第50話 二度目の帝都へ
昇格後に受けた依頼は、以前一悶着あったC等級ダンジョン《ねじれ森》だった。
セントリッツから少し離れていることや、C等級の中でも比較的面倒なモンスターのため、中々依頼を受ける冒険者がいないらしい。
「! ショウ……」
「いますね」
少しして、樹の従僕が現れる。
まだ第一階層ということもあってか、数は二体。
ハイドは早速、グローブにマナを通していく。
グローブに光が宿る。
【武神の導き】で最適化されたマナの動きに、【神泉の源】の無尽蔵なマナ。
グローブに埋め込まれたマナストーンに暴力的なまでのマナが注ぎ込まれる。
以前の反省を活かし、マナが拳を覆ったところでマナの注入をやめ、ハイドは地を蹴って樹の従僕へ突撃する。
そんなハイドの接近を拒むように木の根が伸びてきた。
以前なら【武神の導き】は回避を勧めてきただろう。
だが今日は違う。
右手を横薙ぎに振るう――その道筋が示された。
「はぁ――ッ!」
光の軌跡を辿って振るった手刀は、木の根の攻撃をいともたやすく切断していく。
モンスターが狼狽える気配を感じながら、ハイドはさらに肉薄した。
そして、
「ふっ――!」
マナを纏った拳を低木の体躯に向けて放つ。
その瞬間、樹の従僕の体躯が吹き飛んだ。
「えっ」
余波で辺りに粉塵が巻き上がり、体勢を崩したもう一体の樹の従僕が果敢に挑んでくる。
あまりの威力に呆気にとられていたハイドは、すぐに気を取り直し、マナを纏い直した拳を振り抜いた。
ドォンという破砕音と共にモンスターが虚空に還り、マナストーンを落とす。
モンスターめがけて振り抜いた拳の余波で地面は抉れ、その威力をありありと物語っていた。
ハイドは改めてグローブを確認してから、ヘレネーへ振り返る。
「ヘレネーさん、これすごいですよ。もしかしたら剣よりも殲滅力は高いかもしれないです」
「……私、もっと控えめな威力を想像してた。……だけど、役に立ったのは嬉しい」
ヘレネーは嬉しそうな、しかしどこか困ったような複雑な笑みを浮かべていた。
その後もグローブの力で敵を殲滅しつつ、第三階層ではヘレネーのスキルの練習も行う。
ハイドはあえて敵をスルーし、ヘレネーの近くにまで敵を接近させた。
弓使いのヘレネーは、接近戦に課題を抱えていた。
もちろんハイドは彼女が危険に陥らないよう頑張るつもりだが、不測の事態というのは起こりうる。
何よりも、彼女自身がこの課題の解消を望んでいた。
依頼のノルマを達成してからは、こうしてヘレネーの鍛錬の時間を設けるようになっていた。
そしてその成果が、
「――【吸収】っ」
迫り来る樹の従僕へ向けてヘレネーがスキルを使う。
勢いよく放たれていた木の根は金縛りにでもあったかのように硬直し、その間にヘレネーは後退して距離をとる。
そして、番えた矢を動き出した樹の従僕へ向けて放った。
低木の体躯に突き刺さり、樹の従僕が苦悶する中、ハイドは無防備なその背中に向けてグローブの一撃をお見舞いする。
「すっかり【吸収】での足止めが使えるようになりましたね」
「うん。……ショウみたいに吹き飛ばせたらいいんだけど、動きを制限することで精一杯。それに、これを使うときは周囲からもマナを吸い上げてしまう」
「まあ緊急時の対処なので、そこは気を遣っても仕方がないですよ。それにヘレネーさんをそんな危険な目に遭わせないように俺も頑張りますから」
「――ッ、子どものくせに生意気……」
ぷいっと顔を逸らされてしまい、ハイドはばつの悪さから頬を掻くしかなかった。
「そういえばショウが奉公? する皇女様ってどういう人なの?」
《ねじれ森》からの帰り道。ヘレネーが突然訊ねてきた。
「どうしたんですか、急に」
「だってショウは一年間その人に仕えるんでしょ? どういう人なのか気になる」
「どういう人と言われても、俺も一度しか会ったことがないですし……」
以前スキル鑑定のためにモニカと会ったときのことを思い出しながら、ハイドは答える。
