第56話 合流
「それで? 今年の騎士見習いたちへのあなたの所感はどうかしら?」
夜の執務室。
窓辺に佇むモニカからの問いに、アウグストは内心でため息を零しながらしばし思案し、口を開いた。
「ビリー・オブライエンについては、騎士としての見込みはないかと。殿下への忠誠心以前に、臆病が過ぎる。剣を持てぬ者が殿下をお守りできるとは思えません」
「手厳しいわね。でも仕方がないわ。オブライエン侯爵家の強みは剣ではなくペンを持つこと。わたくしの下へ送られてきたのも単なる箔付けのため。そういう意味では他の皇族の下ではないことはある意味不運だけれどね」
「いえ、幸運でしょう」
「ふふっ、あなたみたいな人にとってはそうでしょうね」
モニカはくすりと笑い、視線で続きを促す。
「ヴィオラ・クロネリーは、これからの磨き方次第でしょうか。才能や素質は感じられますが、一歩間違えれば腐りかねない。……才能という点で言えば、ジョナス・バルバーニなどまさにと言ったところでしょう」
「ふふっ、まさかわたくしの前でルールを破るとは思わなかったわ」
口元に手を添えてくすくすと笑うモニカに、アウグストは呆れ顔を浮かべる。
すべて見越した上で煽ったでしょうに――という眼差しを、彼女は飄々と受け流すように手近の執務机へ腰を下ろした。
「それで、彼はどうだったかしら」
机の上に両肘をつき、前のめりになって答えを求めてくる。
好奇に満ちた主の瞳に、アウグストは少しばかりの同情を抱くと共に、件の少年のことを思い返す。
再び、今度は先ほどよりもさらに長い思案の時を挟んだ。
「……リューゲン伯爵家の遺伝スキルが【剣術】であることは事前の資料で把握しておりました。それゆえに、剣術勝負となる決闘では、その才覚が遺憾なく発揮されると予想はしておりましたが……」
スキルの使用を禁じても、そのスキルで得た経験というものは蓄積される。
剣の扱いに特化したスキルを使い続ければ、スキルがなくとも優れた剣士へ育つ。
騎士団長であるアウグストもまた似たような経験があった。
だからこそ、ジョナスとの決闘においてスキルの使用を禁じた上でも、その勝敗が揺らぐことはないと予測していたし、実際その通りだった。
ただし、まったく予想だにしない形で。
アウグストはその厳めしい顔を僅かに強張らせ、重々しく続けた。
「まさか、ジョナスの【加速】に完璧に対処した上で勝利するとは……剣術が秀でている、で片付けれる話ではないでしょう」
「ふふっ、あなたがそんな顔をするのは珍しいわね。でも、あなたなら今回と同じことが起こっても勝てるでしょう?」
「まだ騎士見習いの少年と騎士団を預かる私を比較すること自体、おかしなことです。……それに、ジョナスのスキルを知らない状態であれば、私とて少なからず不意を突かれていたでしょう」
相手がどのようなスキルを有しているかを知っていれば、予測ができる。
しかしハイドはその情報が欠けていた。
その状態で完璧にいなし、相手へ寸止めする余裕まで見せたのだ。
アウグストは改めて二人の戦いを思い返し、ぎゅっとこぶしを握りこむ。
「殿下がなぜ彼を招請なさったのか、その理由の一端を垣間見た気分です」
口元に弧を描く主へ頭を下げながら、アウグストはその慧眼を称えた。
◆ ◆ ◆
ジョナスが懲罰房に入れられて図らずも一人になる時間を得たハイドは、【神界の泥人形】でショウへの変化と透明化を施してから寮を飛び出した。
空へと一気に飛翔する。眼下にはいくつもの宮殿が建ち並び、それらを守るように城壁がぐるりと取り囲んでいる。
城壁の内部では、巡回する衛兵たちの姿や彼らが掲げる灯りがいくつも見えた。
(流石に厳重な警備だな……。スキルがなかったらまず抜け出せない)
肝が冷える気持ちになりながら、ハイドはさらに上昇する。
地上の景色がさらに広がっていき、帝都の街並みを一望できる。
帝都オニクスはいくつもの町が吸収・合併を繰り返して形成された歴史を持つ。
そのため、都市全体を覆う城壁とは別に、都市内部にいくつもの城壁の名残がある。
そうした壁がそのまま貴族街や平民を区分する境界としての役目を果たしていた。
領都セントリッツよりも暗い区画もあれば、夜だというのに明るい区画もある。その光量の差が、貧富の差を視覚的に表している。
「まずはヘレネーさんと合流しないと。【全知神の目】で全域を索敵すれば見つけられるとは思うけど、他人の生活を覗き見するのは嫌だし……一旦、冒険者ギルドへ向かおう」
ギルド会館の場所は上空からすんなりと見つかった。
夜であろうと活気のある帝都の街並みの中でも、ひと際輝きを放つ三階建ての立派な建物。
それは、マナストーンの輝き。
冒険者たちから持ち込まれるマナストーンで建物全体が煌びやかに発光していた。
「……ん? あれって」
ギルド会館近くの路地裏に人の目がないことを確認し、舞い降りる。
そうして透明化と翼を解除してから、急いでギルド会館の前へと向かった。
「な、いいじゃんか。ちょっとだけだからさ」
「そうそう。ここで暇してるよりも俺らとダンジョン潜ろうぜ」
「帝都に来たばかりなんだろ? 色々教えてやるよ」
ギルド会館の建物前。皮鎧を纏い、剣や弓などの装備を身に着ける男たちに一人の女性が囲まれている。
男たちに囲まれて、しかし彼女は興味なさそうに碧眼を伏せ、地面に視線を向けている。
マナストーンの明かりに照らされて、彼女の絹糸のように繊細な金色の髪が輝き、凛とした美貌をさらに印象的なものへと昇華していた。
次々と説得の言葉を捲し立てる三人組を淡々と受け流している様子だったが、不意にピクッと尖った耳を動かし、顔を上げる。
「……ぁ!」
パッと笑顔が咲いた。
その可憐さに男たちがつい目を奪われる中、彼女――ヘレネーは人垣をかき分けるようにして抜け出すと、ハイドの下へと駆け出す。
「すみません、ヘレネーさん。お待たせしました」
「ううん。今来たところ」
そんなわけがないでしょう、というハイドの言葉は、そんな否定を意に介さなそうな笑顔に喉元でつっかえたのだった。
このたび、本作の書籍化が決定いたしました!
オーバーラップ文庫様より、11月25日に発売されます!!
すでに各販売サイトでは予約も始まっております!
書籍化にあたりストーリーを再構成し、ウェブ版とは八割ほど内容が変わりました。
気合を入れて書いた分、内容もとても面白くなっていると自負しているので、ぜひお手に取ってみてください!




