第40話 行方
―ヘレネーさんと話したい。
その一心でリューゲン邸を飛び出したハイドは、領都セントリッツへ降り立ち、いつもとは違う道を走っていた。
目指すのは彼女が泊まる《白雪亭》。
ギルド会館へ行っても会えないことはわかっている。
今まではこの時間にギルド会館へ現れていたヘレネーだったが、パーティを解散してからというもの、一度も出くわしたことがない。
避けられている、とわかっていた。
そのことにホッとしていた自分が、今では恨めしい。
(もしかしたら宿も変えてるかもしれない。でも、もしそのままだったら――)
ヘレネーも、自分と話したがっているのでは。
そんな楽観的な希望を抱きながら、ハイドは《白雪亭》に辿り着いた。
「おや? あんたは」
一階で掃除をしていた女主人が顔を上げる。
以前にヘレネーに連れてきてもらった際に顔は合わせていた。
「あの、ヘレネーさんは部屋にいますか?」
「いんや。ただ、柄の悪い三人組が屯ってるよ」
「三人組……」
女主人が煩わしそうに上の階を指し示す。
嫌な予感と共に階段を上がり、ヘレネーが借りている部屋へ向かうと、部屋の中から聞き覚えのある声がした。
数度、ノックをする。
程なくして扉が乱暴に開かれた。
「ヘレネー、あんたまさか怖じ気づいたわけじゃ――」
苛立たしげに髪をかき上げながら現れたのは、以前に路地裏で絡んできたエルフたちだった。
彼女は部屋の外に立っていたのがハイドだと気付くと、表情を一転。
神経を逆撫でするような喜悦に満ちた表情を浮かべ、ドア枠に肘をついた。
「あんた、ヘレネーの元パーティメンバーじゃん。こんな時間になんの用?」
「どうしてあなたたちがヘレネーさんの部屋にいるんですか?」
「はぁ? そんなの、あたしたちがあいつのパーティメンバーだからに決まってるでしょ。あんたと違って、ね」
アデラのあからさまな挑発に耳を傾けず、ハイドは部屋の中へ押し入る。
止めに入る三人をよそに、ハイドは室内を見回した。
(装備かけに弓矢がない……もしかして、ダンジョンに……?)
嫌な予想を抱いていると、後ろからアデラに肩を掴まれる。
その手を一瞥しながら、ハイドは低い声で訊ねた。
「ヘレネーさんはどこですか?」
「答えると思う?」
情報における優越性を築いていることに、アデラたちが得意げな態度をとる。
そんな彼女たちにハイドは深く嘆息した。
「……俺は、できるならこの力は人を助けるために使いたい。人を傷つけるためでなく、モンスターから人を守るために」
「は? 何言ってんの」
「だから、早く答えて欲しい。――ヘレネーさんはどこだ」
「――ッ」
ハイドの眼光を受けたアデラは、反射的にハイドの肩から手を離した。
彼女だけではない。扉を塞ぐようにして立っていた二人も、気圧されたように一歩後ずさる。
「っと、こわいこわい。言っておくけど、あんたとやり合うつもりは――ひいっ」
ヘラヘラとした笑みを張り付けて両手をぷらぷらと掲げるアデラの顔の真横に、ハイドの拳が突き出される。
拳風を浴びたアデラは悲鳴と共に、目線だけをゆっくりと拳へ向ける。
そして、再びハイドへ視線を戻した。
「ヘレネーさんはどこだ」
「っ、……ダンジョンだよ」
「ダンジョン?」
「ああそうさ、あいつは今C等級ダンジョンに潜ってるよ。一人きりでね」
「! ヘレネーさんはD等級のはず……彼女がソロでC等級ダンジョンに潜れるはずが……」
拳を引き戻すハイドの脳裏に、先程のアデラの言葉が蘇る。
彼が何かに気付くのに合わせて、アデラたちはまた口角を上げた。
「まさか、パーティで依頼を受けておいて、ヘレネーさんに一人で向かわせたんですか」
「人聞きが悪いわね。ヘレネーが自主的に向かっただけよ。あたしたちのお願いを聞いて、ね」
「……ソロで依頼を受ける場合、自身の等級よりも下のダンジョンしか受けられないのはなぜだか知っていますか」
「そんなの知ってるわよ。――じゃないと、死んじゃうからでしょ」
「――!」
飄々と言ってのけるアデラたちに頭が熱くなる。
「どうしてヘレネーさんに一人で行かせたんですか。死ぬとわかっていて」
「そんなの決まってるじゃない。あいつが呪われ子だからよ。あたしたちエルフが受け継ぐ種族スキル、【精霊の導き】に目覚めなかったばかりか、呪いのスキル――【吸収】を発現させた、ね」
「それ、だけ……?」
拍子抜けする返答に、ハイドは愕然とする。
そんなハイドをアデラたちは笑い飛ばした。
「あたしたちエルフは、【精霊の導き】でマナの流れを機敏に感じ取れる。でもあの女は、そんなマナを無条件で吸い取るのよ? それがどれだけ歪に視えるか、あんたにはわからないでしょう?」
「……ああ、なんだ」
アデラの言葉に、ハイドはふっと笑みを零す。
「色々とご大層に言葉を並べてましたけど、結局あなたたちはヘレネーさんが怖かっただけなんだ」
「……は? あたしたちが、あの女を?」
「だってそうでしょう。人里を好まないあなたたちがわざわざヘレネーさんを追いかけてちょっかいを出すなんて、そうとしか思えない」
「言うじゃない……」
顔をひくつかせながら、アデラは一歩後ずさる。
背後にいた二人はいつの間にか弓に矢を番えていた。
「あの女を助けに行くつもりのようだけど、させると思う? あたしたちの本職は弓。この条件でマナしか取り柄のないあんたが勝てるとは思わないこと――――あ、れ?」
ぐらりと、アデラたちがその場に崩れ落ちる。
廊下に出たハイドは、彼女たちを一瞥することなく走り出した。
◆ ◆ ◆
「ヘレネーさんが受けたダンジョンの依頼はまだありますか!」
ギルド会館へ駆け込んですぐ、すっかり顔馴染みとなった受付嬢に向かって叫んだ。
「ショ、ショウ様。一体どうされたんですか?」
「ヘレネーさんが単独でダンジョンへ潜ったそうなんです。他のパーティメンバーに唆されて」
「――っ!」
ハイドの言葉に受付嬢も血相を変える。
パーティで受けた依頼は、パーティで挑む。それはギルドにいくつか設けられたルールの一つだ。
このルールは冒険者の安全を確保するためのものであると同時に、依頼が失敗して決壊が引き起こされるという最悪の事態を防ぐためのものでもある。
「彼女は……ええ、本日確かにC等級ダンジョン《ねじれ森》の依頼をパーティで受けられてますね」
「っ、その依頼はありますか」
「お、落ち着いてください。ショウ様は現在C等級ですので、同じ等級のダンジョンを当ギルドから依頼することはできかねます」
「だったら場所だけでも――」
ハイドが捲し立てたその時だった。
「おいおい、なんだなんだ。こんな時間に騒がしいなぁ」
ギルド会館の出入り口から、禿頭の男性が現れた。
「ニックさん!」
「お? なんだショウじゃねえか。どうしたんだ、そんな怖い顔してよぉ」
「俺と一緒に、ダンジョンに潜ってくれませんか!」