「ああでも、可憐で親しみやすい方でしたよ。同い年、ということも関係しているのかもしれませんけど」
「っ! そ、そう……同い年、なんだ」
「でも俺の力について結構疑われているところがあるので、帝都に着いてしばらくは冒険者活動はできないと――ヘレネーさん?」
地面を見つめて何やらぶつぶつ呟くヘレネーを訝りながら、顔の前で手をヒラヒラと振る。
すると彼女はハッとハイドの顔を見上げた。
「ご、ごめんなさい。何の話だったっけ」
「いや、ヘレネーさんが訊いてきたんじゃないですか……。皇女殿下の話ですよ」
「そ、そうだったね」
誤魔化すような笑みを浮かべるヘレネーに、ハイドは小さくため息を零す。
改めてモニカに疑われていることを伝えると、ヘレネーは考え込むようなそぶりを見せてから提案してきた。
「ねえ、ショウ。帝都では同じ部屋に住まない?」
「え?」
「その方が出費も抑えられる。それに、私には正体を隠す必要がないから別の宿を借りる理由もないはず」
「それはそうですけど……」
元々セントリッツで宿を借りている理由は、冒険者ショウとしての荷物を置いておく場所を確保するためと、ヘレネーとの行き違いを避けるためだった。
彼女に正体を明かした以上、宿を分ける理由はない。
「私もショウも同じ宿の方が便利だと思う。私はショウが宿に来なかったらソロで潜るし、ショウは私が宿にいなかったらソロで潜ってるってわかる。……どう?」
淡々と、しかしどこか期待に満ちた眼差しでヘレネーが見上げてくる。
(確かに、パーティで同じ宿を借りるってのは結構聞く話だもんなぁ。それに帝都にいる間、俺は宮殿のどこかで暮らすことになるし、なおさら連絡が密で取れるに越したことはない)
ヘレネーの申し出を断る理由が見つからなかったハイドは、小さく頷き返した。
「では、帝都に奉公に出ている間はお願いします。あ、宿選びはお任せしてもいいですか?」
「! もちろん、任せてっ」
◆ ◆ ◆
八歳の誕生日を迎えてからはあっという間だった。
貴族の世界では、誕生日を毎年祝うという慣習はなく、貴族にとっての節目となる12歳と15歳で大々的なパーティが開かれる。
だから誕生日といっても前世ほど実感を伴うことはない。
それでも、家族や使用人から祝いの言葉ぐらいはかけられるので、嬉しくはあったが。
そんなこんなで帝都へ出立する日となった。
ヘレネーは昨日のうちにセントリッツを発ち、一足先に帝都入りしているらしい。
グローブやその他のショウとしての持ち物は彼女に預けている。
「兄さま! 絶対絶対、お休みの日は帰ってきてねっ!」
「うん、もちろんだよ」
馬車の前。
見送りに来たエンジュが赤い瞳に涙をためて訴えてくる。
「それとそれと、帰ってきたらわたしと剣の手合わせもしてっ」
「うん、わかったよ」
「あとあと、帝都のお土産も!」
「いいものがあったら買って帰るよ」
「お休みじゃなくても帰ってきてねっ」
「わかっ――、どさくさに紛れて無理難題を言わない」
危うく同意するところだった。
企みが失敗に終わり、エンジュは唇を尖らせる。
「ハイド、体には気をつけるのよ。くれぐれも無理はしないように」
「母様……はい、わかっています」
コーデリアがギュッと抱きしめてくる。
ハイドもその背中を抱きしめ返し、強く頷いた。
そして。
最後にドルフが、沈黙のままハイドをジッと見つめてくる。
その赤い瞳は威厳と憂いを帯びていた。
「ハイド」
「はい」
「くれぐれも、貴族としての本分を忘れぬように」
「はい」
「皇女殿下を支え、よき臣下として振る舞うように」
「はい」
「そして何よりも。自分の中の正しさを忘れぬように」
「――はいっ」
深い声音で次々と繰り出される父の言葉に、ハイドは強く頷き返す。
その姿にドルフは満足げに頷いた。
「しっかり励みなさい」
「――いってきますっ」
ハイドを乗せた馬車は、帝都へ向けて動き出した。
二度目の帝都。新たな場所での生活がいよいよ始まろうとしていた。




