分、密かに自室を抜け出していた。
目的はもちろん、神様から与えられた四つのスキルを使いこなすため。
燭台を片手に屋敷内を巡回しているメイドたちの目をかいくぐって建物の裏手へ行くと、騎士団の屯所と訓練場がある。
だがこの時間、団員たちは屯所の中で休んでいる。
一応警戒しつつ屯所の脇を抜けてさらに奥へ進むと、リューゲン家の敷地を取り囲む石壁が見えてきた。
ハイドは壁の隙間から外へ抜け、その奥に広がる森の中へ足を踏み入れた。
夜の森は不気味な空気を放っている。
月明かりは思ったよりも明るく、綺麗だが、木々の生い茂る森の中では灯りの役割はあまり期待できない。
「早速試してみるか。――【全知神の目】」
スキルが発動する。
鑑定や千里眼の能力を有し、この目で見通せないものはないという、【全知神の目】。
今までは鑑定という能力しか使ってこなかった。
だが、
「おお、すごい。まるで昼間みたいだ」
真っ暗なはずの視界が明るくなり、木々や草花の色はもちろん、そこに潜んでいる虫たちまでハッキリと見える。
暗視装置やサーモグラフィという次元ではない。
ハイドの視界だけ、昼夜が逆転したような別世界の視え方だ。
「……鑑定も、使えるよな」
足下の草を注視して、この草について知りたいと念じる。
鑑定情報
名前:カルデア草
情報:湿った環境を好む植物。生命力が強い。無味無臭。
「それと、千里眼の能力も」
ハイドはその場で振り返ると、屋敷のある方角を向いた。
そして自分の部屋を見たいと念じると、一気に視界が拡張されていき、眼前に自分の部屋の光景が浮かび上がってくる。
「はは、は……壁とか障害物お構いなしに本当になんでも見通せるんだな」
【全知神の目】は、本当に全知なんだろう。
望んだものをなんでも視ることができる。
「こんなにたくさんの能力があって一つのスキルだもんな。……いや、びびってる場合じゃない。俺の平穏な人生のためにも、すべてのスキルを検証しないと」
覚悟を決めて、今度は【武神の導き】を発動する。
このスキルは体を使うありとあらゆる武芸や体術における正解の動きを見通し、実行することができるというもの。
ドルフとの一件ではこの力が暴走し、彼の奇襲を見抜いてカウンターの動きを実行させた。
あるいは【全知神の目】との相乗効果かもしれないと、ハイドは思う。
「よくマンガとかラノベとかで、この岩を剣で斬れ――みたいな展開があるけど、このスキルでそれが可能だったりするのか?」
そんなことできるわけがないと思いつつも、過小評価をして力に呑み込まれる愚は犯すまいと自分に言い聞かせ、ハイドは手頃な木の棒を掴む。
そして、【全知神の目】で探し出した大岩の前に立ち、念じる。
――この岩を、斬りたいと。
「……っ!」
道が、開かれた。
ドルフの時と同じ、光のレールが延びていく。
手にしているのはただの木の棒だ。
しかし【武神の導き】はハイドへ示す。
この大岩の斬り方を。
ハイドは導かれるように木の棒を振り下ろす。
そして、そのままなんの抵抗もなく大岩は両断された。
「……………………いや、これもう武芸とか体術とかそういう話じゃないと思いますよ、神様」
綺麗な切断面を呆然と眺めながら、ハイドは譫言のように呟くのだった。