第36話 落としどころ
まるで示し合わせていたかのように、ギルド職員によってギルド会館の応接室が用意された。
そこにドルフ擁する騎士団と、ハイドとヘレネーのペアが向かい合う。
(実際、連絡は入っていたんだろうな)
ギルド職員がテーブルにお茶を並べていく間、ハイドは対面でこちらをジッと見つめてくる父、ドルフの顔を見返す。
ショウ、という名前はルーリャ村でドルフたちと顔を合わせたときにすでに名乗っている。
ギルドに登録する際にその名前を名乗ったのは、こうしてドルフに自分を見つけてもらうためでもあった。
真面目で厳格な父のことだ。
ショウという人物を見つけるまで、その捜索を続けているだろう。
ギルドへの問い合わせも行っていたはずだ。
ハイドがそれを承知の上で名も姿も変えなかったのは、父の仕事を取り除きたかったという細やかな思いが一つ。
そしてもう一つは当初の計画通り、ショウをハイドのスケープゴートとするためだった。
(まさか目の前にいるのがハイドだとは、夢にも思わないはずだ)
ショウ以外の人間に変装したとして、ギルドに登録した時期や戦闘スタイルからショウに辿り着いてしまう可能性がないとはいいきれない。
そうなれば容姿を変えるというスキルにも辿り着かれ、ハイドはショウとは別人であるという構造にひびが入る。
ならば、積極的にショウという人物を矢面に立たせた方がいい。
「ね、ねぇ、私も同席してよかったの……?」
くいっと服の袖を引っ張られて隣を見れば、片方の手でフードの裾を押さえながらヘレネーが身を寄せてくる。
実際、ロビーで待機しようとしたヘレネーをこの場へ招いたのはドルフだった。
「まあ、聞かれて困るような話をするわけでもないですし、たぶん仲間を放置するのは無礼だと思ったんでしょう」
「で、でも領主様なんでしょ? 私、貴族の人と会うのって初めてで……何か失礼なことをして打ち首とかされない、かな」
「貴族をなんだと思ってるんですか……」
そんな横暴を極めた貴族はいない、と思いたい。
「心配しなくても彼はそんなことをする人じゃないですよ」
「どうしてそう思うの?」
「あ、いやー……以前話したときにそんな感じがしたので」
まさか実の父親だから、とは言えない。
ひそひそとそんな話をしているうちに場が整い、対面のドルフがソファに座ったまま頭を下げてくる。
「まずは改めて感謝を、ショウ殿。貴公のおかげで本来被るはずの騎士団や村の被害は軽微だった」
ドルフに合わせて、その背後に並び立つ団員たちが騎士の礼をとる。
訓練場で何度も顔を合わせている彼らが誠心誠意、礼を尽くしてくるのは、なんというかくすぐったい。
「顔を上げてください。あれはたまたま通りがかっただけです。それにあなた方のためにしたことではありませんから」
「まったく、貴公らしいな」
深い口角を上げながら、ドルフは顔を上げる。
その表情はコーデリアやハイド、そしてエンジュに向けるものとも違う。
言うなれば同志へ向けるもののような。
そんな笑みを浮かべながら、ドルフはぽつりと零す。
「しかし、以前話したときとは雰囲気が少し変わられたか……?」
その言葉に、ハイドはドキッとする。
(言われてみればあの時はどう接して良いかわからないから、結構偉そうな振る舞い方をしたような……)
さっさと闇ダンジョンを制圧しろとか、そんなことを言った覚えがある。
黒歴史のようなものを思い出して頭を抱えそうになるハイドに対して、ドルフはふっと表情を和らげた。
「しかし個人的にも礼を言わねばなるまい。あの村の近くの樹海、貴公はそこに迷い込んでいた一人の子どもを助けてくれただろう。実はその子は私の娘でな。そういう意味でも私は貴公に並々ならぬ恩義を感じている」
ドルフは背後の団員に目配せをすると、一人が革袋を手渡した。
それをドルフはハイドの眼前に置く。
ガチャガチャと、硬貨が擦れる音がした。
「これは貴公がいなければ我が領が被っていた被害額を算出したものだ。人命も考慮すると、これよりも遙かに大きなものになっていたはずだ。是非とも、謝礼として受け取って欲しい」
ハイドは革袋をそっとドルフの方へ押し戻して、首を横に振る。
「これは受け取れません」
「しかし」
「モンスターによって生まれるかもしれなかった被害を想定した金品を受け取ったら、俺がモンスターと同じことをしていることになりませんか?」
じっと、ハイドはドルフの赤い双眸を見つめ返す。
しばらく視線が交差し、やがてドルフがふっと表情を緩めた。
「まったく、貴公には敵わんな。せめて我が屋敷へ、と言っても貴公は断るのだろう。一度断られておきながら二度も声をかけるのは、こちらのエゴというものだな」
硬貨の入った革袋を団員の手に戻すと、今度は自身の懐へ手を入れる。
「しかし貴公の言い分からすると、こちらは受け取ってもらわねばな」
そう言って、ドルフはまた別の革袋をテーブルに置いた。
「これは?」
「ルーリャ村で貴公が討伐したモンスターのマナストーンだ。貴公が討伐したのだから、これを渡したところでなんの問題もあるまい」
「しかし」
「ショウ殿。落としどころというのはお互いにとって必要なものだ。それにどうやら貴公はいまだD等級らしいではないか。貴公ほどの人材が不相応な立場に甘んじているのは、ひいては我が領全体の不利益になる」
そう言って、ドルフは革袋の口を開けて中から漆黒に輝くマナストーンを取り出す。
「貴公が討伐したのはB等級以上のダンジョンに発生するモンスター、緑天鼠。それを三十体ともなると、その討伐難度はA級に匹敵する」
びくりと、隣に座っているヘレネーが身動いだ。
それに気付きながらも、ハイドはドルフの真剣な眼差しから目を外せなかった。
「ここにあるマナストーンを納品すれば、貴公の等級は間違いなくC等級に上がる。このことを聞いてもなお、受け取りを辞退するのなら、私には尽くすべき言葉はないが……貴公なら、そうはすまい」
ある種の信頼を感じさせる物言いだった。
そしてそれは正しい。
(確かに、等級を早く上げられるならそれに越したことはない。俺の目標は、強力なモンスターを討伐することだ)
ハイドは改めて心に誓うと、ドルフへ向けて頭を下げた。
「ありがたく、使わせていただきます」
◆ ◆ ◆
ドルフたちが立ち去った応接室。
ようやく二人きりになったタイミングで、ヘレネーは緊張の糸が解けたのか深く息を吐き出す。
そして、テーブルの上に置かれたままの革袋を見て呟く。
「B等級のモンスターを三十体も……ショウって、やっぱりすごいね。私、あっという間に追い抜かれちゃった」
「運が良かった、というと語弊を生みますけど、たまたまそういうモンスターと遭遇しただけですよ。ヘレネーさんもあの場にいたら同じぐらい活躍していました」
「ううん、そういう意味じゃなくて……」
ヘレネーは小さく頭を振る。
両膝の上に置かれた拳がギュッと強く握られた。
「ヘレネーさん……?」
「そ、そうだ。C等級に上がったら、お祝いしないとだね」
「是非お願いします」
「うん」
笑顔を浮かべて頷いたヘレネーに、ハイドはふと抱いた違和感を捨て去る。
そしてマナストーンの入った革袋を掴むと、受付嬢に納品した。
ハイドは、C等級に昇格した。




