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俺はSSSレア転生特典をひた隠す。  作者: 戸津 秋太
第一章 領都セントリッツ編

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第41話 救出

「どっひゃぁあ! こいつぁすげぇ! 本当に空飛んでやがるぜ!!」


 ハイドに抱きかかえられる形で空を飛ぶニックが、眼下に広がるセントリッツの町並みと平野を見下ろして、興奮した様子で叫ぶ。


 彼はハイドの申し出を「いいぜ」と二つ返事で快諾してくれた。

「借りがあるからな」と話していたが、だからといって突然の話に頷いてくれるとは思っていなかった。


「にしてもショウ、お前格闘系どころかこんなとんでもないスキルを持ってるなんてよぉ! どうなってんだこの翼は!」

「いや、はは……」


 純白の翼を興奮した様子で指差すニックだが、ハイドの曖昧な反応に気まずそうにする。


「っと、わりい。スキルの詮索は御法度なのによ。……しかし、並外れた戦闘術に空を飛ぶスキルまで持ってるとは……こいつぁ、S等級も時間の問題かもな」


 胸元でポツリと呟くニックをよそに、ハイドは目的地まで急いだ。





 ハイドとしては幸いなことに、C等級ダンジョン《ねじれ森》はセントリッツから少し外れた場所に位置していた。

 空を飛行して駆けつけたハイドたちと比べ、ヘレネーは地上を歩くしかない。少しの時間短縮にはなった。


「おい、ショウ。本当にいいんだな?」


《ねじれ森》のポータル前でニックが神妙な面持ちで訊ねてくる。

 それに、ハイドはこくりと頷き返した。


 C等級ダンジョンがC等級たる所以。それは、階層(・・)が存在することだ。

 同一のダンジョンの中に別のダンジョンが内包されているかのような構造となっており、その広大さはこれまでのダンジョンとは一線を画する。


 帰還用のポータルはダンジョン潜入時に現れるものと、最下層にしか存在しない。

 だが、決壊を防ぐために最下層のモンスターも討伐する必要がある以上、冒険者たちはこれまで以上のリスクを強いられる。


 ゆえに、C等級ダンジョンに挑み、最下層のモンスターを討伐して帰還した実績のある冒険者は、一人前として認められる。


 ――そのようなことを、これからの作戦について話したハイドに、ニックは語ってくれた。


「大丈夫です。ニックさんはダンジョン内のポータル前で待機していてください。ヘレネーさんは俺が助けます」

「……まあ、その翼があればなんとかなるだろうけど、無茶だけはするなよ」


 ニックは禿頭を撫で回しながらバンバンとハイドの背を叩く。

 その勢いに背中を押される形で、ハイドはポータルに足を踏み入れた。


 景色が変わる。

 ハイドたちが現れたのはその名の通り、森の中だった。

 以前に潜ったことのあるD等級ダンジョン《深緑の森》と雰囲気は似ている。

 だが、どこか歪でおどろおどろしい気配が増していた。


「ヘレネーさんは――」


【全知神の目】を発動する。

 遠征の一件でエンジュを探し出したときのように、ダンジョン全域を見渡す。


 焦点がぼやける。

 広大なダンジョン内の情報が手に取るように伝わってくる。


 いくつも残った戦闘の後。ダンジョンのギミック。崩壊した形跡。ポップするモンスター。


「お、おい、ショウ……?」


 此処(ここ)ではない何処(どこ)か、何処(どこ)かでもある此処(ここ)

 それらを見渡して立ち尽くすハイドに、ニックが心配そうに声をかける。


 だが、ハイドにはそれに返事をする余裕がない。


(この階層には、いない。二階層も……戦闘の痕があるし、モンスターもいるけど……これは、ヘレネーさんが通った後にポップした様子だ)


 ヘレネーが倒れていないことへの安堵と、まだ見つからない焦燥感。

 それらを抱えながらハイドは続く三階層――このダンジョンの最下層に目を向けた。


 そして、


(――いた)


 その姿を、ハイドは確かに捉えた。


「見つけました。ニックさん、もし危なくなったらポータルで先に帰還してください」

「おいおい、誰に物言ってんだ。こう見えて俺はそこそこ優秀な冒険者だぜ」

「……では、お願いします」


 得意げな笑みを刻むニックに頭を下げて、ハイドはダンジョンの奥へ向けて飛び去った。

 一瞬で視界から消えたその背中を見届けて、ニックは両肩を竦める。


「おいおい……もしかして索敵系のスキルまで持ってるのか? こりゃあ引き抜こうとした俺の目に狂いはなかったな。がは、がはははっ」


 ダンジョンの森にニックの哄笑が響き渡った。





 ◆ ◆ ◆





「はぁ、はっ、はぁ……」


 緊張と疲労から荒くなる息をなんとか整えようとしながら、ヘレネーはダンジョン内を進み続けていた。


(つらい、寂しい、やめたい、帰りたい、疲れた)


