第58話 処世術
早速依頼を受けることにしたハイドたちは、受付の長蛇の列を横切り、奥の人だかりへと向かう。
場所が違っても、依頼を受ける流れ自体は大きく変わらない。
広いギルド会館の中にはセントリッツと同じように依頼書が貼られている掲示板があり、今から依頼を受けようとする冒険者で賑わっていた。
「ここだと等級ごとにわけられているんですね」
壁面にいくつもの掲示板がピラミッド状に打ち付けられていて、それぞれの掲示板には等級が記されている。
どうやら対応する依頼書を各掲示板に貼り分けているようだ。
セントリッツでは一枚の大きな掲示板に貼られていたので、こちらの方が選びやすい。
「それだけ人もダンジョンも多いってことだと思う。帝都は帝国屈指のダンジョン地帯」
「その話だけ聞くと、逆に人がいなくなりそうですけど」
「放置したら〝決壊〟でモンスターが地上に出てくる。元々この辺りに都市が乱立したのも、ダンジョンに対応するためだったみたい」
「帝都がいくつもの町と合併を繰り返したってことは知ってましたけど、そういう理由からだったんですね」
何気ない疑問にすっと答えが返ってきて、ハイドは驚きながら隣を見た。
ヘレネーはぴょこりと尖った耳を動かしながら、得意げに口の端を上げる。
「理由はそれだけじゃない。人はお金や資源があるところに集まる。モンスターを倒して得られるマナストーンや、高等級のダンジョンに生まれる遺物は魅力的」
「なるほど……ヘレネーさん、詳しいですね」
「当然。私はお姉さんだから」
「んぐっ、んんっ、……ええと、どれにしましょうか」
ふふんと得意げに胸を張るヘレネーの発言に、近くの冒険者が訝しむような目を向けてくる。
ハイドは慌てて依頼書へと話題を移した。
「今の私たちが受けられるのはC等級まで。でも」
「依頼、全然ないですね」
掲示板がピラミッド構造になっているためわかりやすいが、C等級は他の等級と比べて掲示板の大きさの割に依頼書がほとんど残っていない。
逆にD等級やE等級は広い掲示板をびっしりと埋め尽くす勢いで依頼書が貼られていた。
「低等級ほど生まれやすいっていうのはわかりますけど、これはちょっと偏り過ぎてますよね。なぜなんでしょう」
「……どうして私を見るの」
「ヘレネーさんならご存じなのかなと」
先ほどの博識ぶりに期待すると、ヘレネーは碧眼をあたふたと彷徨わせる。
そして何かを思いついたように、引き攣った笑みをこちらに向けた。
「なんでもかんでも私が教えたらショウのためにならない」
「知らないなら知らないって言ってくださいよ……」
どうしてそこで変に取り繕おうとするのか……。
ハイドが軽く突っ込みを入れると、すぐ傍から怪訝な声が飛んできた。
「なんだあんたら、帝都は初めてか」
「え、ええ」
同じように依頼書を眺めていた冒険者だ。
二人が頷き返すと、冒険者は話し始めた。
「いいか? 大体の冒険者はせいぜいB等級で頭打ちだろ? そんで、そういう連中からすりゃあC等級ってのは一番バランスがいいんだよ。だからいくら依頼の量が多くても狩りつくされる」
「バランスですか?」
「ああ。命と報酬のバランスがな。誰だって命はかけたくねえからな」
そう語る冒険者は、「ま、かくいう俺はC等級どまりなんだけどな、がははっ!」と盛大に笑い始めた。
「で、時々名声のために命を懸けれちまうやつがいて、そういうやつらに人気なのがB等級以上。とりわけA等級なんかは張り出される前になくなっちまう」
「じゃあD等級やE等級の依頼はどうして残っているんですか?」
「そりゃあお前、釣り上げを狙ってるんだよ」
ピンと来ないでいるハイドたちに、冒険者は盛大にため息を吐き出す。
「さっきのバランスの話と一緒だ。低等級の依頼は報酬が渋いし、労力に見合わない。そこで依頼を寝かせるんだ」
冒険者はずずいと前のめりになると、一瞬受付の方に視線を向けてから声を潜めて続ける。
「掲載されたばかりの依頼は〝決壊〟まで猶予がある……が、その猶予がなくなってくると、ギルドも困るわけだ。で、報酬が元よりも上がる。そうなると――」
「労力のバランスに釣り合う」
「へへっ、そういうこった。あんたら、見たところD等級ってとこか? 闇雲に依頼を受けるのもいいが、そういう処世術も身に着けた方が、この先楽だぜ。――っと、もーらい」
ちょうどその時、掲示板の前にやってきたギルド職員がD等級の依頼書を張り替えた。
依頼書を手に取った冒険者は、受付の列へと並びに向かっていく。
その背中を見届けてから、ハイドたちはお互いの顔を見合った。
「――ってこと」
「いやまだ諦めてなかったんですか」




