第48話 指名
食事を終えたハイドたちは、以前にも訪れたことのある無人の武器屋に足を運んでいた。
ハイドの昇格祝いと近々に迫った誕生日を祝って贈り物をする、というヘレネーの提案に押されての結果である。
「ショウ、どれにする?」
ハイドの正体が露見する危険を鑑みてか、無人の店内でも彼女はショウと呼んだ。
そのことを有り難く思いながら、店内の装備へ目を向ける。
「やっぱり剣?」
「いえ、剣はやめておこうと思います」
皇女殿下であるモニカに対してスキルを偽った以上、ハイドは本来の力を明かすわけにも、バレるわけにもいかない。
そのためにも、リューゲン一家の特徴ともいえる剣を、ショウとしては封印した方がいいだろうというのが、ドルフの考えだった。
剣には癖がある。
熟練した剣士であれば、その剣筋から同一人物だと感づかれるかもしれない。
ハイドは父の考えに納得し、ショウとして剣は握らないことを決めた。
幸い【武神の導き】はあらゆる体術や武術に適応する。
剣を握れなかったところで、戦闘能力が低下することはない。
「これまで拳で戦ってきたので、このままでいこうかと」
ハイドがそう言うと、ヘレネーも悩ましげに商品を眺め始める。
「普通、武器や防具は足りない何かを補うために揃える。でもショウの場合は足りないものがないから、選択肢が広すぎる」
「そんなこと」
「ある」
力強い声音で断言される。
彼女の碧眼が鋭くハイドを捉えた。
「……はい」
ハイド自身も四つのスキルのチートっぷりは自覚しているので、ヘレネーの言葉に力なく頷き返した。
拳で戦うのならやはりグローブやナックル、ガントレットのような手や腕に装着する武器がいいだろうということで、そのエリアを見て回る。
「ショウも私みたいにマナで攻撃を強化するのがいいと思う」
「確かにそうですね。スキルを使ってもマナが余るのなら、攻撃に回した方が有用ですし」
普通の冒険者は有用なスキルを持たないため、有するマナの大半は身体強化に用いる。
そうした運用であってもマナの総量に限度があるため、使う場面を慎重に選ぶ必要があり、そうした判断力こそがベテランと若手の力量差にも繋がる。
だが、ハイドの場合は違う。
【神泉の源】がある以上、いくらスキルを使ってもマナが尽きることはない。
(でもなぁ、前に買った剣はそのマナのせいで壊れたし……)
一度も使うことなくボロボロに崩れ去ったかつての愛剣を思い返す。
あの剣に埋め込まれていたマナストーンの破片は決して良質なものとは言えなかった。
あれから一年近く。
ヘレネーと共に依頼をこなしたおかげでそれなりに上等なものを買う金は貯まっていた。
だが今回はヘレネーからのプレゼント。そう高価なものを選ぶわけにもいかない。
(かといって、すぐに壊れたら申し訳ないし……)
悩んでいると、ヘレネーがくいっと裾を引っ張ってきた。
「ショウ、これはどう?」
そう言ってヘレネーが見せてきたのは革のグローブだった。
ただし、軍手の滑り止めのように手のひらの部分にはびっしりと小粒のマナストーンが埋め込まれ、手の甲には一際大きなマナストーンが鎮座している。
ハイドは自然と【全知神の目】で鑑定していた。
鑑定情報
名前:無銘のグローブ
特徴:とある武器職人が戯れに作ったグローブ。とても精緻なマナストーンの配置は円滑なマナの流れを可能とする。その性能は一級品だが、使い手は限られる。
(……これは、中々の代物みたいだ)
それとなく値札を確認しようとすると、ヘレネーの白く細い指がバッと隠した。
「あの、ヘレネーさん?」
「なに?」
「いやその、値札が見えないんですが……」
「わざと隠してる。プレゼントの相手に値段を見せるなんて、無粋」
「そういう問題じゃ」
「どう? このグローブ。気に入った?」
「……試してみないことには」
「じゃあ、つけてあげる」
ヘレネーは値札を隠しながらハイドの手を取り、グローブを指先に通してくる。
こういうグローブは性能以上に装着感が問われるが、運命的なまでにハイドの手の大きさと合致した。
ぎゅっぎゅっと手を握ったり開いたりを繰り返し、装着感を確かめる。
その間もヘレネーは値札がついた方の手を隠すように握っていた。
(これは確かに、いいな……)
手に馴染む感覚がある。
マナストーンも、よほどの無茶をしなければ砕けることはないだろう。
ハイドが好感触を抱いていることを雰囲気で察したのか、ヘレネーは小さく口角を上げた。
「気に入った?」
「そうですね、不思議なぐらいしっくりときます」
「じゃあこれ、取り置きしてもらう。他にいいのがあったら誕生日までに言ってね」
「悪いですよ、見るからに高そうじゃないですか」
手からグローブを外し、値札を隠したまま店の奥へ向かおうとするヘレネーを呼び止める。
すると彼女はその場でくるりと回ると、悪戯っぽい笑みと共にハイドの眼前に立つ。
「お姉さんの懐の心配なんて、生意気」
「それは、ずるいですよ……」
そう言われてしまっては何も言い返せない。
項垂れるハイドの姿に満足したのか、ヘレネーは楽しげな足取りで店の奥へと向かった。
◆ ◆ ◆
ハイドとしての人生にも手を抜かない。
それが、父ドルフと交わした約束だった。
【武神の導き】を持っているハイドは、本来剣術の鍛錬を行う必要がない。
だが、冒険者ショウの正体を明かしてからも、ハイドは父との約束を守るべく剣術の鍛錬に励んでいた。
ショウとしての力に頼ることなく、ハイドとしての力を蓄える。
それは父との約束を、そしてショウとしての秘密を守るためにも必要なことだ。
「せいっ、やぁ! でやぁっ!!」
昼下がりの訓練場。
いつものように剣術の基礎の型を反復したハイドは、【神界の泥人形】で模倣した【剣術】を行使する。
その剣捌きは半年前よりも明らかに鋭く、そして速くなっていた。
成人すれば、ハイドも貴族として領内に溢れたモンスターの討伐に赴くことになる。
ショウとしてそのような事態を引き起こさないように尽力するつもりだが、そうなった場合、【剣術】だけで戦える力が必要だ。
(成人まで、あと七年……)
遠いようで、その日は随分と迫っていた。
その日の夜。
B等級への昇格手続きのためにギルドへ向かおうとしたハイドだったが、夕食後に屋敷へ戻ってきたドルフに部屋へ呼び出された。
不思議に思いながら顔を出すと、ドルフは難しい表情を浮かべて告げた。
「喜べ、ハイド。――第四皇女殿下から直々のご指名だ」