 ヘレネーの頭の中ではネガティブな単語が渦巻いていた。

 それでも、立ち止まるわけにはいかない。


(っ、この階層に出現するモンスター、樹の従僕(ツリー・サーバント)を十体討伐したら、故郷に帰れる……っ)


 アデラたちが持ちかけてきた話。

 C等級ダンジョンの依頼を一人で達成したなら、【吸収】による災いを自分で対処できると認め、エルフの集落に戻ってくる許可が下りる。

 もし達成できなかったなら、集落の門が開かれることは二度と無い。

 ヘレネーはそう説明された。


 五年前に集落を追い出されて以来、ヘレネーは孤独だった。

 故郷に帰りたいと、強く思っていた。


 故郷を追い出されたのは、忌まわしいスキルのせい。 だったら、【吸収】でも吸いきれないマナストーンを定期的に確保できる力を身につけたなら、また集落に迎え入れてくれるのではないか。


 そう考えて、ヘレネーは冒険者の道を選んだ。


 そんな彼女にとって、アデラたちがもたらした話は彼女に与えられた人生最大のチャンスなのだ。

 たとえ死と隣り合わせの危険なものでも、彼女にとっては挑む価値のあるものだった。


(……っ、でも、やっぱり厳しそう)


 二階層での戦闘で右足を負傷していた。

 ただでさえ適正よりも上のダンジョン。

 そして弓使いであるヘレネーは、近接戦闘になった時点で苦戦を強いられる。


 広大な森のようなダンジョン。

 しんと静まり返ったこの場所では、自分自身の呼吸音がいやに大きく聞こえる。


 それが、より一層ヘレネーの孤独感をかき立てた。


「ショウ……」


 不意に口をついて出たのは、もう一緒にダンジョンに潜らなくなって久しい冒険者の名前だった。

 自分から一方的に関係を打ち切った、名を口にする資格すらない相手。

 だというのに、一度零れ出た呟きは胸の中でとめどなく溢れ出す。


 こんな呪われ子の自分なんかとパーティを組んでくれて、相性がいいと言ってくれて。

 大嫌いだったこの(スキル)を、すごいスキルだと褒めてくれた彼。


 自分をいつも励ましてくれて、支えてくれて――だからこそ、ヘレネーは彼にこれ以上頼るわけにはいかなかった。


「――っ、弱気になっちゃダメ。絶対、帰るッ。……?!」


 心の中の弱虫を吹き飛ばし、前を見据えたヘレネーの足下。

 地面に這うように伸びていた木の根が、突然ボコッと隆起した。


「……ぃっ」


 慌ててバックステップで距離をとる。

 着地の衝撃で足に激痛が走るが、構うことなく矢を番えた。


 進む先を阻むように現れたモンスターは、討伐目標である樹の従僕(ツリー・サーバント)

 木の根を触手のように動かす、低木のモンスターだ。


 ヘレネーが矢を放つよりも先、木の根が鞭のように襲いかかってくる。

 なんとか躱しつつ、弓の射程を活かすためにさらに距離をとろうと背後を振り返り、気付いた。


「っ、もう二体……?!」


 逃げる先を塞ぐように、背後に二体の樹の従僕(ツリー・サーバント)が現れる。

 冒険者の進路を前後で塞ぎ、逃げ場を無くした上で根による面制圧攻撃。

 それが《ねじれ森》三階層のギミックだ。


「こんな、モンスター……!」


 マナを込めた矢を放つ。

 だが、木の根をまるで盾のように張り巡らせて、その勢いを減少させられる。

 マナのおかげで辛うじて貫通したものの、体躯へのダメージは少ない。


「っ、きゃぁ――!」


 多対一、それも近接距離での戦闘。

 矢を番えている間に、別の樹の従僕(ツリー・サーバント)の木の根がヘレネーの腹部を殴打した。


 体がふわりと浮き上がり、周囲の土壁に弾き飛ばされる。

 全身に走る激痛に身悶えながら立ち上がろうとするヘレネーを囲うように、三体の樹の従僕(ツリー・サーバント)が迫り来る。


 それは、鉄壁の布陣。弓使いがどうにかできる状況ではなかった。


(やっぱり私、……ショウがいないと何もできないんだ)


 彼女が浮かべたのは、諦めと自嘲の笑み。

 パーティを解散した判断は正しかったと、少しぐらいは自分を褒められる。


 無数の木の根が鞭のように、あるいは槍のようにヘレネーに襲い来る。

 せめてもの抵抗に、それらを睨み付けながら、ヘレネーは思った。


(やっぱり、謝りたかったな)


 いまさら過ぎる後悔を胸に、全身から力を抜いたその時だった。


「――――ぁ」


 樹の従僕(ツリー・サーバント)の体躯が爆ぜた。

 木の根が勢いを失ってその場に留まり、(くずお)れる。

 漆黒の光となって虚空に返っていくその光の中に、ヘレネーはこの場にいないはずの人物を見た。


 純白の翼を背に生やし、宙に舞う黒髪の冒険者。

 よく知っているはずの彼が、知らない姿でそこにいた。


「……ショウ」

「間に合ってよかった。――大丈夫ですか、ヘレネーさん」

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