第31話 すごいスキル
パーティ名の登録が済んだハイドたちは早速依頼を受けることにした。
設立したばかりである《比翼の止まり木》のパーティ等級は当然F。
個人の等級でいえば、ハイドはE等級で、ヘレネーもマナストーンの多くを自身のスキル対策として蓄えているためにいまだD等級だ。
挑めるダンジョンの等級はパーティメンバーの平均以下になるので、ハイドかヘレネーのどちらかが昇格するまではE等級で足踏みすることになる。
《比翼の止まり木》として受ける初依頼となったのは、E等級ダンジョン《城壁の箱庭》。
以前ハイドが一人で受けた《骨兵の墓場》と同じ部屋型ダンジョンだ。
ポータルをくぐり、景色が切り替わる。
ハイドたちは四方を城壁に囲まれた中庭に現れた。
城壁の上には空が広がっているが、やはり以前と同じように偽物の空のようだ。
【全知神の目】はこの場所が閉塞空間であると認識している。
「……見て」
ヘレネーに促された先、城壁の一角にだけ組み込まれた城門が開き、そこから甲冑姿のモンスターが現れる。
城門の外から入ってきている、というよりは、ハイドたちがポータルでダンジョンに侵入する時のように、別の空間から転移するような現れ方だ。
「あれが今回の討伐対象、ソルジャーですか」
「そう。気を付けて、あいつはE等級に現れるモンスターの中でも強敵」
「戦ったことがあるんですか?」
「……前に別のダンジョンで。その時は探索型だったけど」
「へぇ……モンスターってダンジョン固有のものじゃないんですね」
これまでは一つのダンジョンに一種類のモンスターしか出てこなかった。
この先もずっとそうだと勝手に思っていたが、どうやら違うらしい。
「上の等級になれば数種類のモンスターが出てくる。その分討伐対象も増える」
「なるほど、だからこそ上の等級になるんですね」
会話をしている間にも、モンスターは迫っていた。
朱色を基調とした甲冑を纏ったモンスターだ。
甲冑以外にはなにもない。その中はがらんどうで、虚空が甲冑を纏っている。
だが、まるで本当の兵士のような動きで――武器を構えた。
「ヘレネーさん、援護お願いします」
「うん、任せてっ」
ヘレネーが弓を構えるのに合わせてハイドは飛び出した。
背後に帰還用のポータルがあるので、思い切って離れることができる。
(体がないってことは、甲冑を潰せば消えるのかな)
その疑問はすぐに解消される。
【武神の導き】が甲冑に向かってその道筋を示したからだ。
「はぁ――!」
ソルジャーの眼前まで迫ったハイドは、踏み出した左足を軸にして右手を振り抜く。
拳に甲冑の硬い感覚が伝わると同時に、胸当てがべこりと凹む。
その反動で吹き飛びそうになるソルジャーの頭部へ、さらに追撃の回し蹴りを放った。
頭部と胸部、それぞれに打撃を食らったソルジャーは吹き飛びながら消えていく。
振り抜いた右手を引き戻しながら、ぷらぷらと拳を確認した。
(硬い甲冑を素手で殴ったら普通は折れるはずだけど、痛くもなんともない。……無意識にマナで強化しているんだろうか)
冒険者の基本的な戦闘スタイルである、マナによる身体能力の強化。
【武神の導き】は、必要があればそれすらも実行に移してしまうようだ。
そのことを確認するハイドの脇で、別のソルジャーが大剣を振りかぶる。
「させない――ッ」
ヘレネーの放った矢が次々に頭部の兜に当たり、ソルジャーが体勢を崩す。
すかさずハイドががら空きとなった胸部へ拳を撃ち込んだ。
「……硬い」
矢だけで倒しきれなかったことが不満だったのだろう。
唇を尖らせるヘレネーを、ハイドは【全知神の目】で捉えていた。
「あの、ヘレネーさん」
「なに?」
「ヘレネーさんはマナを使わないんですか? マナを使えばもっと強力な攻撃をできると思うんですけど。……あ、すみません、差し出がましいことを」
【全知神の目】が捉えていたヘレネーは、以前までと同様に、マナをまったく使わずにただ素の身体能力で弓を扱っていた。
それでこの命中精度を誇る辺り、弓術への確かな実力が窺える。
だが、スキルが弓術に寄与するものではない以上、それを生業とするヘレネーが身体強化にマナを使わないのは違和感がある。
こちらの会話を気にもせずに襲い来るソルジャーの甲冑を殴り飛ばしながら、ハイドはヘレネーのいる場所へ後退した。
(なんだろう、――意図的に、力をセーブしている気がする)
そのハイドの直感は正しかったらしい。
ハイドが近付くと、ヘレネーは躊躇いがちに呟いた。
「私、マナの総量が多い方じゃないから。戦闘で使い続けると、すぐにマナ切れを起こす」
「でもヘレネーさんは絶えず【吸収】でマナを吸っているんですよね?」
「そう。でもスキルで手に入れた分はすぐに使わないとなくなっちゃう。体内で蓄積できるマナの総量は変わらないから」
「だったらなおのこと、マナを使った方がいいのでは?」
使わなければなくなってしまうなら、使ってしまった方がいい。
そう思ってのハイドの言葉に、ヘレネーは小さく首を左右に振った。
「私がマナを使えば使うほどに、【吸収】は周囲のマナをさらに吸い上げていく。体内で蓄積できるマナが少ないから、枯渇しないように必死にね。……だから、マナは使わないようにしてる」
どこが自罰的な響きを含んだ言葉に、ハイドは胸が締め付けられる。
周囲を巻き込まないように自分の力を抑えて戦って、それでもなお他人から疎まれていたなんて、考えるだけで悲しくなる。
背後にポップし続けるソルジャーたちの気配を感じながら、ハイドは思わず弓を持つヘレネーの手をとっていた。
「――ぁ」
「前にも言ったじゃないですか。俺もマナを生み出すスキルを持っているって。だからヘレネーさんも気にせずマナを使ってください」
「でも……」
「せっかくすごいスキルを持ってるんですから。俺とヘレネーさんなら大丈夫ですよ、っと!」
【全知神の目】が危険を訴え、ヘレネーから手を離して振り返る。
回転の勢いを利用した裏拳でよろめいたソルジャーは、他のソルジャーを巻き込んで倒れた。
地面に重なって倒れ伏すソルジャーの胸部めがけて足を振り下ろす。
衝撃は二体のソルジャーの甲冑を突き抜け、芝生の生えた地面を陥没させた。
ソルジャーが消失し、クレーターの中心にマナストーンが生まれ落ちる。
「すごい、スキル……」
ヘレネーがぽつりと呟く。
その瞬間、ハイドの体内からごっそりとマナが抜け落ち――、ヘレネーが矢を弓に番えた。
「やぁ――っ!」
放たれた矢は後方のソルジャーの兜を正確に貫いた。
その様を見届けながら、ハイドも迫り来るソルジャーの体を打ち抜いていく。
近距離の相手をハイドが、まだポップしたばかりで遙か後方にいるソルジャーをヘレネーが。
尋常ではない速度で狩り続け、モンスターのポップが収まった頃。
戦闘の間にフードが脱げていたヘレネーは、絹糸のような金髪を揺らしながらハイドの下へ駆け寄ってくる。
そして、高揚を隠しきれない様子で弾んだ声を上げた。
「こんな風に全力で戦ったの初めてっ。……私、ソルジャーをこんなに簡単に倒せるんだ……っ」
「本当にすごかったです」
「っ、だ、大丈夫だった?」
「もちろんです。この通りピンピンしています」
その場で飛び跳ねて見せると、ヘレネーはホッと胸を撫で下ろす。
そして、胸元にぎゅっと手を抱き寄せながら、彼女は噛みしめるような笑顔を浮かべた。
「ありがとう、ショウ。……私、このスキルをすごいスキルって言ってもらえたの、初めてで……嬉しかった。こんなスキル、ずっと無ければいいって思ってたから。ショウとなら私、自分を好きでいられる」
とても嬉しそうな、でもどこか寂しげな。
彼女の複雑な事情を感じさせるその笑顔に、ハイドはなぜだか引きつけられた。
「っと、そろそろマナストーンを拾い集めますか。矢も回収しないと」
「……うん。ごめんなさい、つい調子に乗っちゃった」
ダンジョン内に散らばったマナストーンと矢の存在を思い出し、ハイドたちは慌てて一帯を駆け回るのだった。